大間原発差し止め提訴 函館市の実情 対岸に広がる不安 転機は福島原発事故
デーリー東北新聞社 10月14日(火)10時52分配信
観光客でにぎわう「函館朝市」。だが、東京電力福島第1原発事故後は風評被害で閑散としていたという。店主らは大間原発に対する懸念も抱える=函館市
電源開発(Jパワー)が大間町で建設を進める大間原発。町が経済界を中心に早期完成を求める中で、津軽海峡を挟んだ対岸の北海道函館市では不安の声が高まっている。市は4月に自治体としては初の原発差し止め訴訟を起こし、国とJパワーを相手に係争中。各業界もこの動きを支持する。29日には第2回口頭弁論が開かれる予定だ。何を思い訴訟へと踏み切ったのか、函館の実情を探った。
風評被害受け危険性を実感
函館山の南東部、津軽海峡を一望できる立待岬を訪ねると、ぼんやりとだが、海の向こうの下北半島に大きな構造物を確認できた。正体は建設中の大間原発。都道府県は異なるものの、大間原発と函館の「近さ」を体感することができる。
工藤寿樹市長によると、東京電力福島第1原発の事故により、遠く離れた函館でも風評被害が発生した。海産物が売れず、観光客も激減。ホテルなどは倒産寸前に追い込まれた。
近くにありながらも、以前は大間原発への関心は決して高くなかった。だが、実体験として影響の大きさを知った市民は、事故の発生を不安視するように。東日本大震災は「大間原発とあらためて向き合うきっかけになった」という。
JR函館駅近くの朝市でカニを売る男性(52)は「福島の事故で大間原発にも不安感を抱くようになった。もし大間で起きたら福島の時以上に悪影響が出る。住むことさえできなくなるかもしれない」。タクシー運転手の男性(57)は「大間にはあるメリットや恩恵が函館にはない。あるのは『怖い』という感情ばかり」と打ち明けた。
海峡はさみ“蚊帳の外”
市民を守る戦い―。工藤市長は訴訟をこう表現し、「決して反原発、脱原発の争いではない」と強調する。安全神話が崩壊した原発の危険性を専門的に訴えるのでなく、“地元”である函館の同意を得ていないなど、大間原発の立地をめぐる手続きの問題点などを指摘していく方針だ。
再三にわたり国に建設凍結を求めたが聞き入れられず、説明会を求めてもいまだ開かれる気配はない。一方で、国は原発事故を踏まえ、避難計画の策定などを義務づける「緊急時防護措置準備区域(UPZ)」を稼働する原発の半径30キロ圏に拡大。大間原発に当てはめれば、函館も対策を講じる必要がある。
事故の影響を受ける可能性があるとされながら、依然として“蚊帳の外”に置かれていると判断し、提訴に踏み切った。
工藤市長は「あらためて安全性を検証したり、有効な避難計画を作ったりしてからでも、建設は遅くない。最低限、原発を増やすのを見合わせ、さまざまなことに挑戦してから考えるべきだ」と強調。国が函館に対して大間原発に関する同意権を認めるなどすれば、「訴訟を取り下げる意向もある」と語る。
大間側「原発は地域の生命線」
「原発がなければ地域は死んでしまう」。大間原発が立地する大間町では、原発事故後も「建設推進」の声が根強い。
大間原発は1970年代に地場産業の振興と関連企業の集積を目指して、地元側が誘致した経緯がある。町議、県議として関わった大見光男さん(84)は「40年も前からの事業だ」と語気を強め、「最初は反対していた人でさえ賛成となった。それほど町が盛り上がったんだ」と振り返る。
大間町で建設中の大間原発。新規制基準に対応するため本格工事は停滞し、稼働時期も未定となっている
建設工事に伴い、人口約6千人の大間には一時、2千人もの作業員が入った。小売店や飲食店はにぎわい、受け入れるアパートなどの建設も進行。本格工事の中断で現在は影を潜めるが、町は活気にあふれた。
大間原発は町の財政も下支えする。Jパワーが立地環境調査を始めた1983年以降、電源三法交付金は本年度までで約136億円に上る。公共施設の光熱水費や学校の建設費などに充てられ、財源に占める割合は大きい。原発が稼働すれば、年間約40億円の固定資産税収入も見込まれる。
町は「資源に乏しい日本で安定した電力を確保するため、国策として原発の必要性を理解し、今日に至っている」などと大間原発の存在意義を強調する。
原発差し止め訴訟について説明する工藤寿樹函館市長=3日、函館市役所
函館側「漁業への影響致命的」
歴史的、地理的につながりが深い大間と函館。提訴に踏み切った函館側にも、大間の実情に一定の理解を示す声はある。訴訟を後押しする渡島地区漁協組合長会の山崎博康会長は「原発を産業としなければならない事情も分かる」と語る。
それでも漁協は市の対応を支持する。大間原発で事故が発生した場合、取り返しがつかない事態に陥るという懸念の方が大きいからだ。
「事故があれば、ブランドの『大間マグロ』にも傷がつく。地元では口に出せないのかもしれないが、漁ができなくなれば死ぬのと同じだろう」。同じ津軽海峡で仕事をする漁業者として、大間の将来も憂う。
訴訟の先頭に立つ工藤寿樹市長は「大間の実情も分かっているし、非難するつもりはない。問題なのは、国や大都市圏が利益や利便性だけを享受し、危険なものを地方に押し付けていることだ」と指摘する。
その上で大間の住民に問い掛けた。
「今、恩恵が受けられる自分たちの町や時代はいいのかもしれない。ただ、将来の世代に危険や不安を背負わせてもいいのですか」