悲しい出来事も体験しています。
今日は大切な人の命日です。何故か?大切な人を失ってみて初めて分かった事なのですが、巷で言われている「命日」「月命日」など、私にとってはあまり重要な気がいたしません。
慣例に従って「何回忌」等は行いますが・・・・
大切な人を失って初めて分かった事は、「命日はもっとも思い出したくない嫌な日です。」世間一般ではどうしても「命日」という事を重んじているような風潮ですが?お彼岸とかお盆のほうが私は受け止める事が出来ます。
私はどうしてもこれに納得がいきません。sazae3は少し変わりものなのでしょうか?
体験したものでなければ分からない事なのではないかとも思うのです。
亡くなった人を想い起こす時に大切なのは誕生日ではないかといつも感じます。
またこの日を苦々しい思いで迎えております。亡くなった日なんてあまり重要ではないのです。sazae3にとっては・・・生まれた日が大切な日なのです。
こんな事誰も思わない事でしょうね。やっぱりsazae3は変わりものかなぁ?
◆実はもっと変わり者で、誕生会は誕生会として同等に母親への感謝の日であるとも考えております!!
◆実家では月命日に坊さんが檀家の家庭の仏壇へ御勤めに廻りますが50回忌が来ないとクリアにならないとかで檀家の数が多いと廻り切れないようで実家では33~50回忌までの先祖は纏めた命日にして貰っていました!!
亡くなった事情にもよりますけれど。
50回忌とは?・・大変ですね。亡くなったかたはそれほど残された方を煩わせている事に、気が付いているのかしら?
でも仏事でもなかったら、親戚が集まる事は無いですから・・・その意味では、大切な行事なのでしょうか?
出来る事なら、忌わしい命日は忘れたいです。
お知り合いの命日を沢山覚えておられる方がいらっしゃいますが?凄いな!と思います。
私は嫌な事はすぐに忘れてしまうほうなのです。
sazae3のお気持ちはお察しできます。
大切な人を失った日と考えると本当に
思い出したくない日ですね。
誕生日のほうが、生きていれば何歳・・・と
その人を偲ぶことが出来ます
とはいえ、仏事の決め事で年期法要は淡々とやってきたのですが・・・
sazae3一人が変ということはないですよ。
お誕生日も忘れている暢気な部分もありますね(苦笑)
生きているうちが華ということですね。ますます元気に楽しく過ごす事を考えます。