大統領が最大野党に会わないこと自体が捜査と政治を「一体」として捉えていることを裏付けるものかもしれない。相手の党を認めることは代議民主主義の基本中の基本だが、これを拒んでいるわけだ。

2023-01-31 09:15:34 | 韓国を知ろう
 

[コラム]尹大統領は「王」になりたいのか

登録:2023-01-30 06:41 修正:2023-01-30 10:48
 
 
尹錫悦大統領が26日、青瓦台迎賓館で開かれた法務部、公正取引委員会、法制処新年業務報告にハン・ドンフン法務部長官、ハン・ギジョン公正取引委員長、イ・ウォンソク検察総長などと共に入場している=大統領室写真記者団//ハンギョレ新聞社

 10年前に死去した米国のジャーナリスト、ヘレン・トーマスは「ホワイトハウス記者室のレジェンド」と呼ばれる。1960年から2010年までの50年間、ホワイトハウス担当としてジョン・F・ケネディ大統領からバラク・オバマ大統領まで10人の大統領を取材した。彼女は30年間、ホワイトハウスの記者会見室の上座である最前列の中央に座り、鋭く攻撃的な質問で歴代大統領を不快にさせることで有名だった。

 彼女が書いた本『ホワイトハウスの最前列(Front Row At The White House: My Life and Times)』にはこのような内容が出てくる。「私が最初の質問をしようと立ち上がると、体でこのようなことを感じることができた。カーター大統領は『ビクッ』となり、レーガン大統領は『身を縮め』、ジョージ・H・W・ブッシュ大統領は『オーノー!』と言うのを」

 彼女は、記者は権力者には無礼であっても許されるとよく言っていた。大統領に異議を申し立てるのが記者の特権であると同時に責務でもあるからだ。彼女は1996年、ある雑誌とのインタビューで「私たち(記者たち)はこの社会で大統領に定期的に質問をし、責任を問うことができる唯一の機関だ。そうしなければ、彼は王になるかもしれない」と述べた。

 米国のような国でも、牽制されない大統領は王のように無所不為(不可能なことがない)の権力者になりかねないという警告だ。オバマ大統領は彼女の他界の知らせを受けての哀悼声明で「ヘレンは私を含め大統領たちに緊張感を保たせた人」だと賛辞を送った。

 この話を長々と紹介した理由は、私たちにも示唆するところが大きいからだ。最近の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の行動を見ると、ブレーキのかからない無所不為の権力者になるのではないかという懸念を抱かせる。マスコミはもちろん、誰の牽制も受けようとせず、牽制をしても全く気にしないような態度だ。野党に対しては存在自体を認めていないように振る舞っている。就任してから8カ月が過ぎたが、最大野党の党首はもとより、院内指導部すら会っていない。

 このような大統領は初めて経験する。大統領が外遊から戻った後は、与野党代表を招待して外遊の結果を説明するのがこれまでの慣行だった。激しく対立していたとしても、そのような場では自然に国民の暮らしと時局懸案について話し合ったりもした。しかし、尹大統領は今回の外遊後も与党指導部だけを官邸に招待した。野党の党首が「被疑者」だから会わないというのはつじつまが合わない。捜査と政治は全く別ものであり、区別されなければならない。大統領が最大野党に会わないこと自体が捜査と政治を「一体」として捉えていることを裏付けるものかもしれない。相手の党を認めることは代議民主主義の基本中の基本だが、これを拒んでいるわけだ。

 さらに、日増しに増えているローンの利子と高騰する暖房費などで困苦に陥っている庶民層を救うためには、国会多数党との協治が欠かせないのに、相手にしないといわんばかりの態度には呆れてしまう。尹大統領はマスコミとも昨年11月中旬から距離を置いている。通常、全メディアを対象に行う年頭インタビューも、1社だけにしてそれで終わりだ。記者団から不都合な質問を受けたくないからだろう。今、韓国は間違いなく「政治後進国」に転落している。

 民主主義の要は「牽制と均衡(チェックアンドバランス)」だ。立法、行政、司法の3権分立と第4部として言論の監視機能、さらに行政府内でも牽制装置が作動してこそ民主主義が具現化される。誰か一人が独走すれば不具合が生じるようになっている。国政運営や政治的経験がほとんどない場合なら、なおさらその可能性は高まる。

 尹大統領は新年に入っても「アラブ首長国連邦(UAE)の敵はイラン」と失言し、不必要な外交的波紋を広げた。また、軍に北朝鮮の攻撃に対する「百倍、千倍の報復」戦略を求め、国民を不安にさせている。昨年末、政府案を基に与野党の合意で国会をかろうじて通過した半導体企業の税額控除拡大案の場合も、大統領の一言で企画財政部が前言を翻し、支援額をさらに増やすという。厳しい財政環境の中で高金利と暖房費急騰の負担が大きくなった庶民層への支援など、財源を緊急に投入しなければならないことが多くなっているのに、財閥への支援ばかりは惜しまないようにみえる。

 果たして大統領室の参謀や内閣官僚の中に、大統領の誤った発言や判断に「ノー」と勇敢に言える人がいるのか疑問だ。現代の政党政治では、大統領が失政をする時は、大統領を輩出した与党が中心になって牽制し、矯正する役割を果たさなければならないが、党代表選出過程を見る限り、それは無理かもしれない。「ナ・ギョンウォン騒動」は政党民主主義を、大統領が与党代表を指名していた20年前に後退させた。

 『歴史の終わり』の著者として有名な国際政治学者、フランシス・フクヤマ米スタンフォード大学教授、著書『政治秩序と政治の衰退:産業革命から民主主義の未来へ(Political Order and Political Decay : From the Industrial Revolution to the Globalization of Democracy)』で、民主的な政治体制を判断する基準として、国家、法の支配、民主的責任性の3つを挙げた。フクヤマ教授は国家を、統治者が家族や友人など私的なコネクションを通じて治め、強力なエリート階層に牛耳られる家産国家と、政府要職に才能と役割中心に人材を選抜、起用し国政を運営する先進的国家に区分した。教授によると、法の支配は他のすべての市民に法を平等に適用しても、最高権力者に適用されなければ作動しないものと見なされる。民主的責任性は政府が特定の利害集団の利益ではなく社会全体の公益に服務するよう求めるシステムを言うが、その中心的役割は議会によって果たされる。教授は成功的な現代自由民主主義政治の驚くべき点は、国家が強力な権限を持っているが、法と議会によって制限され、合意的方式で権限を執行する政治秩序があるからこそ可能だとし、「国家が強力なのに牽制を受けなければ独裁になる」と警告した。

 尹大統領の統治方式をこの3つの基準から判断すれば、どのような結論が出るだろうか。尹大統領は大統領室と司正機関の要職に側近検事を配置し、人事・情報・捜査・監察などを掌握し、行政安全部長官をはじめ多くの公共機関長に高校の後輩や司法試験の勉強中に関わった人々を起用した。また、尹大統領の婦人、キム・ゴンヒ女史の株価操作疑惑を裏付ける録音記録などの証拠が出たにもかかわらず、検察からはキム女史を呼んで調査する気配すらない。議会と関連しては、最大野党の指導部を対話の相手として接していない。今、韓国の民主主義は危機にさらされている。

 
//ハンギョレ新聞社
パク・ヒョン|論説委員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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「本来は冬がピーク期なのにお客さんは減っていて、ガス代は2倍も上がって大変だ」と話した。さらに「コロナ禍以降、短縮営業をしながら持ちこたえてきたが、今は30年間やってきたサウナを閉めなければならない

2023-01-31 09:01:36 | 韓国を知ろう

韓国、ガス・電気代高騰に…

飲食店やサウナから「悲鳴」続出

登録:2023-01-30 09:45 修正:2023-01-30 10:56
 
自営業者、都市ガス料金引き上げに打撃 
電気料金の引き上げに暖房装置の使用も減らし
 
 
29日午後、ソウル市内のあるカフェの窓にエアキャップの断熱シートが貼られている/聯合ニュース

 ソウル市冠岳区(クァナック)で24時間営業のスンデクッ(豚の腸詰のスープ)や豚骨煮込み店を運営するLさん(55)は、ここのところ心配事が多くなった。一日中スープを煮込むためガスを使わなければならないが、ガス代が大幅に上がったためだ。29日昼、Lさんは「先月より60%はガス代が増えるものと思われる」とし「飲食店でガス代を節約しろというのは食べ物を作るなということ。経済が厳しい状況だからある程度は受け入れなきゃならないが、いっぺんにかなり値上げしてこれに対する説明もないのは間違っているのでは」と話した。

 「暖房費爆弾」の請求書が、家庭だけでなく自営業者も襲っている。特に都市ガス料金の引き上げ幅が大きく、ガスの使用が多い飲食店や銭湯が打撃を大きく受けた。急激な引き上げ幅に、自営業者の不満も高まっている。

 この日、ソウル市永登浦区(ヨンドゥンポグ)の永登浦区伝統市場でガンギエイ食堂を経営しているキム・ソンスクさん(56)は「従来は冬季のガス代は20万ウォン(約2万1千円)程度だったが、今月だけで36万ウォンだった」と言い、不満をぶちまけた。「料理を作らなければならないので火を弱くすることもできず、お客さんが寒がるので暖房を弱めることもできない。ほかに方法がない状況」だとし「ガス代の高騰で市場の人たちは皆大騒ぎだ」と話した。近くでスンデクッ屋を営むKさんも「一昨年の冬に20万ウォン台だったガス代が、去年の秋に30万ウォン台を超え、今月の請求書は38万ウォン(約4万円)になった」とし「スープを煮なきゃならないのでガスの使用を減らすこともできず、ガスの火をつける度にガス代がもっと上がるのではと思って怖い」と話した。

 新型コロナウイルス感染症による廃業の危機を乗り越えた銭湯やサウナの事業主は、さらに深いため息をついている。ソウル市銅雀区舎堂洞(トンジャック・サダンドン)で100坪を超えるチムジルバン(温浴施設)・サウナを運営しているあるオーナーは、電気ボイラーと木材ペレットを燃料に使うボイラー、ガスボイラーなどを数台を稼動している。「本来は冬がピーク期なのにお客さんは減っていて、ガス代は2倍も上がって大変だ」と話した。さらに「コロナ禍以降、短縮営業をしながら持ちこたえてきたが、今は30年間やってきたサウナを閉めなければならないかと考えている」と付け加えた。カウンターでは人件費を減らすためにオーナーの家族である母娘が働いており、値上げのためサウナ料金表には8000ウォンの上に9000ウォンと貼りつけた跡が見えた。

 
 
ソウル冠岳区のある読書室の2022年1月(266,550ウォン)と2023年1月(485,860ウォン)の都市ガス請求書//ハンギョレ新聞社

 学生たちが勉強する読書室(スタディルーム)も、ガス代の引き上げに頭を抱えている。60坪規模で運営する冠岳区のある読書室は、オフシーズンなので一部の部屋にだけ暖房をつけており、床が冷たかった。しかし、ガス代は1年間で2倍近く上がった。昨年1月と今年1月の都市ガス請求書を比較したところ、月の使用熱量は1万407MJ(メガジュール。ガス使用熱量単位)から1万2226MJに約18%増えたが、ガス代は26万ウォンから48万ウォンへと85%上がった。

 都市ガスを使わない自営業者も、電気料金の引き上げで暖房装置の使用を減らしている。永登浦で花屋を営むアン・ミョンヒさん(54)は、「以前は温風機3台をつけていたが、今回電気代が普段の2倍以上かかったため、1台に減らした」とし、「温風機1台をあちこちに移して稼動してつけている」と話した。アンさんは風よけのために売り場の周辺にビニールカーテンをかけたが、寒さのためいくつかの植物は葉が凍ってしまった。ダウンベストの上にダウンジャンパーを着た永登浦市場内の洋服店オーナーのホン・チャンソンさん(57)は「電気料金が大幅に上がるというニュースを聞いて、温風機を5分ほどつけては消している」と話した。彼は時計を見て「つけてから5分たったな」と言い、また温風器を消した。

 韓国都市ガス協会の資料によると、今月のソウル都市ガス料金は1MJ当たり19.69ウォンで、1年前に比べて38.4%上昇。特に昨年10月には、飲食店に使われる「営業用1」のガス料金が16.4%、銭湯に使われる「営業用2」のガス料金が17.4%引き上げられた。今月に入り、体感温度が氷点下の冷え込みに落ちた日がさらに増えたため、自営業者にとって来月がさらに過酷になる見通しだ。

 
 
29日昼、ソウル永登浦区にある花屋。防寒のためビニールカーテンをかけたが、植物の葉が一部凍って変色している=イ・ウヨン記者//ハンギョレ新聞社
イ・ウヨン、チャン・イェジ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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「米国さえなければ、世界は今より明るく安全で平穏な世の中になっているだろう」

2023-01-30 09:46:12 | 朝鮮を知ろう。

北朝鮮のキム副部長「米国の戦車、燃えて鉄くずの山に」…

ウクライナへの支援を糾弾

登録:2023-01-28 10:24 修正:2023-01-28 11:45
 
談話発表…米国の戦車支援を「強く糾弾」 
「我々はロシアと同じ塹壕にいる」
 
 
昨年8月10日、平壌で開かれた全国非常防疫総和会議で演説をしているキム・ヨジョン朝鮮労働党中央委副部長/朝鮮中央通信・聯合ニュース

 北朝鮮は27日、米国のウクライナへの戦車支援に対して強く糾弾すると明らかにした。

 朝鮮労働党中央委員会のキム・ヨジョン副部長はこの日、談話を通じて「数多くの軍事装備をウクライナに送り込み、不安定な世界的事件の継続をあおる『特別な功労』を立てた米国が、最近は彼らの主力の戦車まで提供することを公式発表したことで、反ロシア対決の立場をより明確にした」とし、「ウクライナに地上攻撃用の戦闘装備を送り込むことで、戦争状況を段階的に拡大している米国の処置に深刻な憂慮を表明し、これを強く糾弾する」と述べた。また「そこには、ロシアを破滅させるための代理戦争をよりいっそう拡大し、彼らの覇権的目的を達成しようとする凶悪な考えが下地となっている」とし「米国さえなければ、世界は今より明るく安全で平穏な世の中になっているだろう」と主張した。

 さらに「ウクライナの戦場は、20年前に米国の主力戦車が横行した中東の砂漠では決してない」とし「米国と西側が誇るいかなる武装装備も、勇ましいロシア軍と人民の不屈の戦闘精神と威力を前に全て燃えつき、鉄くずの山となることを私は信じて疑わない」と述べた。また「帝国主義連合勢力がいくら悪あがきをしても、高い愛国心と頑強な精神力を持つロシアの軍隊と人民の英雄的気概を絶対にくじくことはできないだろう」とし、「我々は、国家の尊厳と名誉ある国の自主権と安全を守るための戦いに乗り出したロシア軍と人民と常に同じ塹壕に立っている」と強調した。

 しかしキム副部長は、北朝鮮がロシアの傭兵会社「ワグネルグループ」に兵器を提供したという疑惑については言及しなかった。米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官は20日(現地時間)に、北朝鮮がワグネルグループに兵器を渡す情況をつかんだ衛星写真2枚を公開している。カービー調整官は「北朝鮮の兵器移転は国連安保理決議に真っ向から違反したもの」とし「我々は今日、国連安保理の対北朝鮮制裁委の専門家パネルとこれらの情報を共有した」と述べた。米国はワグネルグループを国際犯罪組織に指定しており、26日(現地時間)にはワグネルグループに対して追加の制裁を発表した。

イ・ジュヒョン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)
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米国の行動生態学者でありゾウの専門家であるケイトリン・オコネル氏の『ゾウも葬儀場に行く』は、儀礼というプリズムを通じて、人間と動物の親縁性と共通点を説明する。

2023-01-29 09:44:32 | しらなかった

[レビュー]

死んだ仲間のそばに一晩中留まったゾウ…

動物も葬儀を行う

登録:2023-01-28 09:18 修正:2023-01-28 10:00
 
挨拶、求愛、遊び、哀悼、回復… 
人間はむしろ疎かにしがちな行動 
野生の儀礼を通じて共存の知恵を探る 
 
『ゾウも葬儀場に行く 動物たちの10種類の儀礼から学ぶ関係と共存』 
ケイトリン・オコネル著|イ・ソンジュ訳|現代知性刊
 
 
ゾウは一緒に遊びたい友の頭の上に鼻を伸ばす。イヌがお辞儀をするように体を低くして一緒に遊ぼうという意志を伝える儀礼に似ている=(C)Caitlin O'Connell & Timothy Rodwell,現代知性提供//ハンギョレ新聞社
 
 
『ゾウも葬儀場に行く 動物たちの10種類の儀礼から学ぶ関係と共存』ケイトリン・オコネル著|イ・ソンジュ訳|現代知性|1万8000ウォン//ハンギョレ新聞社

 人間と他の動物を区別する様々な基準がある。言語と道具の使用の有無が代表的だ。理性と本能で双方を分けたり、利己心と利他主義をそれぞれの特徴として説明したりもする。しかし、そのような基準や説明に反する証拠が続々と現れ、今では人間と動物を決定的に区別する違いは事実上ないということが定説だ。

 米国の行動生態学者でありゾウの専門家であるケイトリン・オコネル氏の『ゾウも葬儀場に行く』は、儀礼というプリズムを通じて、人間と動物の親縁性と共通点を説明する。儀礼はよく動物と区別される人間だけの特徴とみなされるが、動物たちにもそれなりの儀礼があるということが、この本(原題は「野生の儀礼」を意味するWild Rituals)の主張だ。

 ここで扱う儀礼は範囲が広い。「正確な順序に従って何度も繰り返される具体的な行動は、すべて儀礼」に該当する。著者は、挨拶、集団、求愛、プレゼント、声、無言、遊び、哀悼、回復、旅行など10のカテゴリーに分け、動物たちが実践する儀礼を紹介する。同氏の専攻であるゾウだけでなく、シマウマ、サイ、ライオン、フラミンゴ、ゴクラクチョウ、ニワシドリ、カメ、オオカミ、オランウータン、チンパンジー、クジラなど様々な動物の事例が示される。動物と自然世界に関する新たな発見よりは、それが私たち人間の生活に与える教訓に主眼点が置かれている。

 
 
オスとメスのキリンが互いの首を絡ませ求愛している=(c)Caitlin O'Connell & Timothy Rodwell,現代知性提供//ハンギョレ新聞社

 「儀礼は簡単であれ複雑であれ、参加者は体と心に変化を感じることができる。私たちは、互いに結びつき、厚いきずなを感じて、新しい秩序に身を任せ共同体に根をおろす」

 儀礼のこのような効果は、動物と人間の間に差はない。むしろ、野生の動物たちが守る儀礼を人間はますます疎かにしているということが、この本の問題意識だ。つながりやきずな、共同体のような価値が希薄になったのには、コロナ禍が強制した非対面文化も一役買った。「私たちは10種類の儀礼を通じて、自身との関係、人々との関係、世の中との関係をよりいっそう強固に構築することができる」

 過去30年間、毎年ナミビアのエトーシャ国立公園を訪問しゾウを研究してきた著者は、ゾウの挨拶方法から話を始める。母と娘の関係と考えられる2頭のゾウが、わずか数分ないしは数時間ぶりに再会して交わす騒がしい(!)挨拶が、著者を感動させた。2頭のゾウは、向かい合って立ち「鼻を高く上げ、雷のような声で吠え」、次に「互いに鼻を相手の口元に持っていった」。握手であるわけだ。その次に2頭のゾウが同じ方向で並んで立ち、「突然、すがすがしく小便をする」ことで、挨拶が終わった。「離れた時間がどれほど経過したのかは関係なく、ゾウの家族は、会うたびにそれを記念する意味をこめて挨拶をする」

 
 
成人のオスのアフリカゾウが自分より序列の高いオスの口に鼻をつけて挨拶をする。人が宗教指導者やマフィアの親分の指輪にキスをする姿に似ている=(c)Caitlin O'Connell & Timothy Rodwell,現代知性提供//ハンギョレ新聞社

 挨拶の意味は、つながりやきずなを確認することだけに限定されるのではない。挨拶をすることで動物たちは「他の個体のホルモンや心理状態に関する情報をリアルタイムで集める」。そうした点で挨拶は「生存のための技術」でもある。生存に直結する儀礼は挨拶だけではない。しばしば非本質的な時間の消耗とみなされる遊びも、やはり「生存するために非常に重要な役割を果たす」。ライオンやオオカミのような猛獣の子どもが遊び形式で狩猟の練習をするという事実はよく知られている。すべてのヒト科の動物で遊びは認知発達と直接の関連があり、「革新を起こして探求するよう刺激する」。したがって「私たちの生存はいかによく遊ぶかにかかっている」のだ。

 死んだ仲間に別れを告げる哀悼の儀礼も、やはり生存に直結する。人間の場合と同様に、動物たちにとっても、子どもや親、仲間の死を十分に悲しみ適切な別れの儀式を行うことは、残った個体が喪失感を克服し新しく生きていく力を得ることに役立つ。動物の哀悼の儀礼の中でも、この本のタイトル(韓国語版)となったゾウの事例は、特に感動的だ。動物園のボスののメスのゾウが安楽死した後、彼女と親しかった2頭のゾウは「死んだ友を、夜中に交替で静かに訪ねに行った。絶対に死んだ友をひとり放っておかなかった。行くたびにそれぞれが周期的に死んだ友の体に土をばら撒き覆ってやった」。翌朝、死んだゾウの体の上には5ミリ以上も土が被せられていた。野生のチンパンジー1頭が木から落ちて死ぬと、木の上の他のチンパンジーが死んだチンパンジーの体の上に木の枝を折って落とす様子が観察されたりもした。「死体は木の枝で完全に覆い隠された」と本は述べる。

 
 
シマウマが相手を口でそっとかんだ後、毛を整え挨拶する=(c)Caitlin O'Connell & Timothy Rodwell,現代知性提供//ハンギョレ新聞社

 主にオスの鳥にみられる派手な羽やダンス、さらには巣づくりやプレゼントといった求愛の儀礼は、捕食者の目を引き生存に不利に作用することにもなりうる。ダーウィンの自然選択理論に反するようなこうした現象は、どのように説明しなければならないのだろうか。「メスが特別の特徴を示すオスを選択する行動が、進化を主導する」という、ダーウィンのもう一つの概念である「性選択」理論が、それに対する答を提示する。羽の装飾や求愛のダンスは、オスの運動能力を示す。元気な子どもを産んで安全に育てられるかをオスの求愛儀礼を通じて確認できるようになるということだ。

 
 
オスの黒サイ2頭が角を合わせて挨拶をする。ジョスト(騎士の一騎討ち競技)の試合で槍をぶつけ合う様子に似ている=(c)Caitlin O'Connell & Timothy Rodwell,現代知性提供//ハンギョレ新聞社

 「この本を書いて、私は夫と静かに見つめ合ったりスキンシップをするなどの簡単だが重要な求愛儀礼を疎かにしていたという事実に気づいた」

 動物たちの儀礼を観察し紹介しながら、著者は、自身を含む人間がますます儀礼をないがしろにしているという事実を反省する。著者が様々な動物たちの各種の儀礼に注目する理由は、私たち人間が「ゾウ、クジラ、オオカミをはじめとする意識を持つすべての存在と結ばれている」という事実を確認し強調するためだ。「人間は独特で唯一無二な存在であるので、自然を支配するという」考えは、明らかに誤りだ。しかしまた、私たち人間には、2つの大きな力がある。「この惑星上の生息者とすべての生命を保護する力と、破壊する力だ」。私たちがますます忘れつつある野生の儀礼を取り戻すことによって、私たちは自然で人間が占める位置を確認し、自然の一部として他の動物たちと共存する知恵と方法を探せるはずだ。著者が本の結びで気候変動時代の人間の責任感を強調するのは、そのような流れからだ。

チェ・ジェボン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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「福島汚染水放出に関する海外専門家招請討論会」で、東京電力の汚染水測定データは放出を決定する根拠とはなり得ないと指摘した。

2023-01-28 10:01:51 | 岸田・石破の早期退陣を望む声が多い
 

今春、福島第一原発の汚染水放出…

「日本、不完全な資料で決定」海外の科学者が指摘

登録:2023-01-27 02:24 修正:2023-01-27 08:57
 
26日の韓国国会での専門家討論会で検討結果を発表 
「放出のための日本の資料は不適切で偏向 
汚染水『放出』ではなく『投棄』と言うべき」
 
 
日本の福島第一原発の敷地内にある汚染水貯蔵タンク。日本はこの貯蔵タンクに保管中の130万トンあまりの汚染水を今春から海に放出するための準備を進めている/聯合ニュース

 日本政府は不完全で偏向した資料を根拠に福島第一原子力発電所の放射能汚染水の海洋放出を決めたという科学者たちの分析が公表された。同原発を運営する東京電力が、かなりの数の放射性核種(物質)を測定せずに汚染水は安全だという結論を下したというのがその理由だ。福島第一原発の汚染水の海洋放出は、早ければ今春から実施される。科学者たちは「日本政府は原発汚染水の海洋放出推進をやめ、代案を模索すべきだ」と勧告した。

 ニュージーランドやフィジーなどの太平洋の18の島国が参加する太平洋諸島フォーラム(PIF)の科学者パネルは、26日に韓国の国会で行われた「福島汚染水放出に関する海外専門家招請討論会」で、東京電力の汚染水測定データは放出を決定する根拠とはなり得ないと指摘した。科学者パネルは、昨年3月にPIFが委任した原子力と海洋科学分野の5人の専門家で構成されている。PIFは汚染水放出の影響を受ける当事者として、日本に関連資料を要求し、受け取っている。日本政府は13日、福島第一原発の敷地内にある1000あまりの貯蔵タンクに保管中の約130万トンの汚染水を水で希釈し、今年の春か夏ごろに海に放出することを決めている。

 科学者パネルを代表してこの日の討論会に参加した米国ミドルベリー国際大学院のフェレン・ダルノキ・ベレス教授は「日本がPIFに提供したデータは不完全、不適切で一貫性もなく、偏向しているため、何らかの決定を下すには不適切だ」と述べた。さらに「正常稼動中の発電所から、計画され管理された形で汚染水を自然へと放出するわけでもないため、このケースでは汚染水の『放出』ではなく『投棄』という言葉を使うべきだ」と付け加えた。

 同パネルは東電の測定資料が偏向していると考えられる根拠として、まず東電が64種類の放射性物質のうちストロンチウム(Sr)90、セシウム(Cs)137などの9つの物質だけに焦点を絞り、残りの55の物質はほとんど測定せずに、常に同じ影響を及ぼす濃度で存在すると仮定していることをあげた。パネルはまた、多核種除去設備(ALPS)を経た汚染水の測定が行われるのは貯蔵タンクがいっぱいになる直前のたった一度に過ぎず、しかもそれは30リットルのサンプルに対するものであるため、汚染水の実際の構成と濃度を理解するには不十分だとも指摘した。

 パネルは検討結果報告書で「東電の測定資料には非正常で疑わしい測定値がいくつもある」と述べ、信頼性に対する根本的な疑問も提起している。その代表的な例として、半減期が9.4時間に過ぎない放射性核種であるテルル(Te)127がリットル当たり数十万未満から数百億ベクレル(Bq)まで記録されていることを指摘している。福島第一原発事故で放出されたものなら、半減期から考えてすでにかなり前に崩壊しているはずだからだ。報告書は「溶融した炉心が断続的に危険な状態になるのでないなら、この測定値は東京電力の測定とデータの品質管理手続きに問題があることを示す」と明らかにした。パネルはまた、汚染水に含まれるトリチウム(三重水素)が海の中で有機結合型トリチウム(OBT)に変化して海洋生態系に及ぼす影響、ストロンチウム90の生物濃縮の影響などをまともに検討していないことも重要な問題だと指摘した。

 パネルは「希釈が汚染の解決策だという仮定は、科学的に時代遅れで生態学的に不適切だ。放出措置は世代と国境を越えた事案であり、はるかに深い熟考が必要だ」と述べた。これらの科学者は海洋放出の代案として、汚染水を長期間貯蔵して放射線を減らしつつ、動植物と菌類を用いた生物学的方法で汚染を除去した後に、人間の接触が最小化される場所に使用されるコンクリートを製造する際の水として利用する方策を勧告した。

キム・ジョンス先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
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