2月の終わりの夕暮れ。この日も2月の沖縄らしくなかった。
どんよりした雲はどこへやら、青い空の下、陽射しをいっぱいに浴びたツツジが満開だった。

夕方6時前、ぶらりと外に出た。陽射しは弱いけれど、未だ明るかった。
快い風に吹かれていると、いつの間にやら馴染みの居酒屋に向かっていた。
公園の角を回って右折したところから、ピーピッピーピーという何ともしれぬ音がする。
何だろうとあたりを見回すが、それと思われぬものはみあたらない。
夕方の混雑で混んだ車列の反対側から聞こえているらしい。
いくら探しても正体を確認することが出来ず、諦めて歩き出した。
相変わらず「ピーピッピーピー」と音がする。平坦な音である。
信号が赤になったので反対側の歩道に向かって交差点を渡った。
その時、「ピーピッピーピー」が傍に立った。
小学校1,2年生くらいの女の子が頻りに指を動かしながら縦笛を吹いている。
よく見ていると穴を押さえる指は規律よく一定の穴を押さえている。
「ピーピッピーピー」「ピーピッピーピー」
信号が青に変わった。
女の子は私をちらっと見て、走り出そうとした。「待って!」女の子に叫んだ。
瞬間、左折してきた軽自動車が猛スピードで走り去った。
「いいよ」と言うと、女の子は小走りに信号を渡った。
ゆるやかな坂道を下る。
驚ろかしたかな?悪い事したな、と5,6メートル先をゆく女の子の小さな背中に詫た。
相変わらず「ピーピッピーピー」「ピーピッピーピー」と笛を吹きながら歩いている。
左肩から右の脇に掛けた布製のカバンがゆれる。
足元はビニール製かプラスチック製か、最近良く見かけるツッカケを履いている。
この子の足にはどう見ても大きすぎる。
ふと、この子が半袖半ズボンであることに気づいた。そして、色あせた着衣にハッとした。
ある哀しい想像が襲いかかって来た。わけもわからぬ後ろめたさに苛まれた。
ふいに女の子は溝蓋にでも引っ掛けたのか転びそうになった。
立ち直り、振り返って、私の方をみてニッと笑った。
あのあどけない、照れ笑いは今も脳裏に焼き付いている。
「大丈夫?」こくんと頷いた。
「笛、習ってるの?」
「ううん、きょうもらったの」
「そうか」
これだけではよくわからないが、話しかけても嫌がるだろうと並んで歩くことになった。
と突然、女の子が話しかけてきた。
「3年生になったら習うの。わたし、まだ2年生だから・・・」
「もうすぐだね」
「うん」とこっくり頷いた。
ファミリーマートの舞えを過ぎても女の子は私の前を行く。
道は上りになった。
私が思い込んでいた小学校ならもう2km近く離れたことになる。
時計を見ると6時2,3分前。
「遅くなったね、お母さん心配してないかな」
というと、小首を傾げて私を見上げ、
「ううん」と小さく云った。
転びそうになって、ニッと笑ったときから、何やら和んでいた心が、また、沈んだ。
「学校は**小学校でしょう」「こんなに遠くから通っているの」
「遊んで帰っているところ」
「じゃ公園に遊びに行ったの?」
「ううん、学校に遊びに行ったの」と弾けるようにいう。
坂を上りきった辺りに信号がある。
「青になってもさっきのようなことがあるからね」
2,3歩交差点に入ったところで、
「いいよ!」というと脱兎のように走って渡った。
「お爺は真っ直ぐ行くから、気を付けてね」
「わたしの家もまっすぐ」と添うように一緒に歩く。
10メートルほどのところから私は左折して路地に入る。
「お爺はここで曲がるからね」
「私の家もこの道からも行けるの」
長い付き合いのような気持ちになってきた。
私の前を歩いたり、後になったり、200メートルも歩いたところで、女の子は立ち止まった。
十字路である。ここで別れるんだ。
「気を付けてね。また、どこかで会おうね」
そういって手を上げた。
女の子は何も言わなかった。
「この道からも行けるの」
女の子から聞いた最後の言葉だった。
私は振り返らなかった。振り返れなかった。
あの子と別れて一週間になる。
なぜか忘れられない。
あの間は10分足らずの出来事だったのに。
2月、天気の良い日に自主トレに通う整形外科の道すがら撮影した。







どんよりした雲はどこへやら、青い空の下、陽射しをいっぱいに浴びたツツジが満開だった。

夕方6時前、ぶらりと外に出た。陽射しは弱いけれど、未だ明るかった。
快い風に吹かれていると、いつの間にやら馴染みの居酒屋に向かっていた。
公園の角を回って右折したところから、ピーピッピーピーという何ともしれぬ音がする。
何だろうとあたりを見回すが、それと思われぬものはみあたらない。
夕方の混雑で混んだ車列の反対側から聞こえているらしい。
いくら探しても正体を確認することが出来ず、諦めて歩き出した。
相変わらず「ピーピッピーピー」と音がする。平坦な音である。
信号が赤になったので反対側の歩道に向かって交差点を渡った。
その時、「ピーピッピーピー」が傍に立った。
小学校1,2年生くらいの女の子が頻りに指を動かしながら縦笛を吹いている。
よく見ていると穴を押さえる指は規律よく一定の穴を押さえている。
「ピーピッピーピー」「ピーピッピーピー」
信号が青に変わった。
女の子は私をちらっと見て、走り出そうとした。「待って!」女の子に叫んだ。
瞬間、左折してきた軽自動車が猛スピードで走り去った。
「いいよ」と言うと、女の子は小走りに信号を渡った。
ゆるやかな坂道を下る。
驚ろかしたかな?悪い事したな、と5,6メートル先をゆく女の子の小さな背中に詫た。
相変わらず「ピーピッピーピー」「ピーピッピーピー」と笛を吹きながら歩いている。
左肩から右の脇に掛けた布製のカバンがゆれる。
足元はビニール製かプラスチック製か、最近良く見かけるツッカケを履いている。
この子の足にはどう見ても大きすぎる。
ふと、この子が半袖半ズボンであることに気づいた。そして、色あせた着衣にハッとした。
ある哀しい想像が襲いかかって来た。わけもわからぬ後ろめたさに苛まれた。
ふいに女の子は溝蓋にでも引っ掛けたのか転びそうになった。
立ち直り、振り返って、私の方をみてニッと笑った。
あのあどけない、照れ笑いは今も脳裏に焼き付いている。
「大丈夫?」こくんと頷いた。
「笛、習ってるの?」
「ううん、きょうもらったの」
「そうか」
これだけではよくわからないが、話しかけても嫌がるだろうと並んで歩くことになった。
と突然、女の子が話しかけてきた。
「3年生になったら習うの。わたし、まだ2年生だから・・・」
「もうすぐだね」
「うん」とこっくり頷いた。
ファミリーマートの舞えを過ぎても女の子は私の前を行く。
道は上りになった。
私が思い込んでいた小学校ならもう2km近く離れたことになる。
時計を見ると6時2,3分前。
「遅くなったね、お母さん心配してないかな」
というと、小首を傾げて私を見上げ、
「ううん」と小さく云った。
転びそうになって、ニッと笑ったときから、何やら和んでいた心が、また、沈んだ。
「学校は**小学校でしょう」「こんなに遠くから通っているの」
「遊んで帰っているところ」
「じゃ公園に遊びに行ったの?」
「ううん、学校に遊びに行ったの」と弾けるようにいう。
坂を上りきった辺りに信号がある。
「青になってもさっきのようなことがあるからね」
2,3歩交差点に入ったところで、
「いいよ!」というと脱兎のように走って渡った。
「お爺は真っ直ぐ行くから、気を付けてね」
「わたしの家もまっすぐ」と添うように一緒に歩く。
10メートルほどのところから私は左折して路地に入る。
「お爺はここで曲がるからね」
「私の家もこの道からも行けるの」
長い付き合いのような気持ちになってきた。
私の前を歩いたり、後になったり、200メートルも歩いたところで、女の子は立ち止まった。
十字路である。ここで別れるんだ。
「気を付けてね。また、どこかで会おうね」
そういって手を上げた。
女の子は何も言わなかった。
「この道からも行けるの」
女の子から聞いた最後の言葉だった。
私は振り返らなかった。振り返れなかった。
あの子と別れて一週間になる。
なぜか忘れられない。
あの間は10分足らずの出来事だったのに。
2月、天気の良い日に自主トレに通う整形外科の道すがら撮影した。






