目が覚めて、昨夜の出来事を思い出す。
「係長って基本、悩みますよね~」
バイトの娘さんにズバッと指摘されてしまった。
そうなのだ。
決まらないのだ。
ネクタイを前に悩みだして15分。
今日しめるネクタイの柄が決まっていない。
ドット模様にするか、モノグラムにするか。
今日はお客さんのなかでも苦手なあのドック社の社長と会う日。
まだ、シャツとスーツ、靴も決定しなければならない。
電車に乗り遅れるタイムリミットの時間がせまる。
ああ、どうする。
完全にパニックだ。
「ヘイ!ケッツ!今日のおすすめのコーディネートは」
思わず口に出していた。
ケッツとは検索アプリの亜流だ。
僕が自分の優柔不断を苦にして開発したアプリだ。
「おはようございます。本日はドット柄のネクタイとホワイトのボタンダウンシャツ、三つボタンのグレーのスーツ。それに靴はプレーンな黒の革靴でよろしいですよ」
(そうか、まったく決めてもらってありがたい。さすが自分で作ったアプリ)
ケッツのよいところ、それは決定してくれること。
悩んだ選択肢を列挙し、よろしい結果がおこりそうな確率をパーセントで表示し、数字の高いほうをすすめる。
そうやって何とか制作した苦心のアプリだ。
誇らしげに身支度を整え、駅に向かう。
足を進めながらも頭は迷っていた。
あの社長の世間話は何が正解なのか。
社長室のカレンダーはプロ野球球団Hのものだ。
「H」のファンか…
いや待て待て、「H」は電気屋さんのスポンサーにもなっているから、家電を買ったときのノベルティでもらっただけかもしれないぞ。
あの日焼けはどうだ。
何かのスポーツが好き、たとえばゴルフであるとか、テニスとか…
そんな切り口で聞いてみるか。
いや、もし、お子さんのつきあいで公園に行っただけで日に焼けている公園焼けだったら、どうする。
「いやースポーツは僕、ぜんぜん興味なくて」
何て返されたら目も当てられないぞ。
結婚もまだの俺が子供の話を振っても説得力ないし。
結局、仕事の話をするのが一番無難になって、同じ話の繰り返しになるんだよな。
そうだ…
「ヘイ、ケッツ!ドック社の社長の世間話、プロ野球球団Hとゴルフの話、どっちがいい?」
「はい、お答えします。ドック社の社長はH球団の球場の年間パスを保有しております。ですので野球の話がよろしいかと存じます」
「サンキュー、ケッツ!」
ケッツのおかげで社長に自信をもって野球の話をぶつける事ができた。
本当に使えるアプリだ。
我ながらケッツのない暮らしは考えられない。
「先輩、最近調子いいですね」
出社直後、そう話しかけてきたのは後輩の桃子だ。
新入社員の頃から面倒をみてきた。
お客の懐に愛嬌で飛び込むガッツのあるかわいい後輩だ。
「おう、そうなんだ。調子いいんだ」
「そんな係長にお願いしてもいいですか。実は今日なんですけどB社の部長に会ってもらいたいんです。どうも先輩が開発したツールに興味があるみたいで。もちろん同行させていただきます。その後、食事でも一緒にどうですか」
「空いてないこともないけど…まあ、行ってやるか」
思わず鼻の下がのびた。
その直後、部長から呼び出しがあった。
俺の活躍を誉めてくれるのか。
ノックして部長室にはいる。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けて部長のオフィスに入る。
部長は背中を向けて座っていた。
くるりといすが回転し、俺と向き合った。
涙ホクロが右目の下にある魅力的な女性。
ああ、うちの部長は女性なのだ。
杏部長だ。
「ケッツ」
ギクリ
「あなた、あのアプリ、うちのチームの開発ツールをつかって作ったでしょう。おかしくない」
「そうです。部長に話を通してから開発すべきでした」
「あの開発ツール、ほぼ私が構築したのよ。でも、まあいいわ。会社が儲かるアプリを開発したあなたの手腕は買うわ。でね、ちょっとした次のアプリの相談をしたいの。近所の居酒屋なんだけどどう、今晩空いてる?」
「今晩ですね。ちょっと先約があるので時間の確認をしてきます。時間が合えばぜひ…」
「そう、いい返事待ってるわ」
長い人生で一度だけ訪れるという、これは完全に「モテキ」だな。
二人の女性に同時に誘われるなんて。
ああケッツよ
おれはどうすればいいんだ。
おれはポケットからスマホを取り出した。
「ヘイ、ケッツ。後輩の桃子、上司の杏部長、どちらのお誘いに応じるべきか…」
「はい、お答えはどちらもダメです。では」
「ケッツ、おいケッツ。どうしてそんな事言うんだ」
「はい、それはしょうが無いからです」
(なんで…)
そのころ桃子はスマホに話しかけていた。
「ヘイ、ケッツ。係長 最大利用」
「はい、お答えします。B社の商談を成立させたら、ぽいです。係長とあなたの相性は最悪です」
桃子はニヤリと笑った。
杏部長もスマホに話しかけていた。
「ヘイ、ケッツ。係長の利用方法」
「はいお答えします。次のアプリをあなた名義で係長に開発させれば、もう彼の才能は枯渇します。ぽいです」
杏部長はニヤリと笑った。
「係長って基本、悩みますよね~」
バイトの娘さんにズバッと指摘されてしまった。
そうなのだ。
決まらないのだ。
ネクタイを前に悩みだして15分。
今日しめるネクタイの柄が決まっていない。
ドット模様にするか、モノグラムにするか。
今日はお客さんのなかでも苦手なあのドック社の社長と会う日。
まだ、シャツとスーツ、靴も決定しなければならない。
電車に乗り遅れるタイムリミットの時間がせまる。
ああ、どうする。
完全にパニックだ。
「ヘイ!ケッツ!今日のおすすめのコーディネートは」
思わず口に出していた。
ケッツとは検索アプリの亜流だ。
僕が自分の優柔不断を苦にして開発したアプリだ。
「おはようございます。本日はドット柄のネクタイとホワイトのボタンダウンシャツ、三つボタンのグレーのスーツ。それに靴はプレーンな黒の革靴でよろしいですよ」
(そうか、まったく決めてもらってありがたい。さすが自分で作ったアプリ)
ケッツのよいところ、それは決定してくれること。
悩んだ選択肢を列挙し、よろしい結果がおこりそうな確率をパーセントで表示し、数字の高いほうをすすめる。
そうやって何とか制作した苦心のアプリだ。
誇らしげに身支度を整え、駅に向かう。
足を進めながらも頭は迷っていた。
あの社長の世間話は何が正解なのか。
社長室のカレンダーはプロ野球球団Hのものだ。
「H」のファンか…
いや待て待て、「H」は電気屋さんのスポンサーにもなっているから、家電を買ったときのノベルティでもらっただけかもしれないぞ。
あの日焼けはどうだ。
何かのスポーツが好き、たとえばゴルフであるとか、テニスとか…
そんな切り口で聞いてみるか。
いや、もし、お子さんのつきあいで公園に行っただけで日に焼けている公園焼けだったら、どうする。
「いやースポーツは僕、ぜんぜん興味なくて」
何て返されたら目も当てられないぞ。
結婚もまだの俺が子供の話を振っても説得力ないし。
結局、仕事の話をするのが一番無難になって、同じ話の繰り返しになるんだよな。
そうだ…
「ヘイ、ケッツ!ドック社の社長の世間話、プロ野球球団Hとゴルフの話、どっちがいい?」
「はい、お答えします。ドック社の社長はH球団の球場の年間パスを保有しております。ですので野球の話がよろしいかと存じます」
「サンキュー、ケッツ!」
ケッツのおかげで社長に自信をもって野球の話をぶつける事ができた。
本当に使えるアプリだ。
我ながらケッツのない暮らしは考えられない。
「先輩、最近調子いいですね」
出社直後、そう話しかけてきたのは後輩の桃子だ。
新入社員の頃から面倒をみてきた。
お客の懐に愛嬌で飛び込むガッツのあるかわいい後輩だ。
「おう、そうなんだ。調子いいんだ」
「そんな係長にお願いしてもいいですか。実は今日なんですけどB社の部長に会ってもらいたいんです。どうも先輩が開発したツールに興味があるみたいで。もちろん同行させていただきます。その後、食事でも一緒にどうですか」
「空いてないこともないけど…まあ、行ってやるか」
思わず鼻の下がのびた。
その直後、部長から呼び出しがあった。
俺の活躍を誉めてくれるのか。
ノックして部長室にはいる。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けて部長のオフィスに入る。
部長は背中を向けて座っていた。
くるりといすが回転し、俺と向き合った。
涙ホクロが右目の下にある魅力的な女性。
ああ、うちの部長は女性なのだ。
杏部長だ。
「ケッツ」
ギクリ
「あなた、あのアプリ、うちのチームの開発ツールをつかって作ったでしょう。おかしくない」
「そうです。部長に話を通してから開発すべきでした」
「あの開発ツール、ほぼ私が構築したのよ。でも、まあいいわ。会社が儲かるアプリを開発したあなたの手腕は買うわ。でね、ちょっとした次のアプリの相談をしたいの。近所の居酒屋なんだけどどう、今晩空いてる?」
「今晩ですね。ちょっと先約があるので時間の確認をしてきます。時間が合えばぜひ…」
「そう、いい返事待ってるわ」
長い人生で一度だけ訪れるという、これは完全に「モテキ」だな。
二人の女性に同時に誘われるなんて。
ああケッツよ
おれはどうすればいいんだ。
おれはポケットからスマホを取り出した。
「ヘイ、ケッツ。後輩の桃子、上司の杏部長、どちらのお誘いに応じるべきか…」
「はい、お答えはどちらもダメです。では」
「ケッツ、おいケッツ。どうしてそんな事言うんだ」
「はい、それはしょうが無いからです」
(なんで…)
そのころ桃子はスマホに話しかけていた。
「ヘイ、ケッツ。係長 最大利用」
「はい、お答えします。B社の商談を成立させたら、ぽいです。係長とあなたの相性は最悪です」
桃子はニヤリと笑った。
杏部長もスマホに話しかけていた。
「ヘイ、ケッツ。係長の利用方法」
「はいお答えします。次のアプリをあなた名義で係長に開発させれば、もう彼の才能は枯渇します。ぽいです」
杏部長はニヤリと笑った。