鍵の持ち運びはカラビナで体にくっつける方法で過ごしてきた。
ズボンにくっつけるためにはベルトループが必要だ。
しかし、昨今、ベルトループの数が減ってきていた。
いよいよ先日購入したズボンはベルトループがなくなった。
さて困った私は、カラビナをひっかけるための紐をズボンにぬいつけました。
「助手よワシはまたもや世紀の発明を成し遂げたぞ」
博士は小躍りしながら出勤してきた助手に告げた。白衣をロッカーからあわてて取り出した助手はうれしそうに聞いた。
「どんな発明ですか」
「君はこの世界とは別の、似て非なる世界、パラレルワールドの存在は信じておるか」
助手はおそらく昨夜は博士が泊まり込んだであろう、ちらかり放題の部屋を片づけながら答える。
「SFではよく聞きますが、はたして実在するのでしょうか」
「助手よ、まだまだ君は修行がたらんな。実在するもしないもパラレルワールドに行く機械をワシが作ったと言ったら君はどうする」
助手は落胆した。直感的にお金にはならないような発明に聞こえたからだ。コーヒーメーカーに豆と水をセットする。そしてゆっくりとふり返る。怒りを抑えながら口を開いた。
「使用目的と開発費用を聞きたいところです。もしべらぼうな金額を浪費したのなら、私の三ヶ月分未払いの給料を先にいただきたいところです」
博士は青ざめながら答えた。
「これさえ売れれば君は一生お金の心配をしなくても良い。それほどすばらしいマシンなんじゃ」
博士は自分の指にはまっているプラチナ製の様に見えるシンプルな銀色の指輪を助手に見せた。赤と青の突起が見える。
「ただの指輪ではないのですね」
助手は答えた。
「そうじゃ。パラレルワールドとは平行宇宙とも言うが、この指輪は平行宇宙の世界を一個ずつずらす機械なんじゃ。どこかに必ず自分が億万長者の成功者である世界があるはず。この指輪のスイッチを押し込むだけで行けるんじゃ。自分の求める世界とは違う場合も保険をかけておる。反対側のボタンを押せば無かったことに出来る、アンドゥボタンを搭載しておる」
博士は助手の反応を見ずに青いボタンを押した。
「はて赤いボタン、青いボタンどちらがアンドゥボタンだったかな?」
直後、博士の姿は無くなった。指輪だけが真下に落ちて乾いた金属音を出した。あわてて助手は指輪を拾い上げ赤色のボタンを押した。博士がさきほどの姿を表した。
「実行していないのに一手戻すボタンを押すと自分の存在が消えてしまう。これは恐ろしい機械だ。またしても失敗だ。助手よ、コーヒーを入れてくれ」
そうつぶやいて渡されたコーヒーを博士はチョウチョが蜜を吸うように口から伸びた管でおいしそうに飲んだ。
この博士はいったいどの世界からやってきた博士なのだろう。そう思いながら助手もコーヒーを飲んだ。