走っている。
自分の呼吸音と携帯プレーヤーからフリージャズのトランペッを聞く。
深夜の運動公園をジョギングするのが最近の日課になっている。
走り出してしまえば時間が時間だけに誰にも会わない。
駐車場でもたもたしていると、パトロール中の警官に不審者扱いされ職務質問を受けてしまう。
その夜も出来るだけ素早く車から出た。
公園に入るまで軽く準備運動し、走りだす。
お気に入りのジャズを聞く。
世界が自分一人だけになったような感覚。
至福の時。
最高だ。
その時、後方からかすかに走る足音が聞こえる。
こんな時間に走る物好きが俺以外にいるなんて…という驚きと、せっかくの一人きりの時間を邪魔される不快感も感じる。
どうするか…先に行かすか、ペースをあげるか…。
走ることにかけては自信があった。
中学、高校、大学と長距離走と共にあった。
走ることは青春だったとも言っていい。
よし。
一呼吸ぐっと気合いを入れ、手足のスライドを大きくとる。
加速。
中年にさしかかろうとしているが、我ながら悪くないペースだ。
そう思った。
だが…
後ろから聞こえる足音は離れない。
いやむしろ近づいている。
振り返るのは俺のプライドが許さない。
さらに加速する。
近づく足音。
すぐ後ろ。
心拍数が上がる。
限界の走り。
その時、疑問がわいた。
大音量で聞くジャズのリズムが大好きだ。
マイルスのトランペットが激しく鳴っている。
なぜ後ろの足音が聞こえる。
スローダウン。
心が折れた。
素早く後ろを振り向く。
誰もいない。
公園の街灯と街灯の間。
ぽっかりと暗闇がそこにあった。
イヤホンから声が聞こえた。
「歩いて正解だ。そのまま走り続けたら、おまえの心臓は俺のものになっていたぞ!」
笑い声が追い抜いていった。
それ以来、深夜のジョギングはやめた。
午前中の散歩が今の俺の日課だ。
自分の呼吸音と携帯プレーヤーからフリージャズのトランペッを聞く。
深夜の運動公園をジョギングするのが最近の日課になっている。
走り出してしまえば時間が時間だけに誰にも会わない。
駐車場でもたもたしていると、パトロール中の警官に不審者扱いされ職務質問を受けてしまう。
その夜も出来るだけ素早く車から出た。
公園に入るまで軽く準備運動し、走りだす。
お気に入りのジャズを聞く。
世界が自分一人だけになったような感覚。
至福の時。
最高だ。
その時、後方からかすかに走る足音が聞こえる。
こんな時間に走る物好きが俺以外にいるなんて…という驚きと、せっかくの一人きりの時間を邪魔される不快感も感じる。
どうするか…先に行かすか、ペースをあげるか…。
走ることにかけては自信があった。
中学、高校、大学と長距離走と共にあった。
走ることは青春だったとも言っていい。
よし。
一呼吸ぐっと気合いを入れ、手足のスライドを大きくとる。
加速。
中年にさしかかろうとしているが、我ながら悪くないペースだ。
そう思った。
だが…
後ろから聞こえる足音は離れない。
いやむしろ近づいている。
振り返るのは俺のプライドが許さない。
さらに加速する。
近づく足音。
すぐ後ろ。
心拍数が上がる。
限界の走り。
その時、疑問がわいた。
大音量で聞くジャズのリズムが大好きだ。
マイルスのトランペットが激しく鳴っている。
なぜ後ろの足音が聞こえる。
スローダウン。
心が折れた。
素早く後ろを振り向く。
誰もいない。
公園の街灯と街灯の間。
ぽっかりと暗闇がそこにあった。
イヤホンから声が聞こえた。
「歩いて正解だ。そのまま走り続けたら、おまえの心臓は俺のものになっていたぞ!」
笑い声が追い抜いていった。
それ以来、深夜のジョギングはやめた。
午前中の散歩が今の俺の日課だ。
今週の仕事は終わり。
解放感でいっぱいだ。
書店により、今日発売の本を買った。
アパートに帰り、流し込むように夕食をすませる。
シャワーも浴びた。
さあ、これからは俺の時間だ。
机の上に、さきほど購入した「時刻表」を取り出す。
自分の時間と金は100%自分の為に使う。
それが俺の信条だ。
だから女にもてない。
それは仕方ない。
だって、もてないから。
時刻表さえあれば、いつでもどこでも旅に出れる。
鉄道オタクでよかったと思える瞬間だ。
連休で訪れる目的地はもう決まっている。
どのルートで行くか。
北からアプローチするか、南から攻めるか。
発車時刻、停車時刻、乗り換え。
頭の中では車窓の風景が流れる。
ローカル線の鈍行に乗る俺。
ディーゼルエンジンの音、吐き出される黒煙。
まるでバスのように引き出すと乗り込んだ駅の分かる数字の書かれた紙が手元に残る。
ワンマン車両。
運転手は駅に止まるごとに降車し、先ほどの紙切れとお金もしくはチケットを慌ただしく回収する。
広がる田園地帯。
トンネル。
驚くほど窓に近い崖。
4人掛けのボックス席。
正座して座るおばあちゃん。
14時25分着。
この駅で乗り換えの為、一旦電車を降りる。
14時40分発の電車を待つ。
一段、一段の階段に張り付けられた細長い広告のおびただしい数に圧倒される。
14時28分。
電車が到着する。
首を傾げる。
到着時間がおかしい。
本来は38分に到着して、40分発車のはずだ。
ガラガラ
ドアが開く。
エア式ではないのか、ひどく立て付けの悪い実家の玄関のような音がした。
乗り込む。
明るいはずの車内だが、ひどく薄暗い。
「お客さん切符は!」
いつの間にか運転手がおれの真後ろに立っていて、叫んだ。
「うあ!」
振り向きざま俺も叫んだ。
運転手は帽子を目深に被り、口元しか見えない。
ひどい悪臭がする。
「ああ、すいません。切符はここに」
胸ポケットからあわてて青春18切符を取り出し、見せた。
「そ、そんなんじゃねえ!降りろ!この電車にあんたは乗せない」
胸を平手でどんどん押された。
後ろによろめく。
それでも胸を押される。
「ちょっとちょっと…」
そう言うのが精一杯だ。
車外に押し出される。
ガラガラ
閉まるドア。
運転手はドアの前に立ったまま。
しかし電車は発車した。
睨みつける運転手の目。
黒目は無かった。
ベッドで寝ている。
見慣れない部屋。
マスク状のプラスチックが俺の口元を覆っている。
点滴が腕にくっついている。
「ああ、よかった、気づかれましたね。もう大丈夫ですよ。じつは一酸化酸素中毒でここに運ばれてきたんですよ」
医師らしき若者が口を開いた。
「原因は調査中とのことですが、どうやら隣室のボイラーの不完全燃焼で発生した一酸化酸素が塀をつたってあなたの部屋に流れ込んだようです。あなたが発見されたのは消防に匿名の電話があったそうです。意識を失っている男がいるって。その人が「無賃乗車だ!まったく許せん!」って最後に言ったそうですが、意味分かります?」
解放感でいっぱいだ。
書店により、今日発売の本を買った。
アパートに帰り、流し込むように夕食をすませる。
シャワーも浴びた。
さあ、これからは俺の時間だ。
机の上に、さきほど購入した「時刻表」を取り出す。
自分の時間と金は100%自分の為に使う。
それが俺の信条だ。
だから女にもてない。
それは仕方ない。
だって、もてないから。
時刻表さえあれば、いつでもどこでも旅に出れる。
鉄道オタクでよかったと思える瞬間だ。
連休で訪れる目的地はもう決まっている。
どのルートで行くか。
北からアプローチするか、南から攻めるか。
発車時刻、停車時刻、乗り換え。
頭の中では車窓の風景が流れる。
ローカル線の鈍行に乗る俺。
ディーゼルエンジンの音、吐き出される黒煙。
まるでバスのように引き出すと乗り込んだ駅の分かる数字の書かれた紙が手元に残る。
ワンマン車両。
運転手は駅に止まるごとに降車し、先ほどの紙切れとお金もしくはチケットを慌ただしく回収する。
広がる田園地帯。
トンネル。
驚くほど窓に近い崖。
4人掛けのボックス席。
正座して座るおばあちゃん。
14時25分着。
この駅で乗り換えの為、一旦電車を降りる。
14時40分発の電車を待つ。
一段、一段の階段に張り付けられた細長い広告のおびただしい数に圧倒される。
14時28分。
電車が到着する。
首を傾げる。
到着時間がおかしい。
本来は38分に到着して、40分発車のはずだ。
ガラガラ
ドアが開く。
エア式ではないのか、ひどく立て付けの悪い実家の玄関のような音がした。
乗り込む。
明るいはずの車内だが、ひどく薄暗い。
「お客さん切符は!」
いつの間にか運転手がおれの真後ろに立っていて、叫んだ。
「うあ!」
振り向きざま俺も叫んだ。
運転手は帽子を目深に被り、口元しか見えない。
ひどい悪臭がする。
「ああ、すいません。切符はここに」
胸ポケットからあわてて青春18切符を取り出し、見せた。
「そ、そんなんじゃねえ!降りろ!この電車にあんたは乗せない」
胸を平手でどんどん押された。
後ろによろめく。
それでも胸を押される。
「ちょっとちょっと…」
そう言うのが精一杯だ。
車外に押し出される。
ガラガラ
閉まるドア。
運転手はドアの前に立ったまま。
しかし電車は発車した。
睨みつける運転手の目。
黒目は無かった。
ベッドで寝ている。
見慣れない部屋。
マスク状のプラスチックが俺の口元を覆っている。
点滴が腕にくっついている。
「ああ、よかった、気づかれましたね。もう大丈夫ですよ。じつは一酸化酸素中毒でここに運ばれてきたんですよ」
医師らしき若者が口を開いた。
「原因は調査中とのことですが、どうやら隣室のボイラーの不完全燃焼で発生した一酸化酸素が塀をつたってあなたの部屋に流れ込んだようです。あなたが発見されたのは消防に匿名の電話があったそうです。意識を失っている男がいるって。その人が「無賃乗車だ!まったく許せん!」って最後に言ったそうですが、意味分かります?」
「お困りのようですね。
どうです、あなたの命お売りしてもらえませんか。」
ダークスーツに身を包んだ男がそう言った。
東京に仕事で向かうため俺は深夜バスに乗っていたはず。
夜なのか朝なのかわからない。
どこまでも真っ白で果ての見えない空間に2人掛けのソファーが一脚、そこに俺は座っている。
「困っている?それはどういう意味ですか?」
状況が飲み込めない。
「あなた、たしか深夜バスに乗られて東京に向かわれていたはず。おかしいでしょう、バスに乗っていない。」
目の前の男は縁無しめがねを外し、胸のハンカチで拭きながら言った。
「死神って信じますか?」
唐突に男は言った。
「はっ…」
「わたしは俗に言うそれです。ちなみにこれは夢ではありませんよ。今朝未明、午前2時すぎでしょうか、あなたの乗られた深夜バスは事故に遭いました。」
全身に衝撃が走る。
「そんなうそだろ」
「嘘をつく理由が私にはありません。全身を強く打ち、あなたは即死。そこで先ほどの提案に戻りますが、あなたの寿命をお売りねがえませんか。」
「それは生き返らせてくれるということか」
「そうです。ただし例えば80年生きる寿命を半分いただきます。まあ、この提案に選択の余地は無いかと思います。」
「断れば?」
「即死です」
気がつくと俺は新宿バスターミナルに立っていた。
事故は起こらなかった。
しかし、あのやりとりは事実であったと感じる事が出来た。
あの瞳の輝きは、思い出すだけで体がすくむ。
そして死ななかった事に安堵した。
その日の東京での商談をきっかけに事業はトントン拍子、拡大することとなった。
それから数十年の月日が流れた。
俺は病室の天井を見ている。
自分の人生を振り返っていた。
精一杯仕事に精をだし、妻子にも恵まれた。
あの悪魔との契約がなければ、もっと俺は生きれた訳か
…
そんなことを考えた。
その瞬間、自分の頭側のベットサイドに人の気配を感じた。
どうやら迎えが来たか。
「どうもどうも、ご無沙汰しています。その節はどうも…」
ダークスーツの男だ。
「とうとう、私も寿命かね…」
「はい、そういうことです」
「そうかね。残念だが仕方ない。」
「こんなときに何ですが、あなたの命、何に使ったとおもいます?」
「さあね、どこかの金持ちがあんたの喜ぶ報酬を払って生きながらえているのじゃあないかね。」
「ブー!不正解です。」
「そうか。まあ知りたくないというのが正直な気持ちだ。
消えた命を再び灯してもらってあんたには感謝しているよ」
複雑な表情を浮かべ、死に神は言った。
「あなたの命を私が買ったということは、あなたに命をお分けすることもやぶさかではないという提案がありますが、いかがですか、聞きますか」
「いや、やめておこう」
「そうですか、欲が無いんですね。ではさようなら」
「ああ」
やすらかに息を引き取った。
悪魔は思った。
まあ、あんた聞かない方が正解だよ。
実はあんたの命はおやじの命を継いである。
そしてあんたに分けてもらった命はあんたの息子に継いだんだ。
あんたの息子は不治の病で病死する運命だった。
あんたが延命するただ一つの方法、それは俺に大量の他人の寿命をさしだすことだったのさ。
そのあつまった寿命のおこぼれをあんたに延命分として渡す。
そういう話だったのさ。
しかし、あんたの一族はこの話になかなか乗らないね。
だが、あんたの息子はどうだろうな。
あんたの息子との会話が楽しみだよ。
どうです、あなたの命お売りしてもらえませんか。」
ダークスーツに身を包んだ男がそう言った。
東京に仕事で向かうため俺は深夜バスに乗っていたはず。
夜なのか朝なのかわからない。
どこまでも真っ白で果ての見えない空間に2人掛けのソファーが一脚、そこに俺は座っている。
「困っている?それはどういう意味ですか?」
状況が飲み込めない。
「あなた、たしか深夜バスに乗られて東京に向かわれていたはず。おかしいでしょう、バスに乗っていない。」
目の前の男は縁無しめがねを外し、胸のハンカチで拭きながら言った。
「死神って信じますか?」
唐突に男は言った。
「はっ…」
「わたしは俗に言うそれです。ちなみにこれは夢ではありませんよ。今朝未明、午前2時すぎでしょうか、あなたの乗られた深夜バスは事故に遭いました。」
全身に衝撃が走る。
「そんなうそだろ」
「嘘をつく理由が私にはありません。全身を強く打ち、あなたは即死。そこで先ほどの提案に戻りますが、あなたの寿命をお売りねがえませんか。」
「それは生き返らせてくれるということか」
「そうです。ただし例えば80年生きる寿命を半分いただきます。まあ、この提案に選択の余地は無いかと思います。」
「断れば?」
「即死です」
気がつくと俺は新宿バスターミナルに立っていた。
事故は起こらなかった。
しかし、あのやりとりは事実であったと感じる事が出来た。
あの瞳の輝きは、思い出すだけで体がすくむ。
そして死ななかった事に安堵した。
その日の東京での商談をきっかけに事業はトントン拍子、拡大することとなった。
それから数十年の月日が流れた。
俺は病室の天井を見ている。
自分の人生を振り返っていた。
精一杯仕事に精をだし、妻子にも恵まれた。
あの悪魔との契約がなければ、もっと俺は生きれた訳か
…
そんなことを考えた。
その瞬間、自分の頭側のベットサイドに人の気配を感じた。
どうやら迎えが来たか。
「どうもどうも、ご無沙汰しています。その節はどうも…」
ダークスーツの男だ。
「とうとう、私も寿命かね…」
「はい、そういうことです」
「そうかね。残念だが仕方ない。」
「こんなときに何ですが、あなたの命、何に使ったとおもいます?」
「さあね、どこかの金持ちがあんたの喜ぶ報酬を払って生きながらえているのじゃあないかね。」
「ブー!不正解です。」
「そうか。まあ知りたくないというのが正直な気持ちだ。
消えた命を再び灯してもらってあんたには感謝しているよ」
複雑な表情を浮かべ、死に神は言った。
「あなたの命を私が買ったということは、あなたに命をお分けすることもやぶさかではないという提案がありますが、いかがですか、聞きますか」
「いや、やめておこう」
「そうですか、欲が無いんですね。ではさようなら」
「ああ」
やすらかに息を引き取った。
悪魔は思った。
まあ、あんた聞かない方が正解だよ。
実はあんたの命はおやじの命を継いである。
そしてあんたに分けてもらった命はあんたの息子に継いだんだ。
あんたの息子は不治の病で病死する運命だった。
あんたが延命するただ一つの方法、それは俺に大量の他人の寿命をさしだすことだったのさ。
そのあつまった寿命のおこぼれをあんたに延命分として渡す。
そういう話だったのさ。
しかし、あんたの一族はこの話になかなか乗らないね。
だが、あんたの息子はどうだろうな。
あんたの息子との会話が楽しみだよ。
もうすぐ時刻は午前1時になろうとしている。
とあるマンガ喫茶の個室。
テーブルに自前のパソコンを投げだし電源ボタンを押す。
起動を待つ間、タバコに火をつける。
しらじらしい起動音が小さく鳴った。
連日のやまない雨のおかげで、タバコはしめり気味だ。
懐も湿り気味。
ため息と一緒に煙をはきだす。
女の事を考えた。
都市伝説を扱うSNSでコンタクトをとった。
艶っぽい話ではなく、仕事でだ。
フリーライターとして雑文を切り売りしている身分の俺はネタは自分で探さなくてはならない。
その女がこの店と時間を指定した。
「ネットに幽霊がでる。それを見た人は必ず叫ぶ。
その情報を提供する。そのかわり、いくばくかのお金をいただきたい。」
そう女は言うのだ。
お金か。
俺に金をたかるとは、この女もよほど生活に困っていると思える。
まあ、金は恵んでやる。
ネタがなくても、たかられたことをネタに一本原稿を書くつもりだ。
ゆるゆると時間は過ぎていった。
店内はこの時間にも関わらず、たくさん人がいる気配がする。
都会はそんなもんだ。
金曜の週末の夜。
たばこを一本灰にした。
女が現れる気配は無い。
無駄足か…。
そう思った時、チャーラーン♪
こん平師匠のサンプリング音がメールの到着を告げる。
例の女からだ。
「遅れてごめんなさい。あと10分で着きます。時間節約のため概要をまとめたものを送ります。」
添付ファイルは動画だった。
不審にも思ったが、乗りかかった船と覚悟を決め、再生ボタンを押した。
画面いっぱいに動画は展開された。
写ったのはレックボタンを押して後ずさる若い女。
白いワンピース姿のショートカット。
(この女がメールの女なのか?)
鬱蒼とした夜の森。
そこに女は立っている。
「あなたはこんな話を知っていますか?
一カ所に集まった見も知らない者同士がほぼ同時に悲鳴をあげる。
そんな事が頻発するマンガ喫茶がある事を…」
そう言って女は画面の右に消えていった。
森の静寂だけが画面に続く。
ライトに引きつけられた蛾や羽虫がときおり飛ぶ。
沈黙が続く。
(なんだなんだ…)
食い入るように画面を注視する。
キャーという大音量の叫び声と共に、血だらけの顔面が大写しになる。
ウワー!
思わずイスから飛び上がり叫んだ。
右の部屋からも左の部屋からも何かを蹴飛ばす音と共に、叫び声が同時にあがる。
左右の部屋だけではなく、店内の至る所で叫び声があがった。
(やられた…)
そう思った。
あの女(女かどうかも分からないが…)同じような人種をこの店に集めやがった。
何人集めたか分からないが、ここに集まった相手全員にフラッシュ系のおなじみ迷惑メールを送りつける。
まんまと、知らないもの同士が同時に叫ぶマンガ喫茶の都市伝説を成立させやがった。
心拍数の上がった鼓動はまだおさまらない。
とあるマンガ喫茶の個室。
テーブルに自前のパソコンを投げだし電源ボタンを押す。
起動を待つ間、タバコに火をつける。
しらじらしい起動音が小さく鳴った。
連日のやまない雨のおかげで、タバコはしめり気味だ。
懐も湿り気味。
ため息と一緒に煙をはきだす。
女の事を考えた。
都市伝説を扱うSNSでコンタクトをとった。
艶っぽい話ではなく、仕事でだ。
フリーライターとして雑文を切り売りしている身分の俺はネタは自分で探さなくてはならない。
その女がこの店と時間を指定した。
「ネットに幽霊がでる。それを見た人は必ず叫ぶ。
その情報を提供する。そのかわり、いくばくかのお金をいただきたい。」
そう女は言うのだ。
お金か。
俺に金をたかるとは、この女もよほど生活に困っていると思える。
まあ、金は恵んでやる。
ネタがなくても、たかられたことをネタに一本原稿を書くつもりだ。
ゆるゆると時間は過ぎていった。
店内はこの時間にも関わらず、たくさん人がいる気配がする。
都会はそんなもんだ。
金曜の週末の夜。
たばこを一本灰にした。
女が現れる気配は無い。
無駄足か…。
そう思った時、チャーラーン♪
こん平師匠のサンプリング音がメールの到着を告げる。
例の女からだ。
「遅れてごめんなさい。あと10分で着きます。時間節約のため概要をまとめたものを送ります。」
添付ファイルは動画だった。
不審にも思ったが、乗りかかった船と覚悟を決め、再生ボタンを押した。
画面いっぱいに動画は展開された。
写ったのはレックボタンを押して後ずさる若い女。
白いワンピース姿のショートカット。
(この女がメールの女なのか?)
鬱蒼とした夜の森。
そこに女は立っている。
「あなたはこんな話を知っていますか?
一カ所に集まった見も知らない者同士がほぼ同時に悲鳴をあげる。
そんな事が頻発するマンガ喫茶がある事を…」
そう言って女は画面の右に消えていった。
森の静寂だけが画面に続く。
ライトに引きつけられた蛾や羽虫がときおり飛ぶ。
沈黙が続く。
(なんだなんだ…)
食い入るように画面を注視する。
キャーという大音量の叫び声と共に、血だらけの顔面が大写しになる。
ウワー!
思わずイスから飛び上がり叫んだ。
右の部屋からも左の部屋からも何かを蹴飛ばす音と共に、叫び声が同時にあがる。
左右の部屋だけではなく、店内の至る所で叫び声があがった。
(やられた…)
そう思った。
あの女(女かどうかも分からないが…)同じような人種をこの店に集めやがった。
何人集めたか分からないが、ここに集まった相手全員にフラッシュ系のおなじみ迷惑メールを送りつける。
まんまと、知らないもの同士が同時に叫ぶマンガ喫茶の都市伝説を成立させやがった。
心拍数の上がった鼓動はまだおさまらない。