日常観察隊おにみみ君

「おにみみコーラ」いかがでしょう。
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◎本日の想像話「レモン色の湖畔」

2018年10月17日 | ◎本日の想像話
 長く厳しい冬は終わった。日に日に気温は上がり、花々は咲き誇らんとしていた。一人の悩める王が石作りの堅牢な城壁に守られた城内の寝室にいた。リチャード王は一睡もできぬまま天蓋の下がるベッドの中で寝返りを繰り返していた。空が乳白色に変わっていくのは目を閉じていても分かっていた。平等に訪れる朝が来た事実をただ受け入れるしかなかった。出来れば永遠にベッドから起きあがりたくない、リチャード王はそう思っていた。重大な決断を迫られていたからだ。戦争か和平か。
 何とか半身をベッドから起こしたリチャード王にあらがいがたい欲求がわき上がった。湖畔のほとりにキャンバスを立て、風に揺れる水草と水面のきらめきを描きたい。もしかすると良いアイデアが思い付くかもしれない。実現するわけもない言い訳で自分を納得させたリチャード王は閣僚たちに見つからない様に城を抜け出すことに成功した。
 リチャード王は幼少の頃より大好きな湖畔で同じ構図の絵を描いていた。朝焼け、夕焼け、季節の移り変わりを何枚も描いた。
今朝の様子は違っていた。身なりの良い賢そうな少年がイーゼルを立てている。しかもそのキャンバスに描かれた色彩は遠くから見てもすばらしかった。リチャード王は少年の絵に引き込まれて思わず声をもらしていた。
 人の気配に気づいた少年は振り返った。少し驚いた表情を見せたが、リチャード王の小脇に抱えた画材を見取ると安心したように微笑んだ。
「こんにちは。となりで描いてもいいかな」
「どうぞ」
 リチャード王はイーゼルを立てながらちらりと少年を見た。王には一人息子がいた。しかし体が弱く、よほど体調が良くないと外に出ることも難しかった。この少年は息子と同じくらいの年齢だろうかと思いながら王は小さなイスに腰を下ろした。レモン色をパレットに出し、キャンバスに伸びやかに重ねた。リチャード王はその伸びていく色を見て自分の心も解放されていく様な気持ちになっていた。しかし心の片隅には決して消えない決断の重圧があった。
 黙々と手を動かしていた王はただならぬ雰囲気を隣の少年に感じた。少年の手がまるででたらめな動きに思えたからだ。今までの精緻な動きとは完全に逸脱している。少年のキャンバスに目をやるとすばらしい作品を台無しにする黒色が全面に塗りつぶされている最中だった。リチャード王は思わず声をかけずには居られなかった。
「どうしたんだい。すばらしい絵だったのにどうしてそんな事をするんだい」
「びっくりさせてごめんなさい。でももう絵は描けないんだ」
「絵が描けないとはどういうことだい」
「うん戦争が始まるんだって」
 リチャード王は自分の体が大きく揺れるのを感じていた。少年は続けた。
「戦争が始まるとお父さんは戦争に行かないとだめなんだって。僕は絵なんか描いている場合じゃないってそう決めたんだ」
リチャード王は涙があふれそうになった。平静を装うため涙をこらえた時、王の心は決まった。(戦争を止める事のできる者は私しかいない)
「君のお父さんは戦争には行かないよ、約束する」少年は涙を服の袖で拭きながらリチャードを見た。
「本当」
「本当だよ、約束する」
リチャード王は完成した自分の絵にサインを書き込んだ。
「この絵を君にあげる」
「どうして」
「君は私に力を貸してくれたんだ。そのお礼だよ。そして約束しておくれ。必ずその絵を完成させるんだよ」
 数年の時が流れたある初夏の朝。リチャード王は気持ちのいい風が吹くあの湖畔で絵を描いていた。隣にはすっかり元気になった一人息子が同じく絵を描いていた。息子が聞いた。
「何色を混ぜるといいかな」息子はリチャード王ではなく、反対側に座る少年に聞いた。それはあの時の少年だった。
「そうだな、レモン色なんかいいかもしれないね」
 戦争は回避されたのだった。
「私もレモン色がいいと思う」
 王は少年と目配せしながらうなずきあっていた。
「なになに、レモン色になにかあるの」息子だけがすねたように言う声が元気よく湖畔に響いていた。

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