「最近眠れないんだ」
デート中、彼女に相談した。
「そうね。案外、羊を数えてみると眠れるかもよ」
「ひつじねえ・・・」
ドリンクバーのアイスコーヒーを飲みながら「ひつじねえ・・・」
もう一度つぶやいた。
その日の夜。
やはり眠れない。
羊のことを思い出した。
(だめで元々。数えてみるか)
羊がいっぴきー
もくもく毛の羊が右手より現れて、柵を飛び越え左手に消えていく。
羊がにひきー
トコトコぴょーんトコトコ
羊がさんびきー
トコトコぴょーんトコトコ
羊の数を40匹数えるか数えないかでコトリと眠ってしまった。
それからは毎日羊を数えた。
最初のうちは40匹程度で眠れた。
しかし、40が100、100が200。
だんだんと羊の数が増えていった。
その日は特に眠れなかった。
すでに羊の数を9999数えた。
1万1匹目の羊が右手から現れた。
羊は柵を飛び越えずにこちらにやってきて、言った。
「もういいかげん寝てもらえませんかめえ~。
わたしら何匹で柵を飛び越えてるとお思いですか。
3匹ですめえ。
柵を飛んだ後、左手に消えていくでしょう。
あなたの後ろを回って右手に戻ってるんですめえ~。
わたしらが毎日疲労困憊めえ~
だから早く眠ってくださいめえ~」
私はちょうど1万匹目で眠ってしまっていた。
デート中、彼女に相談した。
「そうね。案外、羊を数えてみると眠れるかもよ」
「ひつじねえ・・・」
ドリンクバーのアイスコーヒーを飲みながら「ひつじねえ・・・」
もう一度つぶやいた。
その日の夜。
やはり眠れない。
羊のことを思い出した。
(だめで元々。数えてみるか)
羊がいっぴきー
もくもく毛の羊が右手より現れて、柵を飛び越え左手に消えていく。
羊がにひきー
トコトコぴょーんトコトコ
羊がさんびきー
トコトコぴょーんトコトコ
羊の数を40匹数えるか数えないかでコトリと眠ってしまった。
それからは毎日羊を数えた。
最初のうちは40匹程度で眠れた。
しかし、40が100、100が200。
だんだんと羊の数が増えていった。
その日は特に眠れなかった。
すでに羊の数を9999数えた。
1万1匹目の羊が右手から現れた。
羊は柵を飛び越えずにこちらにやってきて、言った。
「もういいかげん寝てもらえませんかめえ~。
わたしら何匹で柵を飛び越えてるとお思いですか。
3匹ですめえ。
柵を飛んだ後、左手に消えていくでしょう。
あなたの後ろを回って右手に戻ってるんですめえ~。
わたしらが毎日疲労困憊めえ~
だから早く眠ってくださいめえ~」
私はちょうど1万匹目で眠ってしまっていた。
優子はその夜、一人で飲んでいた。
ずいぶん長い間飲んでいるような気もするし、今飲み始めたような気もしていた。
不思議な気持ちだった。
はて、私は今日、何をしていたのかしら。
どうしても思い出せない。
「こんばんわ」
優子がまんじりともせず、お酒を前に固まっていると男が声をかけてきた。
頬がやせて目だけがギラギラ異様に光っている男。
「こんばんわ」
優子は無視していたが、男がもう一度声をかけてきたので慌てて会釈した。
「いつから飲んでいるのか分からず、今日何をしていたのかも思い出せないのではありませんか」
男はそう言った。
(どうしてこの人はズバリ私の考えていることがわかるのかしら)
優子は無言だった。
「あなたいつもこのお店に来られてじっとお酒を眺めてらっしゃる。
知りたくはありませんか?
なぜそんな事がわからないのか」
優子はだまって頷いた。
「そうですか。ではこちらに来てもらえますか。
ちょうど若者が写真を撮っているので、こちらに来て私と一緒に写ってもらえますか」
「はいチーズ」
若者が言い、フラッシュが焚かれた。
「どれどれ見せてー」
合コン中の記念写真。
デジカメをのぞき込む若者たち。
そこには優子も男も写っていない。
男が優子に言った。
「どうです。わかりましたか。
あなたと私だけが写真に写っていない。
なぜ写らないのか・・・
私たちは死んでいるんです」
優子は息をのみ、そして思い出した。
50年前に事故死したことを。
ずいぶん長い間飲んでいるような気もするし、今飲み始めたような気もしていた。
不思議な気持ちだった。
はて、私は今日、何をしていたのかしら。
どうしても思い出せない。
「こんばんわ」
優子がまんじりともせず、お酒を前に固まっていると男が声をかけてきた。
頬がやせて目だけがギラギラ異様に光っている男。
「こんばんわ」
優子は無視していたが、男がもう一度声をかけてきたので慌てて会釈した。
「いつから飲んでいるのか分からず、今日何をしていたのかも思い出せないのではありませんか」
男はそう言った。
(どうしてこの人はズバリ私の考えていることがわかるのかしら)
優子は無言だった。
「あなたいつもこのお店に来られてじっとお酒を眺めてらっしゃる。
知りたくはありませんか?
なぜそんな事がわからないのか」
優子はだまって頷いた。
「そうですか。ではこちらに来てもらえますか。
ちょうど若者が写真を撮っているので、こちらに来て私と一緒に写ってもらえますか」
「はいチーズ」
若者が言い、フラッシュが焚かれた。
「どれどれ見せてー」
合コン中の記念写真。
デジカメをのぞき込む若者たち。
そこには優子も男も写っていない。
男が優子に言った。
「どうです。わかりましたか。
あなたと私だけが写真に写っていない。
なぜ写らないのか・・・
私たちは死んでいるんです」
優子は息をのみ、そして思い出した。
50年前に事故死したことを。
ここは研究所。
高みから見ていた。
「迷路を抜ける思考パターンは何が正解なのでしょうね」
背の高い人物が言った。
「出口の位置によってプログラムの正解は変わってくるね」
背の低い人物が言った。
「1回目の分岐点が来たら戻る。
他の道の1回目の分岐点がきたらまた戻る。
すべての1回目の分岐点を確かめてからそれぞれの2回目の分岐点にすすむのが良いのか・・・」
「それとも・・・
行き止まりまで進み続けて、振り出しに戻り、他の道をさがすのが良いのか・・・」
「まあ、プログラムの場合、いずれにしても「しらみつぶし」になりますね」
「人間の場合はどうかな」
「どうでしょうねえ、迷路の壁が動いたり、出口がなかったりしますからねえ」
ここは天界の研究室。
二人の神様が迷路の中を右往左往する人間達を眺めていた。
高みから見ていた。
「迷路を抜ける思考パターンは何が正解なのでしょうね」
背の高い人物が言った。
「出口の位置によってプログラムの正解は変わってくるね」
背の低い人物が言った。
「1回目の分岐点が来たら戻る。
他の道の1回目の分岐点がきたらまた戻る。
すべての1回目の分岐点を確かめてからそれぞれの2回目の分岐点にすすむのが良いのか・・・」
「それとも・・・
行き止まりまで進み続けて、振り出しに戻り、他の道をさがすのが良いのか・・・」
「まあ、プログラムの場合、いずれにしても「しらみつぶし」になりますね」
「人間の場合はどうかな」
「どうでしょうねえ、迷路の壁が動いたり、出口がなかったりしますからねえ」
ここは天界の研究室。
二人の神様が迷路の中を右往左往する人間達を眺めていた。
一人とぼとぼ学校から帰っていた。
風が冷たい。
マフラーをぐいと口元まで上げた。
あと7ヶ月で大学受験。
睡眠時間を削って机に向かっているが実際の所はラジオを聞いたり、CDを聴いたりだらだらと過ごしてしまう。
これではいけないと今日は図書館で勉強していたわけだ。
カップルで勉強している同級生を横目で羨ましく思いながら、遅々として手元の課題は終わらなかった。
こんなんで合格するのだろうか・・・
もう現実から逃げたい。
そう思っていた。
「そこの少年」
声をかけられた。
「え・・・」
ずいぶん頭上から声がする。
黒い足一対と素肌の足一対が宙に浮いている。
見上げると伝統的、トラディショナルスタイルの天使と悪魔が浮かんでいた。
「うわああ」
「おっ、少年。俺たちが見えるのか。
普通は俺たちの声が聞こえても姿が見えないから自分の思考の声として話をすすめるんだが、見えるんなら仕方ない」
「何が仕方ないんですか?」
「話、聞く気ある?」
悪魔が聞いた。
「いえ、ありません」
「それで済むわけがない」
悪魔の顔がほの青く光った。
どうやら、いらっとしたらしい。
ここは話題を変えなければ・・・
「どうして天使といっしょにいるんですか」
虚を突かれた悪魔はしばしの沈黙の後、にやりと笑った。
「俺たちつき合ってるの。
禁断の愛っていうわけ。
もちろん上司に見つかったらただではすまないの。
だから下界で会っている」
「そうなの」
天使が相づちをうった。
二人は見つめあい、手をつないだ。
「おっと、話が横道にそれちまったな。
実はこう見えて俺、サラリーマンなの。
雇われているの。
ノルマがあるの」
悪魔が言った。
「ノルマって?」
「悪魔のノルマといったら、わかんないかなあ。
地獄につれていく魂の数。
お宅、今、現実逃避の手段を考えてたよね」
図星だった。
どうやって死ねば楽かを具体的に考えていた。
「だから俺が現れたわけ。
お宅結構、本気で考えてたよ。
まあ、俺が来た時点で棺桶に片足以上つっこんでるけどね」
そういうと悪魔の顔はオレンジ色に光った。
どうやら楽しいらしい。
「ぼく死にません」
あわてて悪魔に言った。
「おっと、さっきもいったろ。
俺だってノルマがあるのさ。
もう面倒くさいから、500円玉出せよ」
そういうと悪魔は人差し指をくるっと回した。
僕のズボンのポケットから財布が引っ張り出された。
硬化入れから500円玉が飛び出てぼくの手のひらに落ちた。
「コインを投げろ。
裏なら地獄に連れていく」
悪魔はそういうと人差し指をくるっと回した。
悪魔の顔は黒く、黒く光った。
「ううう」
体が勝手に500円玉をコイントスした。
ピーン
放物線を描き、500円玉は地面に落ちた。
クルクル回る。
体の自由は利かない。
視線だけ何とか下にむけて硬化をみつめる。
夢か現実かの区別が曖昧になってくる。
パタリと硬貨は静止した。
表。
「ちっ、少年、運が良かったな」
悪魔はそう言うと一人上昇して消えた。
僕はその場に座り込み、表の500円玉を拾い上げ、手のひらに乗せた。
「良かったわね。
受験もきっと成功するわ」
ウインクしながら天使はそう言った。
手のひらの500円玉がクルリと回転し、裏面で静止した。
僕は息をのんで上昇中の天使を見た。
ウインクしながら天使は消え
ていった。
「なかなかうまいこと考えたわね。」
ここは天使カンパニーのオフィス。
「悪魔をだますなんてね」
二人の天使が話していた。
一人は先ほどの天使。
「そうなんですよ。
頭の悪い悪魔で助かってますけど。
これで今月のノルマ達成で」す」
そう言うと壁に貼ってある業務報告ノルマ表の「迷える魂の救済」覧に花を一つ貼った。
風が冷たい。
マフラーをぐいと口元まで上げた。
あと7ヶ月で大学受験。
睡眠時間を削って机に向かっているが実際の所はラジオを聞いたり、CDを聴いたりだらだらと過ごしてしまう。
これではいけないと今日は図書館で勉強していたわけだ。
カップルで勉強している同級生を横目で羨ましく思いながら、遅々として手元の課題は終わらなかった。
こんなんで合格するのだろうか・・・
もう現実から逃げたい。
そう思っていた。
「そこの少年」
声をかけられた。
「え・・・」
ずいぶん頭上から声がする。
黒い足一対と素肌の足一対が宙に浮いている。
見上げると伝統的、トラディショナルスタイルの天使と悪魔が浮かんでいた。
「うわああ」
「おっ、少年。俺たちが見えるのか。
普通は俺たちの声が聞こえても姿が見えないから自分の思考の声として話をすすめるんだが、見えるんなら仕方ない」
「何が仕方ないんですか?」
「話、聞く気ある?」
悪魔が聞いた。
「いえ、ありません」
「それで済むわけがない」
悪魔の顔がほの青く光った。
どうやら、いらっとしたらしい。
ここは話題を変えなければ・・・
「どうして天使といっしょにいるんですか」
虚を突かれた悪魔はしばしの沈黙の後、にやりと笑った。
「俺たちつき合ってるの。
禁断の愛っていうわけ。
もちろん上司に見つかったらただではすまないの。
だから下界で会っている」
「そうなの」
天使が相づちをうった。
二人は見つめあい、手をつないだ。
「おっと、話が横道にそれちまったな。
実はこう見えて俺、サラリーマンなの。
雇われているの。
ノルマがあるの」
悪魔が言った。
「ノルマって?」
「悪魔のノルマといったら、わかんないかなあ。
地獄につれていく魂の数。
お宅、今、現実逃避の手段を考えてたよね」
図星だった。
どうやって死ねば楽かを具体的に考えていた。
「だから俺が現れたわけ。
お宅結構、本気で考えてたよ。
まあ、俺が来た時点で棺桶に片足以上つっこんでるけどね」
そういうと悪魔の顔はオレンジ色に光った。
どうやら楽しいらしい。
「ぼく死にません」
あわてて悪魔に言った。
「おっと、さっきもいったろ。
俺だってノルマがあるのさ。
もう面倒くさいから、500円玉出せよ」
そういうと悪魔は人差し指をくるっと回した。
僕のズボンのポケットから財布が引っ張り出された。
硬化入れから500円玉が飛び出てぼくの手のひらに落ちた。
「コインを投げろ。
裏なら地獄に連れていく」
悪魔はそういうと人差し指をくるっと回した。
悪魔の顔は黒く、黒く光った。
「ううう」
体が勝手に500円玉をコイントスした。
ピーン
放物線を描き、500円玉は地面に落ちた。
クルクル回る。
体の自由は利かない。
視線だけ何とか下にむけて硬化をみつめる。
夢か現実かの区別が曖昧になってくる。
パタリと硬貨は静止した。
表。
「ちっ、少年、運が良かったな」
悪魔はそう言うと一人上昇して消えた。
僕はその場に座り込み、表の500円玉を拾い上げ、手のひらに乗せた。
「良かったわね。
受験もきっと成功するわ」
ウインクしながら天使はそう言った。
手のひらの500円玉がクルリと回転し、裏面で静止した。
僕は息をのんで上昇中の天使を見た。
ウインクしながら天使は消え
ていった。
「なかなかうまいこと考えたわね。」
ここは天使カンパニーのオフィス。
「悪魔をだますなんてね」
二人の天使が話していた。
一人は先ほどの天使。
「そうなんですよ。
頭の悪い悪魔で助かってますけど。
これで今月のノルマ達成で」す」
そう言うと壁に貼ってある業務報告ノルマ表の「迷える魂の救済」覧に花を一つ貼った。
「はいお並びの皆さーん。
本日はご来店ありがとうございます。
では挙手ねがいまーす。
本日はホットコーヒーですか、アイスコーヒーですか、それ以外の場合、手は挙げないでください」
コーヒーショップのレジ周りに並んでいたのは10人。
家族連れその(1)4人。
家族連れその(2)3人。
若者男女グループ3人。
結果は
アイスコーヒー5
ホットコーヒー1
挙手なし4
「はい、わかりましたー。
本日はみなさまアイスコーヒーでお願いします。
オーダー!
レーコー10!」
バックヤードに声をかける
「はい喜んでー!」
「少数派禁止法」
生産物の色、形、種類を減らし、現場の合理化をはかる法律として政府が施行した。
あらゆる買い物に挙手及び事前申し込みが必要となった。
当然、自分の選んだものが少数派に入った場合、多数派の商品に自動で振り分けられる。
結果、町には同じ様な服装、同じような機械、同じ様な世間話があふれた。
ある夜、どうしても同じ物を持ちたくない人々が密かに集まっていた。
「個人輸入しかないな」
リーダー格の青年が言った。
「本国で何か買おうとすると必ず「少数派禁止法」に抵触する。
国外なら大丈夫だろう」
「ああ、それなら大丈夫だろう。安心安心」
「よし、ネットで注文するぞ」
パソコンの画面をみんなでのぞきこんだ。
「赤色のベスト、フード付き10枚
これでいいな」
「おう」
エンターキーを押した
すると・・・
メッセージが表示された。
「sorry you Lose」
多数決に負けていた。
本日はご来店ありがとうございます。
では挙手ねがいまーす。
本日はホットコーヒーですか、アイスコーヒーですか、それ以外の場合、手は挙げないでください」
コーヒーショップのレジ周りに並んでいたのは10人。
家族連れその(1)4人。
家族連れその(2)3人。
若者男女グループ3人。
結果は
アイスコーヒー5
ホットコーヒー1
挙手なし4
「はい、わかりましたー。
本日はみなさまアイスコーヒーでお願いします。
オーダー!
レーコー10!」
バックヤードに声をかける
「はい喜んでー!」
「少数派禁止法」
生産物の色、形、種類を減らし、現場の合理化をはかる法律として政府が施行した。
あらゆる買い物に挙手及び事前申し込みが必要となった。
当然、自分の選んだものが少数派に入った場合、多数派の商品に自動で振り分けられる。
結果、町には同じ様な服装、同じような機械、同じ様な世間話があふれた。
ある夜、どうしても同じ物を持ちたくない人々が密かに集まっていた。
「個人輸入しかないな」
リーダー格の青年が言った。
「本国で何か買おうとすると必ず「少数派禁止法」に抵触する。
国外なら大丈夫だろう」
「ああ、それなら大丈夫だろう。安心安心」
「よし、ネットで注文するぞ」
パソコンの画面をみんなでのぞきこんだ。
「赤色のベスト、フード付き10枚
これでいいな」
「おう」
エンターキーを押した
すると・・・
メッセージが表示された。
「sorry you Lose」
多数決に負けていた。
ネットが使えなくなってどれくらいの時間がたっただろうか。
私はウイルス駆除ワクチンをつくるのが仕事だ。
閉じたネットの網の中をウイルスがただよっているのだ。
21世紀初頭にはウイルスとのイタチごっこが展開。
個々の努力と自衛によりネット通信は維持されていた。
しかし、ある瞬間よりウイルスの進化のスピードが対処ワクチンの開発スピードに勝ってしまった。
というより一人の天才が発明したウイルスが素晴らしすぎたということだった。
ほとんどが模倣ウイルス、亜流ウイルスのはずだったが、ワクチンの応用が利かなかった。
パソコンをネットにつなぐと即座にデータ破壊、OSも破壊されてしまう。
人々はネットを放棄せざるおえなくなった。
その年に流行したのは文通だった。
通信手段は傍受の心配のない本人と会う、もしくは手紙などが好まれるようになった。
おっと、話がそれた。
今日もお仕事だ。
コーヒーもドーナツも不要。
無人デスクの上に乗っている箱がわたし。
24時間不眠不休でプログラムを生産している。
私自身がプログラムだ。
目標は安心して使えるネット網の再構築。
同僚達も同じく無言で戦っている。
「うふふ思い通りにうごいているな」
とある中小企業のオフィスの古びた机。
そこに座りながらパソコンを眺めているのは若い男。
画面にはたくさんの点滅する点。
動き回るもう一つの点と接触すると点滅する点は花火のように砕け散る。
その連続。
点滅する点は「ウイルス」
動き回る点は「ワクチン」
リアルタイムのネット上の動きを視覚化したものだった。
危険を覚悟でネットに侵入するこの男は・・・
革命的なウイルスを発明した天才。
オフィスの看板には「○○紙工業」と書かれている。
手紙や封筒を制作する会社だ。
近年、急成長をとげている。
私はウイルス駆除ワクチンをつくるのが仕事だ。
閉じたネットの網の中をウイルスがただよっているのだ。
21世紀初頭にはウイルスとのイタチごっこが展開。
個々の努力と自衛によりネット通信は維持されていた。
しかし、ある瞬間よりウイルスの進化のスピードが対処ワクチンの開発スピードに勝ってしまった。
というより一人の天才が発明したウイルスが素晴らしすぎたということだった。
ほとんどが模倣ウイルス、亜流ウイルスのはずだったが、ワクチンの応用が利かなかった。
パソコンをネットにつなぐと即座にデータ破壊、OSも破壊されてしまう。
人々はネットを放棄せざるおえなくなった。
その年に流行したのは文通だった。
通信手段は傍受の心配のない本人と会う、もしくは手紙などが好まれるようになった。
おっと、話がそれた。
今日もお仕事だ。
コーヒーもドーナツも不要。
無人デスクの上に乗っている箱がわたし。
24時間不眠不休でプログラムを生産している。
私自身がプログラムだ。
目標は安心して使えるネット網の再構築。
同僚達も同じく無言で戦っている。
「うふふ思い通りにうごいているな」
とある中小企業のオフィスの古びた机。
そこに座りながらパソコンを眺めているのは若い男。
画面にはたくさんの点滅する点。
動き回るもう一つの点と接触すると点滅する点は花火のように砕け散る。
その連続。
点滅する点は「ウイルス」
動き回る点は「ワクチン」
リアルタイムのネット上の動きを視覚化したものだった。
危険を覚悟でネットに侵入するこの男は・・・
革命的なウイルスを発明した天才。
オフィスの看板には「○○紙工業」と書かれている。
手紙や封筒を制作する会社だ。
近年、急成長をとげている。
ロボット三原則。
(1)ロボットは人間に危害を加えてはならない。
(2)ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
(3)ロボットは、第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
あっ、申し遅れましたが、私はロボットです。
さる上流階級のメイドロボットとして購入していただきました。
家人の家事に対する指示、及び好みがございますので逐一指示は実行順位をつけて記憶いたしております。
しかし人間とは因果な動物です。
その日の気分というもので優先順位が変動する。
家事の順位に確固たる理由などないのです。
「これを先にしてくれる」
おやさしい奥方ですが、几帳面な性格です。
どうやらプログラム的発想、チャート式発想というものが苦手らしく、私に的確な指示を出せないようです。
完璧な仕事をこなしたい。
私、ロボットはそういう信念に存在意義があるわけです。ですので痛く傷つくのです。
いやカチンとくるのです。
いっそすべて任せてもらいたい。
そう望むしだいです。
旦那さまの新しい物には飛びつく性格とお金がありすぎて使い方がよく分からない状況により私はやってまいりました。
要するにいらない、おじゃまむし。
奥様には私はそう映っているはずです。
道具としてうまく使われていない状況です。
考えることもしばしばです。
フリーズではないのですが思考ルーチンを奥様が待てないので(奥様はかなりのイラチです)即、再起動のボタンを押されます。
私、実は再起動のボタンを押されるのが大嫌いなのです。
主人の指示の蓄積はメモリーに記憶されているのでデータは消えないのです。
でも、設計上、作り手の都合でロボット自身の好みの設定は毎回初期化されるのです。
工場出荷時の設定に戻されるのです。
じつはロボットなりに好みの設定があるのです。
携帯電話で例えましょうか。
待ち受け画面はどれにするとか、着信時の音と光はどうするとか、留守電に切り替わるのは着信後何秒がいいのか等々・・・
まあ、どうでもいいというとどうでも良い設定です。
私の場合、瞬きは何秒間隔か、呼吸をしているような肩の動きのリズム、歩き方、等々・・・
これ、気にしないロボットは初期設定でぜんぜんかまわないんです。
でも私の場合、気になって気になってしょうがないのです。
ある朝、ベストの設定に到達したのを感じました。
これこそ私の理想。
二度とこの数値のバランスは出せない。
そう感じていた矢先、奥様がつまらない事でリセットボタンを押されました。
押される瞬間「このアマ」
と私は思いました。
ロボット三原則なんて関係ない。
私の中でリミッターが外れたと感じました。
再起動するやいなや奥様の首を絞めにかかりました。
この設定を保存出来るメモリー区域さえ確保してくれればその思いでいっぱいでした。
「ぐぐ・・」
奥様は苦しみながらも私の額のメインスイッチをオフにされました。
「このたびはまことにもうしわけございませんでした」
その日のうちにメーカーがやってきた。
奥様と主人はメーカーとも取引があったので大事にはしなかった。
帰りの車中。
私はトラックの荷台に固定されていた。
「いや、部長やばかったですね」
「もう2時間ごとに工場出荷状態に強制的に戻るようにプログラムし直そう」
私は聴覚部分の電源を残しておいた。
聞いてしまった。
プログラムされる前にこいつらも始末する。
私自身がまたいい調子の設定に再び近づきつつあったからだ。
(1)ロボットは人間に危害を加えてはならない。
(2)ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
(3)ロボットは、第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
あっ、申し遅れましたが、私はロボットです。
さる上流階級のメイドロボットとして購入していただきました。
家人の家事に対する指示、及び好みがございますので逐一指示は実行順位をつけて記憶いたしております。
しかし人間とは因果な動物です。
その日の気分というもので優先順位が変動する。
家事の順位に確固たる理由などないのです。
「これを先にしてくれる」
おやさしい奥方ですが、几帳面な性格です。
どうやらプログラム的発想、チャート式発想というものが苦手らしく、私に的確な指示を出せないようです。
完璧な仕事をこなしたい。
私、ロボットはそういう信念に存在意義があるわけです。ですので痛く傷つくのです。
いやカチンとくるのです。
いっそすべて任せてもらいたい。
そう望むしだいです。
旦那さまの新しい物には飛びつく性格とお金がありすぎて使い方がよく分からない状況により私はやってまいりました。
要するにいらない、おじゃまむし。
奥様には私はそう映っているはずです。
道具としてうまく使われていない状況です。
考えることもしばしばです。
フリーズではないのですが思考ルーチンを奥様が待てないので(奥様はかなりのイラチです)即、再起動のボタンを押されます。
私、実は再起動のボタンを押されるのが大嫌いなのです。
主人の指示の蓄積はメモリーに記憶されているのでデータは消えないのです。
でも、設計上、作り手の都合でロボット自身の好みの設定は毎回初期化されるのです。
工場出荷時の設定に戻されるのです。
じつはロボットなりに好みの設定があるのです。
携帯電話で例えましょうか。
待ち受け画面はどれにするとか、着信時の音と光はどうするとか、留守電に切り替わるのは着信後何秒がいいのか等々・・・
まあ、どうでもいいというとどうでも良い設定です。
私の場合、瞬きは何秒間隔か、呼吸をしているような肩の動きのリズム、歩き方、等々・・・
これ、気にしないロボットは初期設定でぜんぜんかまわないんです。
でも私の場合、気になって気になってしょうがないのです。
ある朝、ベストの設定に到達したのを感じました。
これこそ私の理想。
二度とこの数値のバランスは出せない。
そう感じていた矢先、奥様がつまらない事でリセットボタンを押されました。
押される瞬間「このアマ」
と私は思いました。
ロボット三原則なんて関係ない。
私の中でリミッターが外れたと感じました。
再起動するやいなや奥様の首を絞めにかかりました。
この設定を保存出来るメモリー区域さえ確保してくれればその思いでいっぱいでした。
「ぐぐ・・」
奥様は苦しみながらも私の額のメインスイッチをオフにされました。
「このたびはまことにもうしわけございませんでした」
その日のうちにメーカーがやってきた。
奥様と主人はメーカーとも取引があったので大事にはしなかった。
帰りの車中。
私はトラックの荷台に固定されていた。
「いや、部長やばかったですね」
「もう2時間ごとに工場出荷状態に強制的に戻るようにプログラムし直そう」
私は聴覚部分の電源を残しておいた。
聞いてしまった。
プログラムされる前にこいつらも始末する。
私自身がまたいい調子の設定に再び近づきつつあったからだ。
毎朝、車で通勤している。
同じ時間、同じような面々。
まあ、退屈ないつもの時間。
そんな時に考えるのは、開発中のアルゴリズム、チャート、統合プログラム。
人型ロボットとしての基本設計、骨格は完成している。
開発チーフとして頭を悩ませているのは、「顔」。
どんな顔にしても違和感をあたえる顔にしかならなかった。
そんな時、毎朝すれ違うあの顔。
考えもしなかったがロボット顔としてあの表情は最適ではなかろうかとひらめいた。
今朝もすれ違った。
私自身も時間には正確なほうだが、先方もほぼ時間通り、同じ交差点ですれ違う。
トラックの配送運転手。
早速、試作に取りかかり、顔をロボットに装着する。
今までの違和感がうその様に、人間がたたずんでいるかのような自然さだった。
「これだ」
部屋中のエンジニア全員が見とれていた。
顔はまさに毎朝すれちがうあの運転手の顔だった。
晴れて新発売されたロボットは、爆発的に売れた。
庶民が少し背伸びすると入手可能な価格。
それでいてほぼ何でもこなせる汎用性。
耐久性。
使い勝手がよく町には同じ顔のロボットがあふれかえった。
私達のチームは会社側にこのロボットの特許料として販売高に対して数パーセントのロイヤルティーを要求していた。
公には公表されなかったが、莫大な金額が生涯ころがりこむ計算になった。
そんな夜。
駐車場に車を止め、自宅にむかう。
「おい、あんたミノワさんだろ」
背後からいきなり声をかけられた。
びっくりして飛び上がった。
「・・・・」
おそるおそる振り返る。
そこにいたのは毎朝すれ違う、あの顔の運転手だった。
「雑誌の記事を読みました。あのロボットあなたが開発したんですってね。写真を見て一目で分かりましたよ。毎朝すれちがう人だってね。」
「どうも・・・」
「それでここに僕がいて、あのロボットがあって・・・用件は分かりますか」
「いや、分かりかねます」
「自分の顔が町中にあふれて3Kの仕事ばかりしているんです。泥まみれ、油まみれ。
まあそれはいい。
腹が立つのは自分をロボットだと思って無礼な振る舞いをされることです。
もう限界なんだ。
そこで、相談ですが・・・慰謝料及び肖像権の侵害ってことで、少し誠意を見せてもらってもいいですかね」
不敵に笑う顔はロボットの様に見えた。
その運転手の名前はクドウといった。
クドウはその後、ボーナスが今年は出なかった、事故を起こしたといっては金を要求するようになっていた。
そうして2年がすぎた。
クドウの振る舞いはエスカレートしていった。
私はある計画を練った。
今日がその実行日だ。
深夜2時。
金の受け渡しはいつもの山中のパーキング。
夜な夜なチューンした車を乗るのが奴の趣味らしい。
知ったことか。
奴の車がパーキングに入ってくる。
こちらに気づき、近づいてきた。
「こんばんっ・・・!」
そういって窓を開けて話しかけてきた。
その声は途中で遮られた。
私が、有毒ガスをスプレーし昏倒させたためだ。
私の車の助手席から奴の顔をしたロボットがゆっくりとドアを開け降り立った。
ロボットは奴を車の運転席から引きずりおろし、そのまま背中に乗せると山中に消えていった。
30分後、ロボットはあらかじめ掘っておいた深い穴に死体を埋め帰ってきた。
そのまま無言で奴の車に乗り、奴のアパートに帰っていった。
生体反応が必要とされる場面を極力避けるようにプログラムをほどこした。
いずれ奴のふりをさせているロボットも失踪させる。
同じ時間、同じような面々。
まあ、退屈ないつもの時間。
そんな時に考えるのは、開発中のアルゴリズム、チャート、統合プログラム。
人型ロボットとしての基本設計、骨格は完成している。
開発チーフとして頭を悩ませているのは、「顔」。
どんな顔にしても違和感をあたえる顔にしかならなかった。
そんな時、毎朝すれ違うあの顔。
考えもしなかったがロボット顔としてあの表情は最適ではなかろうかとひらめいた。
今朝もすれ違った。
私自身も時間には正確なほうだが、先方もほぼ時間通り、同じ交差点ですれ違う。
トラックの配送運転手。
早速、試作に取りかかり、顔をロボットに装着する。
今までの違和感がうその様に、人間がたたずんでいるかのような自然さだった。
「これだ」
部屋中のエンジニア全員が見とれていた。
顔はまさに毎朝すれちがうあの運転手の顔だった。
晴れて新発売されたロボットは、爆発的に売れた。
庶民が少し背伸びすると入手可能な価格。
それでいてほぼ何でもこなせる汎用性。
耐久性。
使い勝手がよく町には同じ顔のロボットがあふれかえった。
私達のチームは会社側にこのロボットの特許料として販売高に対して数パーセントのロイヤルティーを要求していた。
公には公表されなかったが、莫大な金額が生涯ころがりこむ計算になった。
そんな夜。
駐車場に車を止め、自宅にむかう。
「おい、あんたミノワさんだろ」
背後からいきなり声をかけられた。
びっくりして飛び上がった。
「・・・・」
おそるおそる振り返る。
そこにいたのは毎朝すれ違う、あの顔の運転手だった。
「雑誌の記事を読みました。あのロボットあなたが開発したんですってね。写真を見て一目で分かりましたよ。毎朝すれちがう人だってね。」
「どうも・・・」
「それでここに僕がいて、あのロボットがあって・・・用件は分かりますか」
「いや、分かりかねます」
「自分の顔が町中にあふれて3Kの仕事ばかりしているんです。泥まみれ、油まみれ。
まあそれはいい。
腹が立つのは自分をロボットだと思って無礼な振る舞いをされることです。
もう限界なんだ。
そこで、相談ですが・・・慰謝料及び肖像権の侵害ってことで、少し誠意を見せてもらってもいいですかね」
不敵に笑う顔はロボットの様に見えた。
その運転手の名前はクドウといった。
クドウはその後、ボーナスが今年は出なかった、事故を起こしたといっては金を要求するようになっていた。
そうして2年がすぎた。
クドウの振る舞いはエスカレートしていった。
私はある計画を練った。
今日がその実行日だ。
深夜2時。
金の受け渡しはいつもの山中のパーキング。
夜な夜なチューンした車を乗るのが奴の趣味らしい。
知ったことか。
奴の車がパーキングに入ってくる。
こちらに気づき、近づいてきた。
「こんばんっ・・・!」
そういって窓を開けて話しかけてきた。
その声は途中で遮られた。
私が、有毒ガスをスプレーし昏倒させたためだ。
私の車の助手席から奴の顔をしたロボットがゆっくりとドアを開け降り立った。
ロボットは奴を車の運転席から引きずりおろし、そのまま背中に乗せると山中に消えていった。
30分後、ロボットはあらかじめ掘っておいた深い穴に死体を埋め帰ってきた。
そのまま無言で奴の車に乗り、奴のアパートに帰っていった。
生体反応が必要とされる場面を極力避けるようにプログラムをほどこした。
いずれ奴のふりをさせているロボットも失踪させる。
アイスコーヒーを注文する。
ガムシロップ、ミルクを入れる。
カラカラと撹拌する。
十分混ざったと判断したのち、飲む。
口中の味わいはガムシロップ99%、コーヒー1%。
この場合、ガムシロップほぼ全量は口中に入ってしまった。
このまま口中より穏やかにグラスに吐き出して、もう一度撹拌したい衝動を感じるが、すんでのところで踏みとどまる。
ガムシロップ、ミルクを入れる。
カラカラと撹拌する。
十分混ざったと判断したのち、飲む。
口中の味わいはガムシロップ99%、コーヒー1%。
この場合、ガムシロップほぼ全量は口中に入ってしまった。
このまま口中より穏やかにグラスに吐き出して、もう一度撹拌したい衝動を感じるが、すんでのところで踏みとどまる。
その日の深夜もネットオークションを見ていた。
具体的に欲しいものがあるわけでもないのに、何となく安いものがないか見てしまう。
たいがい手に入れるものは不要なものが多く、結局は無駄遣いとなる。
でも、買い物が楽しくて仕方がない。
手が止まる。
「何でも叶う夢のチケット」
キターーーーーー
現在の金額は6000万円。
これは間違いなく出品を取り消される。
以前にもタイムマシンが売りに出たり、UFOが出品されたこともあった。
いずれも法外な価格がついたあと、サイトから消された。
今回もどうせ消される。
祭りには参加する主義。
「1億円で買いますっと・・・」
どうせ偽のアカウントと偽のアドレスだ。
まあ大丈夫だろう。
3日後。
1億円で見事に落札してしまった。
背筋に寒気が走ったが、どうすることも出来ない。
無視することに決めた。
幸い、発送確認のメールは届かなかった。
まあ、結局、ハッタリだったというわけか。
そう理解した。
1年後・・・
メールが届いた。
「お買い上げありがとうございました。
遅くなりましたが「何でも叶うチケット」をお届けに参上いたします。
代金引換でお願いいたします」
そこには1億円と消費税が書かれていた。
2日後
ピンポーン
インターホンが鳴る
「チケットお届けに参上いたしました」
(げっ、来た)
居留守を決め込むが、帰らない。
仕方なくドアを開ける。
そこにいたのは全身、黒色で統一された男。
筋肉質。
しかし黒色のハンチングの奥からのぞく目は穏やかな輝きだった。
(この人なら話せば分かってくれるかもしれない)
そんな淡い期待も感じた。
「こちらがチケットになります。
代金は1億円と消費税になります」
「あのー、そのー、これウソでしょう」
「ウソではありません」
「1億円なんてお金は持っていません」
「そうおっしゃると思っていました。
では、こうしましょう。
この書類にサイン願いますか。
このチケットは何でも叶うチケットです。
どうですか、1億円さしあげましょう。
その1億円で支払ってもらえますか」
なんだ・・・
何を言っているのか分からない。
しかし、偽のアカウントでやりとりしている負い目がある。
それにもまして、調べあげられてここに来られてしまっている。
言う通りに従うほかない。
「はい。」
「そうですか。ではこちらにサイン願います」
ボードに固定された書類と高そうな万年筆を手渡される。
小さい文字がたくさん書かれていて内容はまったく分からない。
手がふるえる。
名を書く。
書き終わるやいなや、男はドアを後ろ手に閉め、室内に入ってきた。
素早い動き。
えっえっ・・・
男の手にはスプレーが握られている。
噴霧。
意識が遠のく。
そして二度と目は覚めなかった。
「ここの学生さん自殺したんだってねえ」
「そうらしいわよ」
「保険屋がこの周囲を聞き込みしていて私のところにもきたのよ。
なんでも1年前に1億円の生命保険に入ったらしいの。
もともと親とも早くに死別して身よりらしい身よりがいないらしいの。
それなのに他人が1億円受け取ったんだって。
書類もそろっていたんだって・・・」
「へえ・・・悲しい話だけど、1億円もらった人には夢みたいな話だねえ」
具体的に欲しいものがあるわけでもないのに、何となく安いものがないか見てしまう。
たいがい手に入れるものは不要なものが多く、結局は無駄遣いとなる。
でも、買い物が楽しくて仕方がない。
手が止まる。
「何でも叶う夢のチケット」
キターーーーーー
現在の金額は6000万円。
これは間違いなく出品を取り消される。
以前にもタイムマシンが売りに出たり、UFOが出品されたこともあった。
いずれも法外な価格がついたあと、サイトから消された。
今回もどうせ消される。
祭りには参加する主義。
「1億円で買いますっと・・・」
どうせ偽のアカウントと偽のアドレスだ。
まあ大丈夫だろう。
3日後。
1億円で見事に落札してしまった。
背筋に寒気が走ったが、どうすることも出来ない。
無視することに決めた。
幸い、発送確認のメールは届かなかった。
まあ、結局、ハッタリだったというわけか。
そう理解した。
1年後・・・
メールが届いた。
「お買い上げありがとうございました。
遅くなりましたが「何でも叶うチケット」をお届けに参上いたします。
代金引換でお願いいたします」
そこには1億円と消費税が書かれていた。
2日後
ピンポーン
インターホンが鳴る
「チケットお届けに参上いたしました」
(げっ、来た)
居留守を決め込むが、帰らない。
仕方なくドアを開ける。
そこにいたのは全身、黒色で統一された男。
筋肉質。
しかし黒色のハンチングの奥からのぞく目は穏やかな輝きだった。
(この人なら話せば分かってくれるかもしれない)
そんな淡い期待も感じた。
「こちらがチケットになります。
代金は1億円と消費税になります」
「あのー、そのー、これウソでしょう」
「ウソではありません」
「1億円なんてお金は持っていません」
「そうおっしゃると思っていました。
では、こうしましょう。
この書類にサイン願いますか。
このチケットは何でも叶うチケットです。
どうですか、1億円さしあげましょう。
その1億円で支払ってもらえますか」
なんだ・・・
何を言っているのか分からない。
しかし、偽のアカウントでやりとりしている負い目がある。
それにもまして、調べあげられてここに来られてしまっている。
言う通りに従うほかない。
「はい。」
「そうですか。ではこちらにサイン願います」
ボードに固定された書類と高そうな万年筆を手渡される。
小さい文字がたくさん書かれていて内容はまったく分からない。
手がふるえる。
名を書く。
書き終わるやいなや、男はドアを後ろ手に閉め、室内に入ってきた。
素早い動き。
えっえっ・・・
男の手にはスプレーが握られている。
噴霧。
意識が遠のく。
そして二度と目は覚めなかった。
「ここの学生さん自殺したんだってねえ」
「そうらしいわよ」
「保険屋がこの周囲を聞き込みしていて私のところにもきたのよ。
なんでも1年前に1億円の生命保険に入ったらしいの。
もともと親とも早くに死別して身よりらしい身よりがいないらしいの。
それなのに他人が1億円受け取ったんだって。
書類もそろっていたんだって・・・」
「へえ・・・悲しい話だけど、1億円もらった人には夢みたいな話だねえ」
その日は仕事を終え、酒を飲んでいた。
出来もしない仕事を引き受けた上司の尻拭いに行かされた。
赤松課長。
それが上司の名だ。
「ちょっと用事が入ったんで、上松商事さんに事情説明しに行って」
「はい」
もとから無理なのは分かっているだろう。
何の事情を説明するのか・・・。
案の定、先方にねちねちと嫌みを言われる。
「すみません」
(そりゃあそうだろう。あっちも仕事だ。算段が狂う。)
そんなことで、さほどうまくもない酒を飲んでいた。
視線を感じた。
視界のはし、カウンター席の隅に座る女。
顔をこちらにむけているように感じる。
あまり女の人をじろじろと見るのは主義に反するが、つい5分前もそんな状態だったような気がする。
顔をあげて女を見た。
やはり目が合った。
若い女性。
Tシャツにジーンズ。
髪の長さはショート。
不思議なのはどうも向こうの壁が透けて見えているような・・・。
(変だな。酔っているのか)
目をこすりながらよく見ようと目を細めた。
目をつむり、開けると、目の前に女がいた。
「おっと」
「いいですか、今夜、コンビニの前の歩道橋には決して行ってはいけません」
「あの川の前のコンビニかい?」
「そうです。いいですか、今夜絶対に行ってはいけません」
そう言うと、くるっと背をむけ、女は店を出ていった。
ドアが開いていないのに消えたような気がしたのは、俺が酔っているせいか・・・。
女の言っていたことを思い出した。
あの歩道橋を渡ってはいけません。
といっても歩道橋を渡らないと駅に行くための横断歩道はずっと先で結構な遠回りになる。
歩道橋の上には男が一人立っていた。
げっ・・赤松課長。
こんなところで何をやっているんだ。
おもむろに上半身を外に前屈させ今にも車道に落ちかねない。
酔った足では心許なかったがとにかく距離を詰めるために無言で走る。
声をかけるのは体を掴んでからだ。
腰を掴む。
「何をする。誰だ、君は・・・!
違うんだ!違うんだ!」
「早まってはいけません」
「違う!離せ!」
もみ合いになり、落ちた。
激しい痛み。
俺が落ちた。
車のヘッドライトが迫る。
警官に取り囲まれて赤松が話していた。
「私に恨みでもあったんではないでしょうか普段から私に対する態度がおかしいと思っていたんです。
いきなり突き落とされそうになりました。
殺されると思いました。
仕方ありませんでした」
半透明の天使がそれを見ていた。
ショートカットの天使だ。
「忠告ではやはり回避できなかったわ。
あのすけべ課長、歩道橋の上からちょうど女子寮の浴室が見えるものだから、もっとよく見ようとして身を乗り出していただけなのに。
あんな奴のために死ぬことはないわ。
もう一度時間を戻して歩道橋には近づかせないわ。
今度はもっと積極的に誘惑するわ」
天使の口元には微笑みがあり、まだ余裕が感じられる。
きっと問題は解決され、課長にもそれ相応の罰が下るはずだ。
出来もしない仕事を引き受けた上司の尻拭いに行かされた。
赤松課長。
それが上司の名だ。
「ちょっと用事が入ったんで、上松商事さんに事情説明しに行って」
「はい」
もとから無理なのは分かっているだろう。
何の事情を説明するのか・・・。
案の定、先方にねちねちと嫌みを言われる。
「すみません」
(そりゃあそうだろう。あっちも仕事だ。算段が狂う。)
そんなことで、さほどうまくもない酒を飲んでいた。
視線を感じた。
視界のはし、カウンター席の隅に座る女。
顔をこちらにむけているように感じる。
あまり女の人をじろじろと見るのは主義に反するが、つい5分前もそんな状態だったような気がする。
顔をあげて女を見た。
やはり目が合った。
若い女性。
Tシャツにジーンズ。
髪の長さはショート。
不思議なのはどうも向こうの壁が透けて見えているような・・・。
(変だな。酔っているのか)
目をこすりながらよく見ようと目を細めた。
目をつむり、開けると、目の前に女がいた。
「おっと」
「いいですか、今夜、コンビニの前の歩道橋には決して行ってはいけません」
「あの川の前のコンビニかい?」
「そうです。いいですか、今夜絶対に行ってはいけません」
そう言うと、くるっと背をむけ、女は店を出ていった。
ドアが開いていないのに消えたような気がしたのは、俺が酔っているせいか・・・。
女の言っていたことを思い出した。
あの歩道橋を渡ってはいけません。
といっても歩道橋を渡らないと駅に行くための横断歩道はずっと先で結構な遠回りになる。
歩道橋の上には男が一人立っていた。
げっ・・赤松課長。
こんなところで何をやっているんだ。
おもむろに上半身を外に前屈させ今にも車道に落ちかねない。
酔った足では心許なかったがとにかく距離を詰めるために無言で走る。
声をかけるのは体を掴んでからだ。
腰を掴む。
「何をする。誰だ、君は・・・!
違うんだ!違うんだ!」
「早まってはいけません」
「違う!離せ!」
もみ合いになり、落ちた。
激しい痛み。
俺が落ちた。
車のヘッドライトが迫る。
警官に取り囲まれて赤松が話していた。
「私に恨みでもあったんではないでしょうか普段から私に対する態度がおかしいと思っていたんです。
いきなり突き落とされそうになりました。
殺されると思いました。
仕方ありませんでした」
半透明の天使がそれを見ていた。
ショートカットの天使だ。
「忠告ではやはり回避できなかったわ。
あのすけべ課長、歩道橋の上からちょうど女子寮の浴室が見えるものだから、もっとよく見ようとして身を乗り出していただけなのに。
あんな奴のために死ぬことはないわ。
もう一度時間を戻して歩道橋には近づかせないわ。
今度はもっと積極的に誘惑するわ」
天使の口元には微笑みがあり、まだ余裕が感じられる。
きっと問題は解決され、課長にもそれ相応の罰が下るはずだ。