上原彩子さんのピアノリサイタルにサントリーホールに行ってきました。今年になり、新聞で宣伝してあるのを見て、急遽行くことにしたという、遅い出だしの申し込みだったのですが、行けて本当に良かったです。感動しました。
プログラムは以下の通りで、ピアノはYAMAHAのCF-Xでした。
ベートーヴェン:ソナタ第8番 ハ短調 「悲愴」 Op.13
リスト:「詩的で宗教的な調べ」より 第3曲「孤独のなかの神の祝福」
リスト:リゴレット・パラフレーズ
休憩
ラフマニノフ:練習曲集「音の絵」Op.39
アンコール
リスト:愛の夢第3番
スクリャービン:エチュード Op.42-5
感想ですが、あくまでもこれは私個人の感想です。誤解を生じさせるところがあったら申し訳ありません。
ベートーヴェンの悲愴、凝縮した音の出だしから始まりました。はじめのほうは、少し音が硬かったですが、たちまち慣れ、遠近感のある輪郭のはっきりとした演奏を聴かせてくれました。第2楽章しっとりと美しかったです。聴いていて心地よくなりました。また第3楽章、音のコントロールが見事で余韻もあってよかったです。この曲をまとめて説得力のある演奏をするのは難しいと思うのですが、しっかりまとめていたと思います。
リストの「詩的で宗教的な調べ」より「孤独のなかの神の祝福」、遥か彼方から聴こえるか聴こえないか分からないぐらいかすかな音で聴こえてくるトリルの中から、美しいメロディーが浮かび上がってきました。かそけき弱音がしっかり抑え切れていてまるでレース(レース編みのレースです)のように旋律を引き立てていていました。まるで天井から降りてくるような演奏でした。そして旋律部分の表現の幅も広くてびっくり。その幅広さ、スケールの大きさは次のリゴレットパラフレーズにも引き継がれました。向かいたい矢印がはっきりと描かれていて、ここで盛り上げこのように弾きたい、というのがよく伝わってきました。すべて演奏が難しい曲のはずなのですが大変さをほとんど感じさせず、歌うような演奏になっていたのも見事。リゴレット・パラフレーズの有名な歌の部分、リフレインしたくなるぐらいくっきりと印象づけていたような気がします。感動物だったのに、あれ、弾いたの?と思わせるようなところがあったのがすごいです。さすが世界的なプロの演奏家だと感じ入りました。
休憩後はラフマニノフの「音の絵」だったのですが、これがすごかったのです。この曲を作曲した時のラフマニノフは、親友のスクリャービン、恩師タネーエフ、父親を亡くしたりと、悲しいことが続いていており、この曲も彼の苦悩が濃く表れた曲だったのですが、彼女自身も彼の苦悩に寄り添い気持ちを共有しているように思えました。リストの超絶技巧練習曲とも比べられる、大変な難曲でもあり、アクロバット的な動きがここまでか、ここまでかと言えるぐらい登場していたのですが、そのような難しさも遥かに乗り越え、素晴らしい技巧を披露されていたのも事実ですが、小さい体をフルに使って、この曲の世界に入り込んで演奏していたというのが全体から伝わってきたのがすごかった。どろどろしたものに正面から立ち向かわれていたような気がしました。この曲を把握し、ここまで演奏するのには、かなりの音量やエネルギーが必要だったと思うのです。あまり「音の絵」自体、なじみのある曲ではなかったうえに、曲の性質上、リストのように、このように弾きたいという方向や輪郭がすっきりと見えやすいものではなかったのですが、曲の奥底に込められている想いが演奏からしっかり伝わってきました。すごいなあと思いました。さすがチャイコフスキーコンクールで優勝した方だと思いました。
アンコールは愛の夢第3番とスクリャービンの練習曲Op.42-5でした。愛の夢はとても優しい演奏でした。その前のラフマニノフに比べたらかなり穏やかで心地よい余韻の残るものでした。愛の夢のアンコールが終わった後、いったん退場され、再び登場されさりげなくスクリャービンのOp.42-5を弾かれたときにはひっくり返りそうになりました。大好きな曲だった上に生演奏を聴くのは初めてだったのです。しかも激しくある意味鍵盤をたたきつけて演奏するようなイメージを持っていたこの曲を、上原さんは爆発させたりせず(?)繊細に丁寧に演奏していました。Op.42‐5って、こんなにエレガントな曲だったのか。。。と。スクリャービンとラフマニノフとの対比も感じさせられるような、そんな演奏だったと思います。
素晴らしい演奏を聴いてすっかりおなか一杯。昼にはどじょうで贅沢してしたことだし(思ったよりも高かったのです)、大体余韻を味わうべく昼間の演奏会の後はふらふらすることが多いのですが、昨日その後はまっすぐに帰途につきました。心が引き締まったような気がしました。
上原さんの見事な演奏をたっぷり聴いて感じたこと。ロシアもの、好きだなあ、と思いました。実力があれば、すぐにでもチャレンジしたいのですが。いや、実力をつけて、いつかロシアものにチャレンジしてみたい、と感じました。言うだけならタダですし(汗)そのためには、もっと音量が出せるように、スケールの大きな演奏ができるようになりたいなあ、とも。