目が覚めて、自分がどこにいるのか見失う。
くの時になった体。
体が痛い。
寝違えた以上の痛み。
脚と頭が壁に当たって真っ直ぐになることが出来ない。
ここはどこだ。
手を伸ばすと天井と左右の壁に手が届く。
人影が見えた。
来た。
いつもと変わらない夜だった。
明日は休日。
うきうきした気分で帰宅した。
コンビニで夕食を用意した。
コンビニの店先には最近開発された反重力理論を利用した宣伝の肉まんがプカプカと浮かんでいる。
お好み焼き、デザートのケーキ、アルコール、雑誌数冊。
ご飯は冷凍してあるのをチンする。
なんのかんので2000円オーバー。
この辺のお金の使い方の甘さがいけないんだろうな。
でも欲望には勝てない。
店員が怪訝そうに俺を見る。
何だい。週末にたくさん買い物する男はそんなに不思議かい?そう思いながら店を後にする。
撮りためてある映画を見ながら食べるささやかな夕食。
はやく帰ろう。
ふと前方を見ると、似たような格好をしたスーツ姿の男が歩いている。
手には似たような鞄と大きめのビニール袋を持っている。
どうやら同じ方向に行くらしい。
同じアパートに入っていく。
挨拶するのも気まずい。
一呼吸置いてからアパートのエントランスに入る。
人の気配は無くなっている。
エレベーターが上昇している。
5階で止まる。
同じ階の住人か。
1階でエレベーターを待ちながら、数字を眺めていた。
戻ってきたエレベーターに乗り込み5階を押す。
扉が閉まる直前、エントランスに入ってくる脚が見えた。
と同時にエレベーターは動き出す。
5階に到着した。
自分の部屋はエレベーターから出て右に向かう。
先ほどの男も入室するようだ。
ん?
男が入室したのは俺の部屋か、隣の部屋に見えた。
お隣さんの顔ぐらいは知っている。
友達が遊びに来たかな?
そう思いながら、鍵をポケットから出し鍵穴に差し込みひねる。
ガチャリ
おかしい。
電気が付いている。
なにやらもめている声がする。
そーっと室内をのぞく。
めまいがした。
俺と俺と俺と俺。
4人の俺が部屋の四隅に棒立ちになり言い争っている。
「お前は誰だ」
「俺は俺だよ。お前こそ誰だ」
「お前が持っているのか」
一人の俺がナイフを取り出す。
そのまま対角線にいる自分の腹部に突進する。
もつれ合う二人。
「ぐう」
刺された方は腹部を押さえて崩れ落ちた。
次の瞬間。
消えた。
「うわー」
部屋にいる残りの二人が出口に向かって一歩飛び出す。
続けざまに背中を刺される二人。
崩れ落ちて消えた。
(何だ、何だ、何が起こった)
俺は外に向かって廊下を走っていた。
後ろで扉が開く。
「まだいるのか!」
さっきのナイフの俺が逃げる俺に気づいた。
そこに、玄関が開き、もう一人の俺が帰宅してきた。
「逃げろ」
そう言うのがやっとだ。
階段を駆け降りる。
1階エントランスまで一気に走った。
そのまま月極駐車場まで走り、自分の車に乗り込む。
車のエンジンをかけ、発車させる。
ルームミラーで後ろを見ると、ナイフの俺が走って追いかけてくるのが小さく見えた。
あれは何だったのか…。
交差点をいくつも走りぬけ、赤信号で停車した。
あいつは徒歩だった。
まあ、しばらくは大丈夫だろう。
ハンズフリーを耳に差し込み、携帯電話から警察に電話する。
「はい警察です。どうされましたか」
「はい、自分が6人になって、ナイフで刺されて、死体は消えました」
「ご主人、おちついてください。ナイフで誰かが刺されたんですか。救急車の手配が必要ですか」
「死体は消えたんです。救急車が必要かどうかわかりません。ナイフを持った自分がいるんです。気をつけてください」
電話をあわてて切った。
このままじゃあ、俺が逮捕される。
どうすればいいんだ。
車でしばらく走れば派出所がある。
そこで相談しよう。
派出所の前で車を止め、中に入る。
警察官と派手な化粧の女の人が話していた。
「何をおっしゃっているのかホンカンには分かりません」
純朴そうなポリスマンが言った。
「だから自分が何人も現れて、ナイフで刺しあって消えたの」
(何だって!)
「あなたもですか。自分もそうなんです」
あわてて言った。
次の瞬間、人が乱入してきた。
ナイフを持ったもう一人のホンカンとナイフを持ったもう一人の派手な女。
前へ突進してくる二人。
もうどうなったか確認する余裕はない。
車に飛び乗り、発車させる。
もうだめだ。
おれ一人だけじゃあない。
人がいるところは危険だ。
県境の峠をめざす。
そこから山道に踏み入ると、ちょっとした岩場があった。
趣味の山歩きで先月ちょうど見つけた。
あそこで今晩は凌ごう。
テント、寝袋、ライトもろもろの装備は幸運にもアタックに入れて車に積みっぱなしだった。
とにかく状況が落ち着くまで一人でいよう。
2時間後、当初の目的地の駐車場に到着できた。
車は一台も止まっていない。
ラジオ放送は通常のスケジュールを放送している。
局地的な現象なのか?
分からない。
アタックからせめてもの防寒代わりに合羽の上着を取り出し羽織る。
荷物を背負い出発する。
ヘッドライトの灯りだけが頼りだ。
自分の足下を照らすのが精一杯。
この選択で正しかったのか?
土と石を踏む自分の足音だけが山道に響く。
1時間後。
最終的に登山道からはずれた窪地の岩場に潜り込む。
一人用テントがちょうど設営出来る空間があった。
ロールマットを敷き、寝袋にすべりこんだ。
「お前が持っているのか」そう言っていた。
あの時の状況を思い出していた。
何を?
何かを探しているのか。
上着のポケットに手を突っ込む。
左ポケット。何もない。
右ポケットに手を突っ込む。
ポケットの下、ホントに小さな物が指先に当たる。
何だ?慎重につまみ出し、ヘッドライトで照らす。
それは覚えのないマイクロメディア。
しかもご丁寧に通信中のライトが光っている。
あわててスイッチを切る。
スマホにこのメディアのスロットがあったのを思いだし、さしこむ。
そこにはテキストで文章が記録されていた。
「このテキストを読んでいるということは大体の筋書きは読めていると判断する。
自分自身の分身。
あれはホログラムの立体映像だ。
分身の本体はナイフ。
反重力理論を利用した。
分身を殺し会う演出、そして位置情報を発信するメディアを持つ本体を殺しにかかるようにプログラムされている。
今夜、無作為にメディアをすべりこませた。
分身と戦え。
その裏でこちらの作戦は進行している。
陽動作戦。
これがすべてだ」
すべてを理解した。
GPS情報取得。
現在位置把握。
テント発見。
侵入。
シュラフ発見。
攻撃。
手応えあり。
ミッションコンプリート。
………。
電源供給オフ。
俺はテントを設営した隣の岩場に着の身着のまま隠れていた。
メディアは電源を入れ直し、テントの中の寝袋に入れた。
寝袋の中にはアタックを差し込み、人が寝ているボリュームを出しておいた。
案の定もう一人の俺が忍び足で忍び寄る。
寝袋に突き刺されるナイフ。
それを確認したおれは立体映像の俺を無視しナイフの柄をつかんだ。
ボタンらしきものを押した。
手応えはなくなり、ただのナイフになった。
ことの顛末をスマホで警察に説明した。
理解したかどうかは分からない。
対応策はあちらで考えてもらおう。
もう少し、ここで状況が収まるのを待つつもりだ。
昨夜の食料はまだある。
入れっぱなしの保存食もある。
世の中、どうなってやがる、そう思った。
くの時になった体。
体が痛い。
寝違えた以上の痛み。
脚と頭が壁に当たって真っ直ぐになることが出来ない。
ここはどこだ。
手を伸ばすと天井と左右の壁に手が届く。
人影が見えた。
来た。
いつもと変わらない夜だった。
明日は休日。
うきうきした気分で帰宅した。
コンビニで夕食を用意した。
コンビニの店先には最近開発された反重力理論を利用した宣伝の肉まんがプカプカと浮かんでいる。
お好み焼き、デザートのケーキ、アルコール、雑誌数冊。
ご飯は冷凍してあるのをチンする。
なんのかんので2000円オーバー。
この辺のお金の使い方の甘さがいけないんだろうな。
でも欲望には勝てない。
店員が怪訝そうに俺を見る。
何だい。週末にたくさん買い物する男はそんなに不思議かい?そう思いながら店を後にする。
撮りためてある映画を見ながら食べるささやかな夕食。
はやく帰ろう。
ふと前方を見ると、似たような格好をしたスーツ姿の男が歩いている。
手には似たような鞄と大きめのビニール袋を持っている。
どうやら同じ方向に行くらしい。
同じアパートに入っていく。
挨拶するのも気まずい。
一呼吸置いてからアパートのエントランスに入る。
人の気配は無くなっている。
エレベーターが上昇している。
5階で止まる。
同じ階の住人か。
1階でエレベーターを待ちながら、数字を眺めていた。
戻ってきたエレベーターに乗り込み5階を押す。
扉が閉まる直前、エントランスに入ってくる脚が見えた。
と同時にエレベーターは動き出す。
5階に到着した。
自分の部屋はエレベーターから出て右に向かう。
先ほどの男も入室するようだ。
ん?
男が入室したのは俺の部屋か、隣の部屋に見えた。
お隣さんの顔ぐらいは知っている。
友達が遊びに来たかな?
そう思いながら、鍵をポケットから出し鍵穴に差し込みひねる。
ガチャリ
おかしい。
電気が付いている。
なにやらもめている声がする。
そーっと室内をのぞく。
めまいがした。
俺と俺と俺と俺。
4人の俺が部屋の四隅に棒立ちになり言い争っている。
「お前は誰だ」
「俺は俺だよ。お前こそ誰だ」
「お前が持っているのか」
一人の俺がナイフを取り出す。
そのまま対角線にいる自分の腹部に突進する。
もつれ合う二人。
「ぐう」
刺された方は腹部を押さえて崩れ落ちた。
次の瞬間。
消えた。
「うわー」
部屋にいる残りの二人が出口に向かって一歩飛び出す。
続けざまに背中を刺される二人。
崩れ落ちて消えた。
(何だ、何だ、何が起こった)
俺は外に向かって廊下を走っていた。
後ろで扉が開く。
「まだいるのか!」
さっきのナイフの俺が逃げる俺に気づいた。
そこに、玄関が開き、もう一人の俺が帰宅してきた。
「逃げろ」
そう言うのがやっとだ。
階段を駆け降りる。
1階エントランスまで一気に走った。
そのまま月極駐車場まで走り、自分の車に乗り込む。
車のエンジンをかけ、発車させる。
ルームミラーで後ろを見ると、ナイフの俺が走って追いかけてくるのが小さく見えた。
あれは何だったのか…。
交差点をいくつも走りぬけ、赤信号で停車した。
あいつは徒歩だった。
まあ、しばらくは大丈夫だろう。
ハンズフリーを耳に差し込み、携帯電話から警察に電話する。
「はい警察です。どうされましたか」
「はい、自分が6人になって、ナイフで刺されて、死体は消えました」
「ご主人、おちついてください。ナイフで誰かが刺されたんですか。救急車の手配が必要ですか」
「死体は消えたんです。救急車が必要かどうかわかりません。ナイフを持った自分がいるんです。気をつけてください」
電話をあわてて切った。
このままじゃあ、俺が逮捕される。
どうすればいいんだ。
車でしばらく走れば派出所がある。
そこで相談しよう。
派出所の前で車を止め、中に入る。
警察官と派手な化粧の女の人が話していた。
「何をおっしゃっているのかホンカンには分かりません」
純朴そうなポリスマンが言った。
「だから自分が何人も現れて、ナイフで刺しあって消えたの」
(何だって!)
「あなたもですか。自分もそうなんです」
あわてて言った。
次の瞬間、人が乱入してきた。
ナイフを持ったもう一人のホンカンとナイフを持ったもう一人の派手な女。
前へ突進してくる二人。
もうどうなったか確認する余裕はない。
車に飛び乗り、発車させる。
もうだめだ。
おれ一人だけじゃあない。
人がいるところは危険だ。
県境の峠をめざす。
そこから山道に踏み入ると、ちょっとした岩場があった。
趣味の山歩きで先月ちょうど見つけた。
あそこで今晩は凌ごう。
テント、寝袋、ライトもろもろの装備は幸運にもアタックに入れて車に積みっぱなしだった。
とにかく状況が落ち着くまで一人でいよう。
2時間後、当初の目的地の駐車場に到着できた。
車は一台も止まっていない。
ラジオ放送は通常のスケジュールを放送している。
局地的な現象なのか?
分からない。
アタックからせめてもの防寒代わりに合羽の上着を取り出し羽織る。
荷物を背負い出発する。
ヘッドライトの灯りだけが頼りだ。
自分の足下を照らすのが精一杯。
この選択で正しかったのか?
土と石を踏む自分の足音だけが山道に響く。
1時間後。
最終的に登山道からはずれた窪地の岩場に潜り込む。
一人用テントがちょうど設営出来る空間があった。
ロールマットを敷き、寝袋にすべりこんだ。
「お前が持っているのか」そう言っていた。
あの時の状況を思い出していた。
何を?
何かを探しているのか。
上着のポケットに手を突っ込む。
左ポケット。何もない。
右ポケットに手を突っ込む。
ポケットの下、ホントに小さな物が指先に当たる。
何だ?慎重につまみ出し、ヘッドライトで照らす。
それは覚えのないマイクロメディア。
しかもご丁寧に通信中のライトが光っている。
あわててスイッチを切る。
スマホにこのメディアのスロットがあったのを思いだし、さしこむ。
そこにはテキストで文章が記録されていた。
「このテキストを読んでいるということは大体の筋書きは読めていると判断する。
自分自身の分身。
あれはホログラムの立体映像だ。
分身の本体はナイフ。
反重力理論を利用した。
分身を殺し会う演出、そして位置情報を発信するメディアを持つ本体を殺しにかかるようにプログラムされている。
今夜、無作為にメディアをすべりこませた。
分身と戦え。
その裏でこちらの作戦は進行している。
陽動作戦。
これがすべてだ」
すべてを理解した。
GPS情報取得。
現在位置把握。
テント発見。
侵入。
シュラフ発見。
攻撃。
手応えあり。
ミッションコンプリート。
………。
電源供給オフ。
俺はテントを設営した隣の岩場に着の身着のまま隠れていた。
メディアは電源を入れ直し、テントの中の寝袋に入れた。
寝袋の中にはアタックを差し込み、人が寝ているボリュームを出しておいた。
案の定もう一人の俺が忍び足で忍び寄る。
寝袋に突き刺されるナイフ。
それを確認したおれは立体映像の俺を無視しナイフの柄をつかんだ。
ボタンらしきものを押した。
手応えはなくなり、ただのナイフになった。
ことの顛末をスマホで警察に説明した。
理解したかどうかは分からない。
対応策はあちらで考えてもらおう。
もう少し、ここで状況が収まるのを待つつもりだ。
昨夜の食料はまだある。
入れっぱなしの保存食もある。
世の中、どうなってやがる、そう思った。