「0歳児ステーションおむすび」~てをむすび、こころをむすんで、いっしょに子育てしましょう!~日野市0歳児一時保育

日野の高幡不動の一時保育「0歳児ステーションおむすび」はリフレッシュしたいパパママの味方!日々の保育の様子を綴っています

「母になる」ということ・・・

2008年08月22日 | 保育のヒント

「出産を終えた時、世の中の母という母たちは、皆こうやって

  身をひきさかれるような痛みを味わってきたのか、と

  自分より先に母親になった人達の顔を、思い浮かべ

  母になった全ての同性に、哀しみを伴う懐かしさに似た

  共感を抱いたのでした。」という文章を読んだ時、

  自分が、初産の時を思い出しました。         

  出産した病院は、母子同室だったので、出産後8時間で

  子どもは、母親のもとに連れてこられるのでした。

  夕方4時すぎに生まれたので、我が子が部屋に来たのは、

  夜中の12時ごろ。女の子だったので、薄暗い灯の中、我が子を

  抱きながら、「ああ~、この子もいずれは、こんなふうに、出産を

  体験するんだなあ。」なんて思いながら、何とも言えない

  言葉では表現できない気持ちに包まれて、自然と涙が流れた

  ことを思い出しました。                              

                               

誕生の時、人は皆、痛みや苦しみを”母”という他者に

  担ってもらい、やっとこの世にやってくるのです。

  人は、生のスタートの時から、痛みを分け合う人がいて

  生きていく。

  生きているどの人の「生」の上にも、燦然と輝いている

  痛みを引きうけた「愛」というものが、根底にあるのだと

  文章の筆者は書いていました。           

 

  「母」とは、子どもの成長に寄り添い、その悲しみや苦しみ、

  悩みに、とことんつき合い共感し、絶えず祈り、案じ、

  成長していく姿を見続けるため、”出産”の痛みを引き受けた

  のだと。

  子どもがいとおしいと思えるのは、その心の深いところに

  担った「痛み」があるからだと。         

 

母親にとって、育児は、楽しく、幸せなことばかりではなく、

  その渦中でさまざまな思いを体験します。

   悩んだり、苦しみを抱え込む時もありますが、

   それを含めた、丸ごとがあってこそ、

  痛みを担って、生命を誕生させたお母さんのすばらしさは、

  永遠であり、

  たとえ、育児に対して、少しくらい不安なことがあっても、

  ”わが子”の専門家は、誰でもない、”母”であるお母さん自身(筆者の言葉)。

  まわりに応援してもらいながらも、自信をもって

  子育てしていかれるといいなあと、強く思うのでした