パソコンの中
ドラが大きく鳴った。
「スリープ終了!野郎ども仕事だ!」
休息は終わる。
寝ころんでいた半裸の男達は軍隊特有の瞬発力で瞬時に立ち上がり、持ち場についた。
過酷な労働で鍛えられた上半身には機械油がまとわりついている。
「右、右上、右下、左、そのまま下」
マウス・コ・ドライバーが画面の向こうに座る人間の手元を見て叫ぶ。
「イエッサー」
X軸、Y軸、Z軸それぞれに対応した手回しハンドルが壁から生えている。
ハンドルの大きさは人間の背丈ほどもある。
男達はそれぞれのハンドルに三人ずつ取り付き、テンポを合わせて素早く回す。
十人の連携プレーによりマウスのポインターは、ほぼ人間の思惑どおり画面上を駆け回る。
キーボード・コ・ドライバーがマウス・コ・ドライバーと同じく人間の手元を観察する。
「J・O・D・AN」
テニスコートほどの大きさがあるキーボードの上には二人の男が吊されている。
縦移動、横移動の手回しクランクにより場所移動する。
滑車を操作して上下移動する。
任意の場所におろされて男が丁寧にアルファベットのボタンを押した。
「海援隊……」
チェーンブロックのチェーンを引いていた男はそう思った。
アルバイト×神様
人手不足ならぬ神不足の昨今、神もアルバイトで業務を分担する決断が下った。
「次の方どうぞ」
面接官が面接者を部屋に呼び込む。
法衣を着たパンチパーマの男が入室してくる。その男の耳はおそろしく福耳だった。
「ブッダです。年齢は二八才です。よろしくお願いします」
「ではブッダさんにお聞きします。神のお仕事は初めてですか」
「はい仕事として神をするのは初めてです」
「奇跡を起こしたり、人々の心を支え続ける……どうですかやれそうですか」
「はい、根拠は無いのですが、やれる自信だけはあります」
「そうですか、私もあなたは何だが、やりそうな気配をお持ちと感じるのです」
面接官は三つの顔の表情でうなずき、たくさんの手でメモを忙しく残した。
「ブッダさん。ところで、週にどれくらい働けますか?」
「毎日働けます。ゆくゆくは株式会社ゴッドに正社員として働かしてもらえるとありがたいです」
「それは業績とあなたの行動次第でいかようにもなりますよ。では明日から来ていただけますか」
「はい、よろしくお願いします。ちなみにどのような格好で出勤すればよろしいですか」
「制服に着替えなおしますので、どのような格好でも結構です。ちなみにそのパンチパーマはどうにかなりますか」
「これはパンチパーマではなくて、くせっ毛なんです。生まれつきなもので、すみません」
「そうですか、なら結構です。よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
「今夜つどいし強者四人。 闇鍋同好会の宴へようこそ」
部長の愛山が口を開いた。
暗闇の六畳一間。その真ん中にこたつがあり、愛山を含む四人が天板上のガスコンロを黙って見つめている。
メンバーの心理を愛山は考えていた。
おいしく鍋をいただこうとしているのか、それとも鍋の味わいを破壊しようと企んでいる輩なのか。
今夜のメンバーは因縁がらみだ。
正面に座るメガネの一郎には先週わさびオンリーの水餃子を食べさせた。
愛山の右手に座るニット帽を脱がない男、ムサシには十日前バナナの一本そのままの姿煮を食べさせた。
残る一人。
紅一点。ナツ。
ナツには闇鍋に関しての恨みは無いはずだが、愛山がナツの親友に手を出す浮気がばれて別れていた。だがそれは昔の事だ。
さあ、どう出る。
愛山は覚悟を決めて鍋に箸を浸し、具をつかむ。
一度掴んだ具材は食べなければならない。
弾力はある。
どうやらかみ砕けないものでは無いらしい。
具材を引き上げる。
重量がある。
ずるずると芋ずるのように具材が連なる。
取り皿には到底収まらない。
愛山は具材が何なのか口に入れる前に観察した。
消しゴム、スーパーボール、粘土、水餃子(おそらく中は辛子)
はめられた。
鍋は空になっていた。
パッシブな戦い
暑い。
汗が額をつたう。蒸気が視界と呼吸を阻む。目の前にでっぷりとした腹を蓄えるおやじが座っている。
(こいつより先に退室してたまるものか)
サウナ我慢勝負を一人密かに始めてしまった。
当たり前だが暑い。
ここは週末のサウナ。仕事帰りに利用しているが、駅から遠い立地の悪さからなのか、人気は無く、閑散としている。誰もいない空間を独り占めできるはずだった。しかし、今夜は先客がいた。
俺は後からこのサウナに入ったのだ。負けるわけにはいかない。この熱気うずまく空間から先に出た者が敗者だ。
十分経過。おやじは微動だにしない。
「明日は雨らしいですね」
私はたまりかねてどうでもいい事を話しかけた。
「……」無反応。表情一つ変えない。その対応から私はさらに闘志を燃やす。(絶対にこいつより先にここから出ない)
さらに十分経過。
もう限界だ。目の前がちかちかしてきた。私は奥歯をかみしめて立ち上がり、ドアを目指す。敗者が歩む道だ。急に立ち上がったことと、我慢しすぎた事で私の意識が一瞬とぎれた。
おやじの方によろめく。衝突する。瞬間的に身構えた。何の感触も無く、私はベンチにひっくり返った。おやじをすり抜けてしまった。
何事も起こっていないかのようにおやじは無表情のまま座っている。
私は暑さと恐怖で部屋から転がるように外に出る。
ロビーの光景に私は再び声を失った。室内でみたままの格好のおやじがロビーにいた。ただし、頭は下にあった。コマの支点の様に頭の頭頂部が床に接して上下反対になっている。しかも作り物のマネキンだ。
その姿が壁に開いた小さな穴を通してピンホールカメラになっていた。
蒸気をスクリーンに反転した像を結んだのだ。この場合元々が反転しているマネキンなので反転の反転で正位置の映像を形成していた。
人寄せマネキンにしては心臓に悪い。