超短編小説17 緋毛氈/野点/美少女
万歩計をかねた腕時計に勝平は目をやった。
「なんだ、まだ四百歩しか歩いていない」
久しぶりに散歩に出た。
せっかく、美智子さんが一緒にきてくれたのに。
新築工事中の市役所前で、脚が……もういけない。
ふらついてきた。
しかたなく市役所前の街角公園のベンチに座る。
工事用重機のあげる騒音にはなやまされている。
とくに大地に鳴り響く杭打機、掘削機、大型シャベルカー。
地球が悲鳴をあげているようだ。
この前、いまはコンクリートの堆積と化した市庁舎が建てられたのは七十年くらい前だったろう。
勝平はまだ高校生。
ニキビ面――だった。
ふとみると、市庁舎の庭、松の木を背景に緋毛氈が敷かれていた。
野点……を楽しんでいる。
茶会の席には顔見知りの美少女がずらりと正座している。
もちろん和服姿だ。
「勝平さん一服いかがですか」
招かれている。
ひらひらと白くしなやかな手の動き。
「どうぞ、どうぞ、粗茶ですが、こちらに、いらっしやい」
こちらに、といわれても、広い道路を横ぎらなければならない。
信号が青になるまで待たなければならない。
杖をつかなけれは立ちあがれない。
緋毛氈からは虹のような光が立ち上っていた。
誰かが立ちあがった。
いや、あれは妻の美智子ではないか。
「はやく。はやく」
と声がする。
隣にいるはずの、妻はベンチに座っていない。
杖だけがポツンと背もたれにたてかけてある。
勝平は動揺した。
おかしい。
なにかおかしい。
美少女はいまは黄泉の国の住人のはずだ。
でも、妻がいっしょなのはさらにおかしい。
勝平を招く緋毛氈の少女たちは華やいでいる。
なにがうれしいのか笑い声すらする。
彼女たちを取り巻く靄がかかったような光が薄れようとしている。
あれは、『時穴』だ。
大地がながいこと、激しい震動と大音響にさらされた。
それで、あそこに時穴が出現したのだ。
あそこをくぐれば懐つかしい少女たちにあえる。
勝平は前方を凝視したまま動けない。
注。
時穴。タイムトンネルのことです。半村良の短編にでてきます。
麻屋与志夫の小説は下記のカクヨムのサイトで読むことができます。どうぞご訪問ください。
ブログで未完の作品は、カクヨムサイトで完成しています。
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とくに大地に鳴り響く杭打機、掘削機、大型シャベルカー。
地球が悲鳴をあげているようだ。
この前、いまはコンクリートの堆積と化した市庁舎が建てられたのは七十年くらい前だったろう。
勝平はまだ高校生。
ニキビ面――だった。
ふとみると、市庁舎の庭、松の木を背景に緋毛氈が敷かれていた。
野点……を楽しんでいる。
茶会の席には顔見知りの美少女がずらりと正座している。
もちろん和服姿だ。
「勝平さん一服いかがですか」
招かれている。
ひらひらと白くしなやかな手の動き。
「どうぞ、どうぞ、粗茶ですが、こちらに、いらっしやい」
こちらに、といわれても、広い道路を横ぎらなければならない。
信号が青になるまで待たなければならない。
杖をつかなけれは立ちあがれない。
緋毛氈からは虹のような光が立ち上っていた。
誰かが立ちあがった。
いや、あれは妻の美智子ではないか。
「はやく。はやく」
と声がする。
隣にいるはずの、妻はベンチに座っていない。
杖だけがポツンと背もたれにたてかけてある。
勝平は動揺した。
おかしい。
なにかおかしい。
美少女はいまは黄泉の国の住人のはずだ。
でも、妻がいっしょなのはさらにおかしい。
勝平を招く緋毛氈の少女たちは華やいでいる。
なにがうれしいのか笑い声すらする。
彼女たちを取り巻く靄がかかったような光が薄れようとしている。
あれは、『時穴』だ。
大地がながいこと、激しい震動と大音響にさらされた。
それで、あそこに時穴が出現したのだ。
あそこをくぐれば懐つかしい少女たちにあえる。
勝平は前方を凝視したまま動けない。
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時穴。タイムトンネルのことです。半村良の短編にでてきます。
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