いろはにぴあの(Ver.3)

ピアノを趣味で弾いています。なかなか進歩しませんが少しでもうまくなりたいと思っています。ときどき小さな絵を描きます。

すべては関係からだが生理的には(色彩と音)

2012年01月12日 | 日記

 ジャン・フィリップ・ランクロというフランスの色彩専門家によると、一つの色にはきれいも汚いもないそうで、配色がすべてだそうです。そして色は空間に配置されてこそ色彩としての意味を持つ、ということです。確かに、まったく面積も体積もない色なんてないし、色の属するものによって判断されたりすることも多いかもしれません。変な例ですが、チョ○レートと銅とう○この色ってなんだか似ているものなあ(おやつまえの方、すみません)。山中俊治先生のTwitterに書かれていて、目からうろこが落ちたような感覚になりました。

 そして音が音楽となる前提には、音が時間軸に配置されているということがあります。だから、美しい音楽と感じられる前提には、時間軸に配置された音がすくなくとも2つ以上存在していて組み合わさっている、ということがあるような気がしました。しかし無音の間、というものにも美しさが芽生えることもあるかもしれません。

 しかし一つの音にはきれいも汚いもないのでしょうか?ちょっとそこは疑問かも。色彩よりも音のほうが、生理的な感覚に訴える度合いが強く、その結果、不快な音、生理的に受け付けない音というものが、色よりも存在しやすいと思えます。その内容については、個人差があるかもしれませんが。発泡スチロールを擦った時に出る音はどうしてもだめです。