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砂町銀座で蘇る思い出♪あの時の生徒たちは…?

2017-11-06 12:00:00 | エピソード・思い出・他
昨日、モヤモヤさま~ずという番組で、江東区の砂町が出ていました。
激安商店街の砂町銀座が有名で、
いろいろな番組で取り上げられているのでご存知の方も多いかも知れません!

実家に住んでいた若かりし頃、砂町銀座付近で塾の講師をしていたことがあります。

まだあるのかな?と調べてみたら…ありました!本部のHPを見つけました
余り評判がよくないようなのでW学院としておきますが…^^

当時は英語が好きで得意だった(つもり)のにW学院の英語講師の試験に落ちました
何で?小学生対象なのに??・・・と肩を落とし、
心の中ではよくも落としてくれたなと憤慨していたところに、
「国語と算数」の講師の枠なら空きがあると!
英語の講師で落ちたのに国語と算数、試験し直さなくていいの?
私は理数系は全然ダメだけど…数学じゃないし、算数だから大丈夫か
と、時給はイイし、次の仕事までの繋ぎなのでOKしちゃいました。

どの駅からも歩くには遠く、バスで現地に直行直帰で講師を週2~3日、一日4~5時間
月に1~2回、都心の本社に会議や報告に行くだけで結構自由がきくバイトでした。
(講師の急病か何かで、行ったこともない埼玉県の朝霞の教室に応援に行ったことも!)

可愛い小学生の子供たちの中には、何故か、かの有名なお嬢様学校の白Lilyと、
千代田区の有名公立小学校に越境入学しているN姉弟がいました。
(その後、私が就職した九段下で2人に声を掛けられたこともあり陰ながら見守っていました^^)

その姉弟の母親は下町には似つかわしくないとてもお上品な方でした。
もう一人下に幼児がいたと思いますが、一年生の弟がそれはもう手を焼くお坊ちゃまで、
ある時は、おばあさまのぞうりを小さな足でつっかけながら履いて来て
ばばぁのぞうりで来た」と
後を追って靴をもってきた母親には「おかあさま、ごめんなさい

私にニヤッとした顔で「オレさまの宝物見せようか~」と
別に見たくもないけど、見せられたノートには、
当時公衆電話にペタペタ貼られていた小さなピンク(エロ)広告が並んでいました
おかあさまには内緒だぞぉ~
(今はどんな大人になっているのやら…大物になっている気がする

あとは、お肉屋さんかお惣菜屋さんの娘さん(当時小1)がいて、「センセイ、家族何人?」
「2人姉妹の4人家族」と言ったのに、「子供にあげて」と…
覚えたばかりの足し算で、揚げたての熱々のコロッケを6個、その次はメンチを6個、
勉強道具に加え、小さな手でかかえて持ってきてくれるようになりました。
「センセイ、子供カワイイ?」自分もまだ子供なのに、20代の私に4人子供がいると思ってる~
ご父兄に事情を話して、すぐにコロッケなどの差し入れは辞退させていただきました。
(とっても美味しかったけど、教室で匂うし…残念

テレビがきっかけで思い出したわりには、印象に残る生徒たちの名前まで次々と浮かびます。
G君、S君…
短い期間でいろいろな楽しい経験をさせてもらった、そんな教室があったのが砂町でした!


長くなりましたが、少し回復した夫に思い出話しをしながらの夕飯でした。


メインは、ホタテのカルパッチョ、甘くてとっても美味しかったです

私は未だに交信のある小学校6年生のときの担任、英語が好きになったきっかけの先生や塾の先生のことは覚えているけど…その時の生徒で覚えていてくれてる子はいるのかな…いないな、きっと



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