田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

空に舞う花弁は蝶か猫がじゃれ  麻屋与志夫

2022-05-16 08:59:12 | 俳句
5月15日 日曜日
薔薇が散るその散る花弁猫が追い

宙返り猫が捕らえしバラ花弁

反回転猫が捕らえしバラ花弁

空に舞う花弁は蝶か猫がじゃれ

舞う蝶を猫がとらえしバラ花弁

天神は空から青梅猫じゃれる

切り株に空蝉すがり声はなし

薔薇に痴れ猫に痴れてる妻の顔

バラに痴れネコに痴れ妻したり顔

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老いの手は血管の川うきたたせ 麻屋与志夫

2022-05-15 10:50:01 | 俳句
5月15日 日曜日
「アサヤ塾」はまだやっている。
妻の数学教室のほうには生徒がいる。
国語、英語教師のわたしの方は、いない。
生涯現役で頑張ろうと思っているのに。
だれか入塾者を紹介してくれないかな。
だが、わたしは二刀流。
小説家としてのわたしは、はじめてフルタイムの作家としての日々を送っている。
だが、お座敷のかからない老作家だから、ただただひたすら書きつづけているだけだ。
むだに、だが、ありがたいことに、筆力がついてきた。
一日に十五枚くらい書けるようになった。
二十枚は書きたいな。
書くことがあり過ぎる。
それくらい書かないと。
生きているうちにその全部を書ききることはできないだろう。
パソコンにむかって毎日精進している。
両手の甲をじっと見つめた。

老いの手は血管の川うきたたせ
老いの手は皺の谷間に血の流れ

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梅雨入りし川音嘆く女あり 麻屋与志夫

2022-05-14 10:41:09 | 俳句
5月14日 土曜日
夜来の雨ふりやまず。
ひそかに朝寝を楽しみながら句作。
できがわるく、独りよがりで、句意がみなさんにとどかないのではないかと心配です。
こんなとはしたくないのですが、自己解説をつけました。

青梅の落ちし境内猫遊ぶ
●天神様の境内です。猫が梅の実でサッカーをしていまし。

工事音ひびくは街の蝉の声
●市役所の工事現場から四六時中騒音。蝉の声ときけば、きにならない。

梅雨入りし川音嘆く女あり
●「川の音がうるさくて、夜寝らんないよ」その家の前を側溝が流れている。

川音は風流ならん梅雨の入り
●都会ではけっして枕元に川の流れる音はきくことができない。懐かしい音と思えばいいのだ。

街中を流れ流され梅雨の川
●最近知ったのだが、わが街を流れているのは掘割の流れ。黒川から取り入れた水を昔防火水の役割としてつくった運河や堀に流している。人工的に流されている川がおおいのだ。だから黒川の水位が下がると、街の流れは干上がってしまうのだ。

人糞の臭いは下水ゲスの夏
●わが町は上下水道の建設はとてもはやかった。誇るに足りることだ。ところが街を歩いていると、特に夏、人糞のいやな臭いが側溝からする。いまどきみなさんは車で移動しますからね。わたしたちのような老人でないと気がつかないこととでしょう。ゲスなひとがいるものですね。だいぶ前のことですが、ある蕎麦屋さんに入ったところ客がいるのにですよ。その店のおかみさんがこどものオシメ、うんちのついたオシメをとりかえているのでした。

老い猫が人恋しがる朧月
●認知症が猫にもあるらしいです。かっては、飼い猫だったのでしょう。ひとになれていて、寄ってきてすりすりをしてくれるのです。やせほそって、死期まじかの老猫です。さかりがついて鳴いているならいいのに。鳴き声をきいていて悲しくなりました。

雨音を風雅と聴くは老いの華
●老いて、花を咲かせることのできない老木のおいら。こころにはされど華を保とう。

むつみあうむつみの声も春の宵
淫声もたあいなきこと春の夜
●むかし西早稲田の三畳ひと間に下宿住まいをしていたことがあった。年老いたいまなら、タアイモない声と聞けるだろうに。どうして、おかしなことを、思いだしたのだろう。薄いべニヤの板壁がうらめしかった。

落ち敷きし薔薇の花びら閉ざす門
飛び石におおいかぶさる薔薇花弁
●これは解説の必要はない。満開のバラが降り続く雨でびっしりと庭を覆っている。バラは散っても、なお美しさ誇っている。とても、踏みつけることはできない。しばらくは門を閉ざして閑居を楽しもう。

まだ梅雨入りはしていません。
それなのに、梅雨の句がおおくでごめんなさい。
わがこころに雨が降る。
このところ艶歌歌手のでてくる小説を書いています。
「雨雨ふれふれもっとふれ」好きです。

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梅雨入りし川音嘆く女あり 麻屋与志夫

2022-05-14 10:41:09 | 俳句
5月14日 土曜日
夜来の雨ふりやまず。
ひそかに朝寝を楽しみながら句作。
できがわるく、独りよがりで、句意がみなさんにとどかないのではないかと心配です。
こんなとはしたくないのですが、自己解説をつけました。

青梅の落ちし境内猫遊ぶ
●天神様の境内です。猫が梅の実でサッカーをしていまし。

工事音ひびくは街の蝉の声
●市役所の工事現場から四六時中騒音。蝉の声ときけば、きにならない。

梅雨入りし川音嘆く女あり
●「川の音がうるさくて、夜寝らんないよ」その家の前を側溝が流れている。

川音は風流ならん梅雨の入り
●都会ではけっして枕元に川の流れる音はきくことができない。懐かしい音と思えばいいのだ。

街中を流れ流され梅雨の川
●最近知ったのだが、わが街を流れているのは掘割の流れ。黒川から取り入れた水を昔防火水の役割としてつくった運河や堀に流している。人工的に流されている川がおおいのだ。だから黒川の水位が下がると、街の流れは干上がってしまうのだ。

人糞の臭いは下水ゲスの夏
●わが町は上下水道の建設はとてもはやかった。誇るに足りることだ。ところが街を歩いていると、特に夏、人糞のいやな臭いが側溝からする。いまどきみなさんは車で移動しますからね。わたしたちのような老人でないと気がつかないこととでしょう。ゲスなひとがいるものですね。だいぶ前のことですが、ある蕎麦屋さんに入ったところ客がいるのにですよ。その店のおかみさんがこどものオシメ、うんちのついたオシメをとりかえているのでした。

老い猫が人恋しがる朧月
●認知症が猫にもあるらしいです。かっては、飼い猫だったのでしょう。ひとになれていて、寄ってきてすりすりをしてくれるのです。やせほそって、死期まじかの老猫です。さかりがついて鳴いているならいいのに。鳴き声をきいていて悲しくなりました。

雨音を風雅と聴くは老いの華
●老いて、花を咲かせることのできない老木のおいら。こころにはされど華を保とう。

むつみあうむつみの声も春の宵
淫声もたあいなきこと春の夜
●むかし西早稲田の三畳ひと間に下宿住まいをしていたことがあった。年老いたいまなら、タアイモない声と聞けるだろうに。どうして、おかしなことを、思いだしたのだろう。薄いべニヤの板壁がうらめしかった。

落ち敷きし薔薇の花びら閉ざす門
飛び石におおいかぶさる薔薇花弁
●これは解説の必要はない。満開のバラが降り続く雨でびっしりと庭を覆っている。バラは散っても、なお美しさ誇っている。とても、踏みつけることはできない。しばらくは門を閉ざして閑居を楽しもう。

まだ梅雨入りはしていません。
それなのに、梅雨の句がおおくでごめんなさい。
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雨ためて薔薇天井の迫りくる  麻屋与志夫

2022-05-11 20:24:24 | 俳句
5月11日 水曜日
横臥して死を待ちいれば蝉の声

味噌甕のアヤメが咲いて母想う

坪池にアヤメが咲いて日が暮れる

雨ためて薔薇天井の迫りくる

走り梅雨ビニール越しの街ゆがむ

母植えし味噌がめのアヤメ咲きたるか

葉はとんがり花はうつむくアヤメ草

アヤメ咲く緑に揺れる葉の中に



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背においし芋大根の重さかな  麻屋与志夫

2022-05-02 18:36:14 | 俳句
5月2日 月曜日
八重桜散り敷く路でとどまりぬ

背においし芋大根でよろめきぬ

背においし芋大根の重さかな

黄砂吸い空にはためく鯉幟

去年今年落ち葉散り敷く路肩かな

年が変わって令和4年となったときのことだ。
路肩にそって小路のように落ち葉が連なっていた。
年が変わって、赤さび色の落ち葉まで、なにか新鮮に感じられた。


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妻呼べは藤房ゆれて声がする 麻屋与志夫

2022-05-01 07:30:12 | 俳句
5月1日 日曜日

アイスバーク初夏の空を冷やしけり

白いバラまわりの色になじめずに

薔薇咲きてまわりの花は色めきぬ

妻呼べば薔薇のがげゆれて声がする

妻呼べば声のみひびくばらの庭

妻呼べは藤房ゆれて声がする

よろめきて倒れたとこに勿忘草

万草石の囲いを覆いたり

薔薇茨猫の歩行を止めたり

猫ちゃんは通行禁止バラ垣根

薔薇に棘それてもいいの口説いてね

味噌ツボに一輪咲きしアヤメ草

妻の庭おいら酒飲むサツキ空

鯉幟おいら酒飲むバラの庭

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石だたみとぎれて菫咲く小路  麻屋与志夫

2022-04-29 11:42:02 | 俳句
4月29日 金曜日

石だたみとぎれて菫咲く小路

白鷺の水かき見える渇水期

網ヘンスかなたはモール春霞

頭頂に桜かんざし老婆かな

マツキヨの開店まだかカキの下痢

バス停に背中翁の花見かな

チラシの日何が安いの春霞



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藤揺れて少年走る母校かな 帰路、狸の死骸を目撃 麻屋与志夫

2022-04-28 01:00:13 | 俳句
4月28日 木曜日

昨日は昼ごろ散歩に出た。
母校鹿沼北小学校の前まで歩いた。
県内で木造校舎。だから、昔のままなのはここだけらしい。
戦争少年だったので楽しい思い出はなにもない。
五年生のときの担任橋田巌先生にはすごい迫害をうけた。
そのトラウマはいまだにのこっているのだが、いろいろと教わったことも事実でいまでも忘れない。
教師としては、すばらしい、天才肌だったのかもしれない。
禅僧の描く「円相」の話など小学生にする教師だった。
いまのわたしの教養の基礎をつくりあげてくれた恩師だ。
しかしこうした心境になるまでに、この歳までかかった。
長生きしていてよかったと思うのはこうゆう時だ。
いままでみえていなかったものが鮮明に見えてくる。
生涯の友となる中津博君とあったのもこのころだ。
お父さんが事故にあったという知らせが来て、校門から走って消えていく彼の後ろ姿。

俳句をヒネッタ。

藤揺れて思い出も揺れ母校かな
藤揺れて少年走る母校かな
藤花揺れ思い出も揺れ母校かな

八十年後の少年はかくのごとく、
おぼつかない足取りで、
どうにか母校の木造校舎とグランドを望むところまでたどりついた。
藤だなからながい藤の房が垂れていた。風に揺らいでいた。太さから見てむかしのままの藤だ。

帰路、高田燃料屋さんの裏の道端に狸の死んでいるのを目撃。
飼われていたのが逃げたしたのか、
山伝いに里まででてきたのか、
なんとも面妖な死骸だった。



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赤さびたポンプ残して家が建ち  麻屋与志夫

2022-04-27 10:41:56 | 俳句
4月27日

過日、裏路地探検隊の気分で家をでた。
めざすは、街の駅を左手に見た路地裏への入り口。
ここは珍しく手つかずの昭和の路地がある。
ぶらぶら歩いていくと、小薮川にでる。
ところが、しばらく来ていなかったので、おどろいた。
路地に入ったところに新築の家が建っていた。
いまどきの家。
外壁がまぶしかった。
庭先にぽっんとポンプ井戸が残されていた。
懐かしくて、いろいろな思い出があるので残したのだろうか。

赤さびたポンプ残して家が建ち




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