中国電力が鳴らした「電力大競争時代」の号砲
2014/10/8 7:00 日経新聞
「中国電、西日本全域で販売」――。2014年9月27日付け日本経済新聞朝刊(14版)の1面にこんな見出しが踊った。中国電力は2016年4月に予定される電力の全面自由化に合わせて、自社の余剰電力を送電線網を使って隣接する関西電力や九州電力、四国電力の管内の家庭に販売するという。これは、慎重な姿勢を崩してこなかった大手電力会社間の本格的な競争の始まり告げる号砲と言える。
すでに東京電力が中部電力や関西電力の管内で、逆に中部電力や関西電力が関東圏で電力販売を始めている。しかし、いずれも子会社の新電力が本社の域外で調達した電力を供給するものだった。
東京電力の子会社で新電力のテプコカスタマーサービス(東京・江東区)が中部や関西圏のヤマダ電機などに供給する電力は、一般の企業が保有する自家発電設備の余剰電力を買い集めたものだ。関西電力の新電力子会社である関電エネルギーソリューション(大阪市)は、伊藤忠商事子会社で新電力の伊藤忠エネクスが宮城県で計画する石炭火力発電所建設に参画し、全面自由化後の首都圏への電力販売を強化することを明らかにしている。
■不可侵だった「地域割り」
これに対して、今回の中国電力の動きは、本体の発電所で発電した電力を域外に直接供給するものだ。この構想が与えるインパクトは、子会社が域外で調達して域外の顧客に供給するのに比べて格段に大きい。後者が子会社を通しての部分的な“代理競争”だとすれば、前者は電力会社の再編にもつながりかねない本格的な競争を誘発する可能性さえある。
第一の違いは規模だ。東京電力の子会社が現在域外で販売しているのは出力で2万kW規模。これに対して、1年半後の全面自由化開始時点で、中国電力が他地域に供給可能な余剰電力の規模は域内の需要の1割に相当する100万kWにいきなり達するとされる。原発1基分の規模だ。これは東電が2013年12月に発表した「新・総合特別計画」の中で掲げる、子会社を通して10年後までに確保を目指す域外供給力の目標値に匹敵する。
実は、電力会社による域外への直接供給はこれまでの部分自由化の下でも制度上は認められていた。電力自由化の進展では、新電力がどれだけ伸長したかが大きなバロメーターとしてしばしば指摘されるが、部分自由化が始まった当初、政府がむしろ期待したのは大きな発電余力を持つ電力会社同士のエリアを超えた競争だった。
だが、2000年から段階的に始まった部分自由化で、今日まで電力会社本体が自社エリア以外の需要家に直接電力を供給したのは、九州電力が広島県のスーパーと契約した1事例しかない。それ以降、エリアを越えて互いの顧客を奪い合う地域間競争は“自粛”が電力会社間の暗黙のルールになっていた。中国電力の構想は、これまで結束の固かった電力会社同士が本気で競う時代の到来を告げるものとなりそうだ。
■ガス、通信、住宅…セット販売で付加価値
全面自由化後の電力ビジネスの環境はどう変わっていくのだろうか。日経BPクリーンテック研究所は、調査報告書「電力・エネルギービジネス総覧~シナリオ・市場・ビジネスモデル分析 重要プロジェクトのすべて』の中で、全面自由化後の電力市場を占った。
政府が進める電力システム改革のポイントは、(1)垂直一貫体制を見直して電力事業を「発電」「小売り」「送配電」に再編、(2)一般電気事業者の地域独占を改め、小売りと発電を全面自由化、(3)総括原価方式によるこれまでの電力会社のビジネスモデルを廃止し、送配電事業者を除く全事業者が対等に競争する環境の確保――の3点である。
2016年の小売り全面自由化後は、制度的にはこれまでの「一般電気事業者(大手電力会社)」や「特定規模電気事業者(新電力)」といった区分がなくなり、すべての発電事業者と小売り事業者は対等な条件下で競争することになる。
これまで、大手電力会社の市場支配力の前で、思うようにシェアを伸ばせなかった新電力などの新規参入組だが、全面自由化後はどのような展開が考えられるのだろうか。 調査報告書では全面自由化後の電力市場を分析している。
現在、新たに新電力に参入してきた企業を大きく業種別に分類すると、表のようになる。製紙など発電設備を保有する事業者や都市ガス、石油販売、通信事業者、電機、住宅などだ。
大手電力会社への対抗勢力として本命視されるのが、東京ガス、大阪ガス、東邦ガスなどの都市ガス大手である。東京ガスと大阪ガスが、NTTファシリティーズとともに出資するエネットは、新電力の最大手として、新電力市場の半分近いシェアを占めている。
都市ガス会社の優位性は、火力発電の燃料になるLNG(液化天然ガス)の大量調達、所有するガスパイプラインや導管のネットワークを使っての需要家へのガス供給に実績があり、ガス需要家という多くの顧客を持っている点にある。東京ガスなどは電力とガスのセット販売の構想を描く。
都市ガス会社の場合、燃料調達からエネルギー供給に至る既存事業がそのまま電力参入の基盤になる。東京ガスは電力事業を「天然ガスバリューチェン」の一環と捕らえており、現状で合計200万kWになる同社関連の天然ガス火力発電所を、2020年には最大500万kWへと増強する計画だ。
ソフトバンクなどの携帯電話会社も、全面自由化で開放される家庭の一般消費者を顧客に抱えている強みが共通している。通信とのセット販売で顧客を開拓していく戦略だ。
■楽天も電力販売を検討
ソフトバンクは、傘下のSBエナジーが全国に大規模な太陽光発電所を数多く展開している。新規参入組としては、魅力的な“商品”をいかに提供していくかも販売シェアを伸ばすうえで大きなカギを握る。ソフトバンクグループは太陽光発電などを中心に、原発や石炭火力に頼らないクリーンな電力という商品メニューを打ち出す構えだ。大手電力会社が扱うのは難しいジャンルだけに、うまくアピールできれば差異化商品として消費者の支持が集まりそうだ。
住宅大手のミサワホームも太陽光発電を軸にした新電力事業を展開していく。都市ガス会社や通信会社と異なるのは自社の顧客に電力を併せて売るのではなく、顧客から電力を買うことだ。ミサワホームの太陽光発電システム搭載住宅を購入した顧客から、太陽光で発電した電力を固定価格買取制度の価格にプレミアムを上乗せした価格で買い取り、その電力をミサワホームグループの事業所で利用する。電力を買い取ることで自社商品の付加価値を高める。
ネット通販大手の楽天は、楽天ポイントを活用した一般消費者への電力販売を検討する。電力も“楽天経済圏”を広げる商材になり得るという考えだ。
このように、新規参入組は新たに開放される電力市場に様々なアイデアを持ち込み、市場獲得に挑もうとしている。消費者にとって選択肢が増えれば、電力システム改革の大きな成果になる。
一方で、原発の再稼働が進むなど、大手電力会社の価格競争力や市場支配力が回復すれば、新規参入組が苦戦する局面も考えられる。
従来型の「大手電力vs新電力」の構図に、大手電力会社同士の競争、多様な業種からの新規参入という要素が加わる中、電力市場や電力ビジネスはどう進展していくのか。各社は今、水面下で勝つための戦略を練っている。
(日経BPクリーンテック研究所 中西清隆)