THAAD基地正常化秒読み…
問わなければならない3つのポイント(1)
「ハンギョレ21」で再び問う「THAAD配備の虚と実」
慶尚北道星州韶成里(ソソンリ)にある在韓米軍THAAD(高高度防衛ミサイル)基地に、2022年9月4日午前1時30分頃、ブルドーザーなどの工事装備と油類車、ワゴン車などが入りました。前日(9月3日)、ここで500人余りが集まって開かれた「THAAD配備反対のための第13回汎国民平和行動集会」が終わるやいなや、夜中を狙って起きたことです。
基地周辺の韶成里住民が反対する「週7日工事資材搬入」を定着させようとしているようです。これまで在韓米軍と国防部は臨時配備中のTHAAD基地に週2~3回、工事資材などを搬入してきましたが、尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権発足後の6月から搬入回数を週5回に増やしました。
米国と中国の戦略競争の中、国内で起きているTHAAD配備をめぐる議論は2016年から7年間続いています。基地周辺の村にある1車線道路は軍用トラックが通る軍事道路になり、公民館の向かい側にある、ゴルフ場のキャディーのための寮として使われていた建物は軍人と警察が駐留する場所になりました。
村の住民をはじめとする全国の市民団体が7年間も反発しているTHAAD配備は、朝鮮半島に一体どのような影響を及ぼすのでしょうか。「ハンギョレ21」は2016年7月18日、「THAADに関する3大惑世誣民(世人を欺き惑わすこと)」というコリア研究院のキム・チャンス院長の寄稿を載せました。これを通じて、THAAD配備の虚と実をもう一度問うてみます。(イ・ジョンギュ記者)
米国と中国の首脳たちは、韓国と首脳会談を行うたびに、THAAD(高高度防衛ミサイル)問題を取り上げてきた。THAAD配備のせいで朝鮮半島は周辺国が神経戦を繰り広げる角逐の場となった。近現代史における経験から、韓国ほど「角逐の場」という言葉が与える否定的ニュアンスを痛感する民族もあまりないだろう。韓国と米国がTHAAD配備を電撃的に決めたことに対し、中国とロシアが激しく反発している。中ロの強硬派の間では経済報復と軍事的措置が公然と取り上げられている状況だ。列強の隙間で道を失った近現代史の痛ましい記憶が蘇る状況だ。
盾は決して防御用ではない
2014年以後、米国でTHAAD配備が議論されるたびに、韓国政府はこれを否定した。米国からTHAAD配備に対する要請もなく、協議もなかったため、それに関する決定もないという論理を掲げてきた。だが、2015年末から雰囲気が変わる兆しが見え、7月8日、THAAD配備を発表した。大韓民国という国の進路に影響を及ぼす事案であるにもかかわらず、公論化過程が極めて不十分だった。
だからなのか、THAAD配備の必要性に対する政府の論理もその都度変わってきた。最初は、米国が北朝鮮の核とミサイルから在韓米軍の資産を守るためにTHAADを配備するというのが主な説明だった。米国が自分のお金で配備するのに、なぜ反対するのかという論理だ。そうするうちに、THAADを配備すれば首都圏をはじめ韓国の防衛に役立つという説明が加わった。だが、THAAD配備地域で慶尚北道星州(ソンジュ)を決めてからは、THAADが首都圏を防衛できないという指摘もあった。すると、首都圏はTHAADではなくパトリオットミサイルで守るという論理が作られた。
政府の論理がこのように変わるのは、本質的なことを隠蔽しているためとみられる。THAAD配備を発表した韓米両国の論理とハン・ミング国防部長官の説明は、3つにまとめられる。第一に、THAADは防衛用だ。第二に、THAADは北朝鮮の核とミサイル対応が目的であり、中国牽制用ではない。第三に、THAADは北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)も迎撃できる。しかし、3つとも国民を欺く「惑世誣民」だ。
THAADは盾の機能を果たす防御用だと主張するのは、攻撃と守備の力学関係をあまりにも単純にとらえるものだ。国際政治における矛と盾の機能はそう単純ではない。盾を用意するのは決して単なる防御用とはみなされない。
通常、先制攻撃を第1撃、相手の先制攻撃で生き残って報復攻撃を加えられる能力を第2撃能力という。Aが頑丈な盾を用意すると、Bは自分の第2撃能力が弱くなると判断する。Aが先制攻撃をした後、Bが辛うじて戦列を整えて報復攻撃(第2撃)をしても、Aの盾が防げると思うからだ。この場合、Aが用意した盾はAとBの間のバランスを崩す。
Bはこれに対抗するため、盾を突き破られるより丈夫な槍を用意する。その結果、AとBの間の軍拡競争が続く。Aの盾はBがより鋭い槍を作るよう刺激する攻撃用となる。THAADは相手が発射した弾道ミサイルを破壊する迎撃ミサイルであるため盾だというが、THAADは決して防御機能だけを担当するわけではない。
THAADは北朝鮮の核とミサイルに対応するためのもので、中国を牽制するためのものではないというのも、見え透いた嘘だ。THAADで約1千基にのぼる北朝鮮のスカッドミサイルとノドンミサイルを阻止することは難しい。北朝鮮のミサイルが5分前後で韓国全域に到達できるため、迎撃する時間は十分ではない。一部を迎撃しても、数多くの短距離ミサイルと放射砲が同時に夕立のように飛んでくる場合は成すすべがない。
(2に続く)
THAAD基地正常化秒読み… 問わなければならない3つのポイント(2)
「ハンギョレ21」で再び問う「THAAD配備の虚と実」
中国の軍事的対応を刺激
むしろ、THAADの目的は対中国牽制用とみなければならない。一部の専門家らは、THAADでは中国本土から米国に向けて発射される大陸間弾道ミサイル(ICBM)を迎撃できないため、対中国用ではないと話す。中国内陸から米国本土に向かって飛んでいく大陸間弾道ミサイルは、朝鮮半島ではなく北極上空に飛行し、韓国上空ではすでにTHAADの迎撃ミサイルが飛んでいける高度以上に上昇して飛行するためだ。その通りだ。
しかし、THAAD配備は中国の大陸間弾道ミサイル迎撃が目的ではない。THAADシステムには迎撃ミサイルと共に「AN/TPY2」というレーダーが配備される。同レーダーは、中国内陸地方に配備された弾道ミサイルを探知することができる。THAADレーダーで中国の弾道ミサイル発射を早期に探知し、これを米国と日本に提供できるようになる。そうなれば、米国と日本は中国の弾道ミサイル発射を迎撃する十分な時間と多くの機会を確保できる。中国のミサイル発射を早期に探知すれば、アラスカ、グアム、在日米軍基地で迎撃を試みることができる。 日本も同じだ。韓国に配備されるTHAADシステムが対中国牽制用だというのは、まさにこのレーダーのためだ。
THAADレーダーを韓国に配備することで、米国はアジア太平洋地域で中国を牽制するミサイル防衛(MD)体制を補強できる。すると、韓国は対中国ミサイル情報を獲得する前哨基地になるわけだ。この場合、矛と盾の論理を米日同盟と中国の間に適用できる。日米同盟はTHAADという盾を用意することで、中国の第2撃能力を弱化させることができる。
結局、米国と中国の戦略的バランスが崩れることになる。これが中国が反発する主な理由だ。中国はバランスを維持するため、MD体制を無力化する軍事的態勢を整えようとするだろう。中国政府は、これまで公式にはTHAADが韓国防衛の範囲を越えて中国の安全を脅かすと指摘するのにとどまっている。しかし、非公式には軍事的対応態勢について言及している。中国の予備役将軍たちは、2014年から各種の非公開会議で「THAADが韓国に配備されることは中国にとって脅威になるため、THAADが配備された在韓米軍基地は中国の攻撃対象になりうる」と威嚇する発言を繰り返してきた。
中国がTHAAD配備地域に対し軍事的に備えるのは、実際に攻撃するというより、THAADという盾を破るための槍を強化することを意味する。中国東南部地域におけるミサイル配備を強化する形で進められる可能性がある。
潜水艦発射弾道ミサイルを阻止できる?
日本にはすでに、THAADの探知装備であるAN/TPY2レーダーが2基配備されている。しかし、地球は丸く、朝鮮半島には白頭大幹の山脈が南北に横たわっている。地球の曲面と白頭大幹のため、日本に配備されたレーダーが中国ミサイルを探知するのは、発射後数分が過ぎた上昇段階に入ってからだ。早期探知は難しい。THAADを朝鮮半島に配備するのはそのためだ。
THAADが北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を迎撃できるというハン・ミング国防長官の発言は「THAAD盲信」と言えるほどだ。北朝鮮はまだSLBMを完成させた段階ではない。だが、SLBMで最も難しい技術といわれる射出実験には成功した。射出実験とは、海水の中から水の外にミサイルを出して点火する技術だ。今後飛行まで成功すれば、SLBMは隠密性が高いため、非常に恐ろしい兵器になる。北朝鮮がSLBM開発に執着するのは、THAADを無力化しようとする意図が強い。北朝鮮がSLBMを完成させ、星州に配備されたTHAADの後方である済州南方から発射した場合、THAADでは成すすべがない。THAADレーダーは北朝鮮の前方に向かっているためだ。
北朝鮮がSLBM開発を試みるのは、隠密性と奇襲性によって米国のMD体制とTHAADを無力化できるからだ。ロシアも2015年にモスクワ広場で開かれた第2次世界大戦勝利70周年行事で「RS24ヤルス(Yars)」という多弾頭大陸間弾道ミサイル(ICBM)を登場させた。この多弾頭ミサイルは、飛行中に弾頭が10機以上に分離されるため、米国のMDを弱化させる武器システムだ。北朝鮮はMD無力化カードを通じて中ロと協力を取ろうとする努力を強化するだろう。
THAADは防衛目的と限定することはできず、北朝鮮のミサイル攻撃にそれほど効果的な防御手段にもならず、首都圏も防御できない。韓中関係を悪化させて韓国を米国と中国のミサイル角逐の場にし、北朝鮮と中国・ロシアの関係を癒着させる結果をもたらす。北朝鮮の核を廃棄するためには、中国とロシアの協力が欠かせないが、そのような国際協力も弱める恐れがある。
むしろ北朝鮮の核廃棄から遠ざかるだけ
韓国政府はTHAAD配備の理由として、北朝鮮の核とミサイルに備えるという名分を掲げているが、実効性のない口実に過ぎない。むしろ北朝鮮の核とミサイル廃棄から遠ざかる選択になるだけだ。北朝鮮の核とミサイルに対する対応原則は明らかだ。朝鮮半島と周辺の安定と平和を確固たる目標にしなければならない。国際的な北朝鮮制裁を通じて非核化に向けた対話テーブルに導く協力体制を構築すべきだ。そして平和体制戦略を作ることだ。偏りの外交ではなく、韓国のバランス外交が切に求められる。