書店にて
客「ギフト用の書店カードありますか」
店員「ギフト用ですか?当店には一般的なカードしかございませんが、ギフト用とはどういうものですか」客「ギフト用って中身は普通の書店カードなんだけど、のし紙とか、包み紙がちょっと小綺麗になってるものですよ」
店員「ちょっと小綺麗なものでカードを包めばいいのですね。やってみます。私の尺度で小綺麗となりますと、パチンコのチラシなんてのはどうでしょう。ツルツルしていて真っ白で綺麗ですよ」
客「いや、いくら綺麗でもチラシで包んじゃだめでしょう。チラシで包んで許されるのはあつあつの焼き芋だけですよ。そうじゃなくて、まずカードを小綺麗な封筒に入れて、それを小綺麗な包み紙で包装するっていうのを期待しているんですけど」
店員「ほう、封筒に入れてなおかつ包装紙で包む。過剰包装ですね。私は財団法人世界エコムーブメント日本支部関東エリアブロック・平・会員でもあります。それは見過ごせません」
客「平組員という事は一番下っ端でしょう。もういいです。裸のカードだけください。こっちでラッピング包装しますから」
店員「いや、売れません。裸のカードをそのような過剰包装に包む話を聞かされた以上みすみすお売りするわけにはいきません。どうしてもカードを入手されるというのであれば、私はあなたと一緒にご自宅までいくことになります」
客「えっ、家までついてくるの」
店員「はい」
客「ついてきてそれからどうするの」
店員「裸のままの書店カードが相手に手渡しでプレゼントされるまでずーっとついていきます」
客「えー、じゃあこの店で買うのやめます」
店員「そういうレベルの話ではありませんよ。私、聞いてしまったのですから。どの店で買われようと徹底的についていって、裸の書店カードだけを買ってもらいます」
客「怖いよ」
ベランダ
奥様「今日はいい天気。布団を干すには絶好の天気だわ」
隣の奥様「こんにちは」
奥様「あらお隣の奥様、こんにちは」
隣の奥様「私も天日干ししようと思って、キングサイズベットのマットレス。どりゃー」
奥様「ええ!キングサイズのマットレスをベランダの外に投げ出したけど、あんな重いものどうやって干すのかしら。とりだしたのはふつうの小さな洗濯バサミ。左手一本で落ちないようにマットレスを支えてるのがまず驚異だわ。あんな小さな洗濯バサミで固定出来るのかしら。一個をマットレスの端につけたわ。瞬間的に左手を離す。瞬間的に持ちなおす。そりゃ落ちるわよねそれは。ああ、見てられない。奥様どするのそれ」
隣の奥様「ああ、どうしましょう」
奥様「その洗濯バサミで干すのは無理じゃないかしら。一度ベランダの中にマットレスを戻した方がいいわよ」
隣の奥様「無理。外に放り出したのはいいけど、ベランダの中に戻せないことに今気づいたの。もう私、手を離すわ」
奥様「ここ三階よ。大丈夫かしら」
マットレスは吸い込まれるように地面に落ちた。
隣の奥様「落ちちゃった。私、取りに行く」
隣の奥様は躊躇なく、手すりを飛び越え一瞬で落ちる。
奥様「取りに行くって飛び降りるの!」
奥様は慌てて下を見た。マットレスの上で手を振る笑顔の彼女が見えた。
お隣とのつきあいを考えようと奥様は思った。
霊媒師 泉 北斎(その2)
客「亡くなったものを呼び寄せる霊媒師とお聞きしました」
北斎「はい、わたくし、泉 北斎は死んだものをあの世から呼び寄せます。おまかせください」
客「お願いします。先日、長年使ってきた一眼カメラを致命的に壊してしまったのです。再起不能になってしまった私の相棒の魂を呼んでもらえませんか」
北斎「カメラに魂なんてあるのですか」
北斎は耳の穴を指でほじりながら聞いた。
客「私の相棒にはたしかに魂がありました。魂の入った写真を残してくれました。マイナーアイドルきゅりー・あ・さずけの撮影会で何回も目線をもらいました。今使っているデジタルカメラで撮った写真には魂が感じられない。新しいカメラに相棒を戻して欲しいのです」
北斎「出来るだけの事はやってみましょう」
北斎は呪文を唱える。数度前かがみになり前屈のまま停止する。そしてゆっくりと半身をおこした。北斎の目は半分だけ開いている。口がかすかに動く。客は北斎の口元を凝視した。
北斎「カシャー・カシャー」
客「違う。そのシャッター音じゃない。俺の相棒はカメラの中にある鏡がアップしてダウンするミラーショックの音だ。お前は何者だ」
北斎「俺だよ。あんたの相棒で間違いない。きゅりー・あ・さずけ一緒に見ただろう。ミラーレスにおいらなったんだ。あんたの新しいカメラに引っ越したよ。今後ともどうぞよろしく」
客「そういえば新しいカメラはサイレントモードばかりでシャッター音を聞いたことがなかった。戻ってくれてありがとう。こちらこそよろしく」
北斎「どうですか」
客「相棒が新しいデジタルカメラにいるような気がします。北斎先生ありがとうございました」
北斎は満足げに帰る客の後ろ姿を見送り、隠し持ったデジタルカメラを袖から出した。
北斎「偶然、俺の持ってるカメラと同じだったからよかった。シャッター音をならすだけでカメラの魂を降臨することができた。カメラの魂か……あの客おもしろい事いうな」
北斎は誰もいない背後からフラッシュのような閃光と共にカメラのミラーショックの音を聞いたような気がした。
じゃんけんに新しい手を一つ加えるゲームを見た。
ピュイは井戸。
ぐー(石)とチョキ(はさみ)は井戸に落ちるので井戸(ピュイ)の勝ち。
パー(葉っぱ)は井戸(ピュイ)の上をふさいで井戸の負け。
一手増えるだけでただのじゃんけんがエキサイトする。
霊媒師 泉 北斎
客「亡くなったものを呼び寄せる霊媒師とお聞きしました」
北斎「はい、わたくし、泉 北斎は死んだものを呼び寄せます。おまかせください」
客「お願いします。僕の光子を呼んでください。お願いします。十六歳でなくなった光子をどうか呼び寄せてください」
北斎「あいわかりもうした。えーい」
北斎は両手を複雑にからませた後ぶつぶつと呪文を唱えた。直後、北斎は四つん這いになった。自分の右足で自分の耳の後ろをかいた。
客「ああ、その仕草は間違いなく光子だ。さあ、一緒に帰ろう」
客は北斎の首にトゲトゲがぐるりと埋め込まれた首輪をつけた。ぐいぐい引っ張って自分の車に押し込もうとする。
北斎「まてーい。北斎は人間。連れては帰れません。光子はこの首輪から想像すると、ブルドックだね」
客「涙が止まりません。まさしく光子そのものの動きでした。北斎先生。どうか一晩だけ光子になったまま一緒に帰ってはいただけませんか。報酬はいくらでもお支払いします」
北斎「いくらでも?例えばこの金額でも」北際は和服の袖から電卓を取り出して数字を入力する。
客「お支払いします」
北斎「あい分かりもうした」
再び北斎は荒い息使いになり、四つん這いになった。客は北斎に首輪をつけて車に乗せた。
客「ジョンが待ってるぞ。今夜はジョンと一緒の檻で光子もいられるな。ジョン喜ぶだろうな。土佐犬のジョン」
北斎は土佐犬の檻に入れられる前にお金をどうやってもらうか考えていた。
オーダー
店員「いらっしゃい!」
客「うお、君、外開きのドアのすぐ裏側にいて、僕の顔のそば二十センチメートルの距離で叫ぶのやめてもらえる。まず人がいてびっくりして、声でもびっくりして、ダブルびっくりたよ」
店員「ダブルびっくりラーメン一丁!」
客「待って。ダブルびっくりラーメン頼んでないから。ダブルびっくりラーメンってメニューにあった?知らなかったよ」
店員「はい裏メニューになります」
客「まず僕は席に座るから。どの席に座ればいいの?」
店員「あいにくただいま満席になっております。こちらにお名前を記入してください」
客「満席?誰もお客さんいないじゃない」
店員「はい予約席になっております。お客様到着は三時間後です」
客「いつまで待てば席が空くの」
店員「三時間後にお客様が来られて、お食事されてからになりますので待ち時間は四時間程になります」
客「予約が三時間後なら、先に僕を通してくれないか」
店員「少々お待ちください。店長に聞いてきます。店長、店長。 はい何だね。いえ実は……」
客「君、一人で右と左に顔を振って落語みたいに誰と話してるの?」
店員「店長とです」
客「どこにいるの」
店員「目の前の私が店長です」
客「君、店長」
店員「はい」
客「よく分からないし、深くは聞かないけど、そういう事だから。客は僕一人なんだよ。どうとでもなるでしょう」
店員「どうにもなりません」
客「どうして」
店員「料理人がまだ出社しておりません」
客「じゃあこの店はまだ準備中だね」
店員「そうとも言います」