朝日新聞2020.6.24
観光業界の「毒」抜く機会
この記事に目が留まりました。
アレックス・カーさん 著書に「観光亡国論」共著など東洋文化研究者
コロナ禍という災厄を日本の観光業が抱えている「毒」を解毒する機会と位置づけるべきだとお考えのようです。
全く私も同感で、我が意を得たりと食い入るように読んでしまいました。
むかし日本の製造業も公害問題という危機の時代に正面から向き合って対応し「健全」になった、観光業も同じと言っておられます。
全くその通りだなあと思いました。
ここ数年は明治神宮は昔お宮参りに行ったり都内に暮らしていた時代は何かと生活の一部に組み込まれて折々の生活の中に取り込んでいた家族の人生の中に組み込まれた場所でもありました。
近頃は写真の仲間などで出かけても、自分たち以外は大半が東南アジア人が犇めいていて、じっくりと心を静めてお参りするという様な気持ちに入り込むことなど出来ない場所になってしまったと感じておりました。
浅草などもそうです。
観光地に馴染めない大勢の観光客がどっと押しかけてしまい、なんだかなぁ・・・・と寂しさに暮れておりました。観光収入の事を考えたらそのような事を言っては居れない状態なのかもしれませんが、ここで少し立ち止まって考えたらよいのではと個人的に感じておりました。
今後の観光にはどのような道が選ばれるのか?この記事を読みまして、何かを期待したいものだなあと感じました。
地元の方が帰る抜け道を教えてくださったほどです。
(地元民も普段買い物に使う道も塞がれ、大変です)
10年ほど前、私がNZから送る写真に”どれも人が写っていない”と日本人の友達が驚いていました。日本の観光地で”人が写りこまない”写真を撮るのは、ほぼ不可能ですよね、言われてみれば。
”観光地”とはいったい???
私は”何もない所”が好きなので不便しませんが・・・
そうか!観光地とは”商売目的の場所”なのか。
良い流れが生まれることを期待したいです。
災いと転じて福となす。。。てことにならないかしら?