須田は、博士の言っている意味が理解できずに困惑している。
そのとき、エリーは床に倒れている二人の看病をしていた。二人の生体反応をスキャンしていたエリーは、どうやら命には別状が無い状況であると判断する。
エリーは静かに自分の手を壁にかざす。手のひらから、プロジェクターの光があふれる。壁にライブ映像が映し出された。化学界の一大スキャンダルを女性キャスターが声高に報じている。須田は驚きの表情でニュースを見ている。同じ情報が連呼されているのを見て、エリーが説明を始めた。
「行きの軌道エレベーターの中で、ミツオと私はどうしたら良いのかを考えた。須田さんを止めるには、一刻も早く公表するしかないと博士を説得しました。公表するにしても、すぐには地球に戻れない。通信も遮断されている。だから地表から宇宙へと続く軌道エレベータのライトを使って、洗いざらいの情報を流しました。モールス信号です。さすがに世の中の人が気づくのには難問だったようですが」
「すまなかった」
やっと上半身をおこした博士が、口をひらく。
「研究費の打ち切りが決まっていて、どうしても結果が欲しかったのだ。君の命ともいえる研究発見を盗んでしまって、今更だが申し訳ないと思っている」
須田はだまって博士を見ている。須田は奥さんに向けた刃を下ろした。呪縛の解かれた妻は、博士に駆け寄った。座り込んでいる博士のすぐそばに同じように倒れ込んだ。
「今回の発表は私も加担しているのです」
妻の目には涙があふれていた。
そのとき、エリーは床に倒れている二人の看病をしていた。二人の生体反応をスキャンしていたエリーは、どうやら命には別状が無い状況であると判断する。
エリーは静かに自分の手を壁にかざす。手のひらから、プロジェクターの光があふれる。壁にライブ映像が映し出された。化学界の一大スキャンダルを女性キャスターが声高に報じている。須田は驚きの表情でニュースを見ている。同じ情報が連呼されているのを見て、エリーが説明を始めた。
「行きの軌道エレベーターの中で、ミツオと私はどうしたら良いのかを考えた。須田さんを止めるには、一刻も早く公表するしかないと博士を説得しました。公表するにしても、すぐには地球に戻れない。通信も遮断されている。だから地表から宇宙へと続く軌道エレベータのライトを使って、洗いざらいの情報を流しました。モールス信号です。さすがに世の中の人が気づくのには難問だったようですが」
「すまなかった」
やっと上半身をおこした博士が、口をひらく。
「研究費の打ち切りが決まっていて、どうしても結果が欲しかったのだ。君の命ともいえる研究発見を盗んでしまって、今更だが申し訳ないと思っている」
須田はだまって博士を見ている。須田は奥さんに向けた刃を下ろした。呪縛の解かれた妻は、博士に駆け寄った。座り込んでいる博士のすぐそばに同じように倒れ込んだ。
「今回の発表は私も加担しているのです」
妻の目には涙があふれていた。
ミツオは床に転がる男女が道明寺と佐々木である事に気づいた。明らかな外傷は無い。ではなぜ動かないのか。ミツオは二人の名前を呼ぶが、反応は無い。
「須田、二人に何をした」
須田はミツオの問いには答えない。「博士はどこにいる」
「さっき俺たちが乗っていた脱出ポッドを見ただろう。宇宙空間での生活が長い博士が、地球の重力に直ぐに慣れるわけがない」
ミツオは須田に羽交い締めされている奥さんに、大丈夫かと話しかけた。奥さんは数度うなずく。身振りで返答するのがやっとのようだ。姿の見えない娘の安否は分からない。
「須田、どうしてこんな事をしたんだ」
「どうして?ミツオさん、あなた博士と話をしたでしょう。動機は理解しやすい話のはずだ」
そのときミツオの背後の扉が開く。博士が這いつくばってここまで移動してきた。
「妻を離せ」
「お久しぶりです博士」
博士の姿を確認した須田は満足げに言葉を続ける。
「私は何度もそちらに伺う打診をしました。ことごとく無視されたあなたの罪は重い。要求は、私への行いすべての公表です」
「……」
博士は沈黙した。その姿を見た奥さんがたまらず口を開く。
「須田さんから経緯を聞いたわ。紙と鉛筆を持って、新たな研究をゼロから始めればいいじゃない」
「もう発表ずみだ」
博士が須田の目を見て返答する。 状況の分からない須田が困惑の表情を浮かべる。
「須田、二人に何をした」
須田はミツオの問いには答えない。「博士はどこにいる」
「さっき俺たちが乗っていた脱出ポッドを見ただろう。宇宙空間での生活が長い博士が、地球の重力に直ぐに慣れるわけがない」
ミツオは須田に羽交い締めされている奥さんに、大丈夫かと話しかけた。奥さんは数度うなずく。身振りで返答するのがやっとのようだ。姿の見えない娘の安否は分からない。
「須田、どうしてこんな事をしたんだ」
「どうして?ミツオさん、あなた博士と話をしたでしょう。動機は理解しやすい話のはずだ」
そのときミツオの背後の扉が開く。博士が這いつくばってここまで移動してきた。
「妻を離せ」
「お久しぶりです博士」
博士の姿を確認した須田は満足げに言葉を続ける。
「私は何度もそちらに伺う打診をしました。ことごとく無視されたあなたの罪は重い。要求は、私への行いすべての公表です」
「……」
博士は沈黙した。その姿を見た奥さんがたまらず口を開く。
「須田さんから経緯を聞いたわ。紙と鉛筆を持って、新たな研究をゼロから始めればいいじゃない」
「もう発表ずみだ」
博士が須田の目を見て返答する。 状況の分からない須田が困惑の表情を浮かべる。
須田の手には刃物があった。
須田はかすかに上空を見やった。あきらかに脱出ポットの存在に気づいている。須田がドアノブに手をかける。施錠されていなかったドアが開き、するりと室内へと侵入した。脱出ポッド内部では地表に降り立つのももどかしく感じていた。出来ることはシートベルトを外すことぐらいだった。モニターに釘づけになっている博士の心中は痛いほどミツオには分かった。しかしミツオはどうすることも出来ずにいた。地面に降り立った感触が足下から伝わり、ハッチが開く。エリーがハッチの隙間から真っ先に飛び出す。ミツオは無重力にいた体に突然戻った地球の重力がこたえていた。思うように体が動かない。宇宙での生活が長い博士はなおさらだ。
「須田を止めます」
ミツオはそう言って博士をハッチ上部から見下ろす。
「たのむ」
絞り出す博士の声は切実だった。
博士の自宅のすぐ前に脱出ポッドは接地していた。先に飛び出したエリーの姿はすでになく。自宅の扉は開いたままになっている。
ミツオは、はうようにして自分の体を鼓舞した。
ようやく室内に飛び込んだミツオが目にしたのは、床に転がる男女二人、刃物を奥さんの喉にあてがう須田、呆然と見つめるエリーがそこにいた。
ミツオに振り返ったエリーは「どうしましょう」とつぶやいた。
須田はかすかに上空を見やった。あきらかに脱出ポットの存在に気づいている。須田がドアノブに手をかける。施錠されていなかったドアが開き、するりと室内へと侵入した。脱出ポッド内部では地表に降り立つのももどかしく感じていた。出来ることはシートベルトを外すことぐらいだった。モニターに釘づけになっている博士の心中は痛いほどミツオには分かった。しかしミツオはどうすることも出来ずにいた。地面に降り立った感触が足下から伝わり、ハッチが開く。エリーがハッチの隙間から真っ先に飛び出す。ミツオは無重力にいた体に突然戻った地球の重力がこたえていた。思うように体が動かない。宇宙での生活が長い博士はなおさらだ。
「須田を止めます」
ミツオはそう言って博士をハッチ上部から見下ろす。
「たのむ」
絞り出す博士の声は切実だった。
博士の自宅のすぐ前に脱出ポッドは接地していた。先に飛び出したエリーの姿はすでになく。自宅の扉は開いたままになっている。
ミツオは、はうようにして自分の体を鼓舞した。
ようやく室内に飛び込んだミツオが目にしたのは、床に転がる男女二人、刃物を奥さんの喉にあてがう須田、呆然と見つめるエリーがそこにいた。
ミツオに振り返ったエリーは「どうしましょう」とつぶやいた。