あれやらこれやら いろいろ沖縄

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興南高校にみる「高校球児の原点と教育」~見事興南高校・我喜屋監督

2010年04月07日 15時36分06秒 | Weblog
 3月28日撮影の読谷村ホテルアリビラのビーチ。
人影はまばらだったが、平年なら初夏のおきなわ。
この日は25度くらいだったろうか。
きょうは20度くらいになっているかも。


 春選抜高校野球の優勝戦は感動した試合だった。
延長戦に入ったとき、どちらが勝っても両校に賛辞の拍手を送るつもりだった。
技術や戦術は素人の自分には論ずる術は持ち合わせてないが、
プロから見ても甲乙つけ難かったのではないか。

 最も感動したシーンがある。
長い表彰式での興南高校球児の態度である。
カメラは何度も球児たちの顔をひとりひとり映し出してゆく。
どの場面でも誰一人、首を傾げたり、手や腕を動かしたりするものがいなかったことである。
どの場面でも堂々と背筋を伸ばして立っていた。微動だにしていない。
感動した。
 ニュースも、夜の再放送もそんな眼で試合を見直した。
この根性を育てた我喜屋監督には感服した。
監督の薫陶得て、見事に育った球児たちひとりひとりは素晴らしい青年だと感動した。

 「近頃の若い者はーーー」とよく人は云う。
「そんな若い者に育てたのは自分たち大人だ」とは決して云わない。
今でもそうだが、最も嫌いな言葉だ。近頃の若い者はーーー。
誰が育てた、誰がそのようにした!
ベンチで指示する監督の和やかな顔、動じない態度。
真剣に全力で戦うことに集中する球児たち。その技術は精神に裏打ちされたものだ。
教育とはそうしたものだ。
清潔で、清楚なユニフォームにも教育の信念を垣間見た思いがする。
私立でありながら、野球名門の興南高校ナインの名前に他県人がいた記憶がない。
忘れかけていた高校野球が何たるかを思い起こさせる強烈なメッセージを社会に送った。
教育とはどうあるべきかを教えてくれた。

ありがとうございます我喜屋監督。
ありがとう興南高校ナイン。