田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

光彦坊ちゃま。愛しているわ。麻屋与志夫

2023-03-18 12:42:02 | 超短編小説
超短編 18
チーズの焼ける香ばしい匂いが出向えくれた。
「星野センパイ」
声を掛けてくれるものはいなかった。卒業して二年になる。
だが懐かしい。学生たちの群れ。高田牧舎。

「星野。こっちだ」
奥の席からすこしハスキーな声が呼んでいる。
松尾たちはすでにピザでコーラを飲んでいた。
「アルコールが入っていると、立つものがたたなくるからな」
松尾のとなりで若松が笑っている。
二人とも恋人が出来てデートを重ね婚約寸前というところだ。
そこでバチラーパーティをしようと星野に誘いの電話があった。

星野だけはまだ恋人がいなかった。
独身送別会でもあるまいと思った。

ところが松尾の企画では恋人たちを連れてこれからどこかへドライブに行こうというのだ。
酒でも飲んでなにかよからぬ場所にいく、といたことかと思って呼びたしに応えたのだが。

ざんねんながら星野は女つけなし。

こうなっては浅草のガールズバーのサリーさんに声をかけるしかないだろう。
はたして応じてくれるだろうか。
やわらかなそれでいて、澄んだ声。
笑顔でかれの話にあわせてくれるやさしさ。
彼女がすきで通いだしてからもう一年になる。
星野はシャイな男で女性に愛をささやけるような男ではない。

「いまからお店にいくところなのよ」
「たのむ。おれの恋人ということで来てくれないかな」
恋人と、という言葉がぽろりとこぼれでたことに星野は顔を赤くしている。

「たのむよ。ぼくには君しかこんなことたのめる女の子がいないんだ」
「それは、うれしいこと……」

就活応援パンツにサマーカーデガン姿でサリーは待っていた。
「竹原月子です」

松尾も若松もきつねに化かされたような顔をしている。
太陽の光で見ても、サリーの美しさは地味に装っていたも、さらにか輝いていた。
松尾も若松もおどろいている。
「星野、おまえいつのまにこんな美人ゲットしていたんだ」
星野は応えずほほえんでいる。

「あら、みなさんおきれいで、いらつしゃいますわ。わたしなにか場違いなところに来てし
まっみたい」
月子はかるく松尾のことばをいなす。
松尾の乗ってきたBMWにみんなで乗り込んだ。
運転席の隣には松尾の恋人、菜々美。
後部座席に若松と花梨。
そして月子、星野。

「一応は那須に行く予定だが、その途中でどこかないかな。星野、栃木は地元だよな。どこかないか?」

「宇都宮でいいなら、若山農園がある。『るろうに剣心』のロケ地で映画フアンの聖地になっている」

竹の森。
竹が青い炎をあげてもえあがっているようだ。
すがすがしい空気。別世界にまぎれこんだようだ。
見上げれば紺ぺきの空。

節が交互に膨れて亀甲状となる特異な形状孟宗竹の一種。
亀甲竹を見た。
亀甲の連想で大きな亀があらわれた。
月子がその背中にひょいとのった。
いかないでくれ。
竹林にいる。
そして、月子さんだ。
だったら、かぐや姫だ。
乗り物がちがうじゃないか。
いかないでくれ。

「どうしたの?」
彼女の声で星野は白日夢からさめた。
「なにか呟いていたわ」

遥かかなた、剣心のロケ地となったというあたり。
金明孟宗竹の黄金食に輝く林のあたりを。
きらびやかな服装の彼女たちと松尾と若松が散策している。

「どうしたの? 何か悲しそうだった」
「月子さんがどこかに去っていく。それでとめていた」
「あら、わたしきょうは休むことにしてきたの。だから『月姫』にはもどらないわ。わたしこんな服でゴメンね。お水系で働いていると服装の好みとか化粧とか話し方でわかるのよね。だから、就活のときのパンツできたの」
彼女の心づかいに星野はおどろいた。

「月子がいなくなるとさびしい」
「わたし、本当は金子久美子」
さきほどは、ここに来ると決めるまえだった。
……ここに来ることが竹原月子と名のった時点で、分かっていたのか。
予知能力でもあるようだ。
「ほんとの名前を、おしえてくれるんだ」

「久美子がいないと、さびしい。いつもそばにいてもらいたい」
「そんなにわたしが好きなの。誘うひとがいないので、誘ってくれたのとちがうの?」
「好きだ。愛している」

どこにこんな勇気があったのだ。
いままでデートにも誘えなかったのに。
彼女の顔に微笑みがうかんだ。
「もう一か所寄っていかないか」

イチゴ摘み農場。若山農場から十分ほど。
「そうか、栃木県はイチゴ栽培が盛んだものな」
「籠に積み放題で、千円だ」
 
「うわあ、こんなに詰込んだのに……。家に帰ってイチゴジャムをつくれるわ」
彼女たちはおおよろこび。
ところが久美子が料金所で支払いをしようとすると、女の子が首を横に振っている。
「どういうことなの。星野さん」

ちょっと、寄り道をしていくと松尾たちとは別れた。
「どういうことなの?」
星野はそれには答えず、歩きだした。
梨畑がつづく。作業をしている人たちが、光彦に挨拶する。
そして葡萄畑。みんなが手をふっている。
そのおくにワイナリーの建物。見学客でごったかえしていた。
その見学客を誘導していた老人が星野をみてほほえみ、近寄ってくる。
葡萄酒のにおいがしている。
「光彦がお嬢さんをおつれしてくるとは、いよいよここを継ぐ決心が出来たといいうことかな」

久美子はふかぶかとワインの芳香を吸いこんだ。
どうやら、この服装でよかったのかもしれない。終身雇用がきまったみたい。
光彦が手をのばしてきた。ふたりは恋人握りで歩きだした。
「光彦坊ちゃま。よろしくね」

「光彦。固めの盃だ」
老人が、盆に三個のワイングラスをのせて二人に慈愛に満ちた笑顔をみせている。




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