「出産を終えた時、世の中の母という母たちは、皆こうやって
身をひきさかれるような痛みを味わってきたのか、と
自分より先に母親になった人達の顔を、思い浮かべ
母になった全ての同性に、哀しみを伴う懐かしさに似た
共感を抱いたのでした。」という文章を読んだ時、
自分が、初産の時を思い出しました。
出産した病院は、母子同室だったので、出産後8時間で
子どもは、母親のもとに連れてこられるのでした。
夕方4時すぎに生まれたので、我が子が部屋に来たのは、
夜中の12時ごろ。女の子だったので、薄暗い灯の中、我が子を
抱きながら、「ああ~、この子もいずれは、こんなふうに、出産を
体験するんだなあ。」なんて思いながら、何とも言えない
言葉では表現できない気持ちに包まれて、自然と涙が流れた
ことを思い出しました。
誕生の時、人は皆、痛みや苦しみを”母”という他者に
担ってもらい、やっとこの世にやってくるのです。
人は、生のスタートの時から、痛みを分け合う人がいて
生きていく。
生きているどの人の「生」の上にも、燦然と輝いている
痛みを引きうけた「愛」というものが、根底にあるのだと
文章の筆者は書いていました。
「母」とは、子どもの成長に寄り添い、その悲しみや苦しみ、
悩みに、とことんつき合い共感し、絶えず祈り、案じ、
成長していく姿を見続けるため、”出産”の痛みを引き受けた
のだと。
子どもがいとおしいと思えるのは、その心の深いところに
担った「痛み」があるからだと。
母親にとって、育児は、楽しく、幸せなことばかりではなく、
その渦中でさまざまな思いを体験します。
悩んだり、苦しみを抱え込む時もありますが、
それを含めた、丸ごとがあってこそ、
痛みを担って、生命を誕生させたお母さんのすばらしさは、
永遠であり、
たとえ、育児に対して、少しくらい不安なことがあっても、
”わが子”の専門家は、誰でもない、”母”であるお母さん自身(筆者の言葉)。
まわりに応援してもらいながらも、自信をもって
子育てしていかれるといいなあと、強く思うのでした