田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

超短編33 君とみし崖の桜は咲きたるか part2  麻屋与志夫

2024-07-06 20:13:18 | 超短編小説
7月6日 土曜日
超短編33 君とみし崖の桜は咲きたるか part2
 冷気が頭にふりそそいだ。顔にかすかな抵抗感。まるでエァカーテンを潜ったような感触。
 鷹雄は恐怖が冷たい触手をのばして彼をとりこんだのに気づいた。街の風景が変わってしまった。魚屋。八百屋。ラーメン屋。荒物屋。薬屋。床屋。鷹雄はその床屋の前でたちどまった。なつかしい昭和の街がここにはある。そうかあの冷気はこの街に入りこむための通過儀式だったのだ。
「タカオさん。優勝おめでとう」
 玉川床屋のドアを押して入る。化粧品のにおいがしている。正吾さんがにこにこしている。
「野州新聞の英語の弁論大会ですよ。すごいな」
 正吾さんにほめられた。なにかと街の批判をする。辛口のコメントがウリの正吾さんが手放しでほめてくれている。
 なにをいっているのだ。半世紀も前のことではないか。
「烏小路の鹿子お嬢様とはうまくいってますか」
「どうして、ぼくたちのことしっているの」
「街中のうわさですよ」
 どうやら、わたしはマルチバースの世界に迷い込んでしまったらしい。
 還暦もすぎてリタイアーした男がなぜこうも若くみえるのだ。正面の鏡に映る姿はまさしく高校生の鷹雄だった。しげしげと、おのが鏡像を眺めた。
「そうだ。鹿子さんに会にいこう」
 彼女はいるだろうか。この烏小路では時間が進まないのか。時間が遡行するのか。
 いや、タイムリープだ。鷹雄はあの扉をくぐった。そこでこの現象が起きた。
「はやく彼女に会いたい」
 この世界でなら、彼女に会えるのではないか。
 烏小路の街は、魚屋のにおい、ウロコが光っている。となりの八百屋では、果物のにおい。
ラーメン屋、蕎麦屋。街は雑多なにおいでみちている。どの店でも、休むことなく換気扇がまわりそれらのにおいをかきまぜて街のにおいとしていた。そうだなつかしい昭和の香りだ。鷹雄が郷愁を感じていたのは、なつかしく感じていたのはこの街だ。
 はやる心をかかえて、もどってきた鷹雄は初恋の鹿子が黄泉の国に転移しているこを知らされた。それも娘がいて孫がいて、その孫の美和からきかされた。子どもがいて孫がいる。
「はやく鹿子さんに会いたい」
 孫までいるのだから、あちらが正当な『時』がながれていいる。でもここ烏小路では鷹雄が高校生のときのままで、時間はとまっている。
「ここでなら初恋の、わかれたきりの、彼女に会える可能性がある」
 鷹雄はひとつの体のなかにふたつの心をかかえていた。
 赤レンガの塀が五〇メートルくらいつづいている。そして白い漆喰の蔵。
 斜陽が映えている白壁の前に立って鹿子がいた。愁い顔。なにか哀しいことがあったのか。「ああ、ロミオあなたはどうしてロミオなの」
 そうか。鹿子は卒業記念の演劇祭でジュリエットを演じることになっている。
 鷹雄はうっそうと茂った屋敷林のひときわ太い楡の木の陰から彼女の独演をみつめていた。そして、そっとその場を離れた。いや、あの時、彼女にかけた言葉はいまでも覚えている。別れのことばをかけることは、いまの鷹雄にはできない。そんな酷なことばをかけることはできない。
  
弥生すえ故郷立つこと思いけり

注 part1は4月3日の当ブログに載っています。超短編の連作を試みようと思います。ご愛読のほどお願いしまする


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