一日一トライ~”その記憶の記録”

陶芸を主に、自分の趣味や興味関心事、日々のNewsや出来事などを記憶のあるうちに記録しています。

Ⓚ-2.私が拾ったものは”遺物”か?(2/4)~私の疑問点

2022-06-28 07:00:00 | Ⓚ考古学から学ぶこと

 石器・石斧を例にしても、新しい時代になっていくと、加工技術がUPしてきます。そこには、とてつもなく長い長い時間がかかりますがー。参考に、下の写真は前述の擦文文化か、オホーツク文化時代の石斧ですが、この時代では、黒曜石のポイントや矢じり、土器なども使われていました。石斧にいたっては、全体が研磨されピカピカ、ツルツルといった感じです。

かし、私が収拾した石斧らしき物は、一部分しか研磨されていませ
ん。今回も、前回より大きめの石斧らしい遺物10点を紹介します。 


 少し大きい石斧(⑪~⑳)です。 

厚さcm、 幅×長さ/重さ
        ⑪ 厚3.4cm、7.8×21.1cm/867.0g   
   ⑫ 厚3.3cm、6.8×18.1cm/584.5g
      ⑬ 厚4.1cm、9.3×27.2cm/1264.0g
         ⑭ 厚4.4cm、9.5×20.0cm/1033.0g 
        ⑮ 厚4.6cm、11.0×16.1cm/1020.0g
  ⑯ 厚2.6cm、8.6×14.1cm/608.5g
   ⑰ 厚2.6cm、6.5×14.7cm/470.5g
   ⑱ 厚2.7cm、7.0×17.7cm/426.0g
   ⑲ 厚2.8cm、6.4×14.8cm/367.0g
      ⑳ 厚4.5cm、5.5×19.1cm/670.0g
 

(1) 採集した場所の疑問
今までの調査では、石器を採集できた場所は、橋脚より50m上流~
下流200mの河原に限定されています。この地は、河川の上流部に
位置しているので、河原には角ばった石が多いことも特徴です。 
さらに特記すべきことは、この場所は、近年、橋の架け替えや堤防など
の工事があったことです。しかし、通常古代の先住民は、洪水が頻繁に
  起たであろう平地でなく、経験的に丘陵・高台のところに住居を構えます。
それが、平地、しかも河原の砂利に混じっていることが大きな疑問です。


 この河原からも、多数見つけました。

(2)
研磨が少ないことの疑問
これが縄文時代擦文時代の遺物だとすると、研磨という作業はほんの
わずかしかなされていないことです。(これを局部練磨石器というのか?)
例えば、白滝の旧石器時代のポイントや矢じりを見ると、黒曜石という恵
まれた素材がありました。そこでは、相当レベルの高い技術を持ってい
ます。しかし、これらは、河原の転石から、石斧になりそうなものを拾い
集め加工しているようです(これは礫石器かー)。ここの住んでいた人たち
は、石斧の加工の状態から見て、時代がより古かった可能性があります。


ササヤブをこいで住居跡のような場所がないかとー👀。

(3) 他の遺跡が発見されない疑問
今まで河原で収集したものは、石斧or石斧のようなもののみです。
先住民がここで生活していたとしたら、その他の痕跡があるはずです。
どこか小高い所か河岸段丘の場所に住居を構えていたものと思います。
そこで、
近くの小高い山、石器の発見した更に上流や下流を何度か探索しました。
竪穴住居の跡のような場所もありましたが、断定することはできません。
河原の他に露頭を探しましたが、周囲にはありません。更なる調査がー。


 何かくぼ地がー。住居跡か!~そう簡単には見つからない。黄色
の直線は1mの折尺です。写真で見るとくぼ地か否か不可解ですが。

今のところ自力解決では疑問点が残るだけです。まあ、~∼かな
!?と、想像のツバサをチョッピリ羽ばたかす程度でもイイのです
がー。堂々巡りになることも多いのですが、もう少し続けていこ
うと思います。何か、厄介なモノに関わった感じでもあります。

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