諦めない教育原理

特別支援教育は教育の原点と聞いたことがあります。
その窓からどこまで見えるか…。

67 アキくんの特等席

2020年02月22日 | エッセイ
早朝の三島大社。ここから小田原城下までを「箱根八里」。ほんとに32kmぴったりありました。

  昇降口の縦にならんだ下駄箱の前に小さな椅子がある。
通常、靴を履き替えるために使う。

 赤いラインのスクールバスがそろりと近づいてきて、昇降口前に横づけされ停まる。
前方の扉が開く。もうアキくんが、そこで降りるのを待っている。
 
 右足、左足、最後はジャンプして両足で着地。
着地が決まった体操選手のようにニヤリと笑う。

 先生に手を引かれ、不思議なステップ?を交えて昇降口まで来ると、上履きに履き替える。スムースだ。
訳がある。早く例の椅子に座ってバスを眺めたい。

アキくんはもう特等席にいる。

 子ども達を下したバスが停車場所を開けると、次の色のバスが角度を変えながら入ってくる。
両膝を手のひらで叩いて、次に2~3回拍手。もうバス大歓迎。

 バスが好き。彼はこういう特等席をもっている。
次のバスはまだか、首を伸ばすアキくんの横顔は無心だ。

 そんな様子をこちら側から見ていると、無心であることのが羨ましくも感じる。
子どものころの無心さの中で人は自分の特等席を見つけるのかな?
などとぼんやり考えていると、
「アキくん、そろそろ行くよ」
と担任の先生。

 ずっと特等席にはいられない。そういうものだ。
同級生も上履きに履き替え待っている。ずっとそこにいられない子もある。
その子たちを束ねる担任の先生もこっちを見てる。

 こんな時先生にも「手」がある。
まだバスに未練のある彼に近づき、教室のイラストが描かれたカードを見せ、
「お・わ・り」
と言う。いつも視覚支援。

 すると、特等席をさっと立ち上がり一度大きく手をたたく。
「仕方がない、行くか」
と心の中で言ったかどうか分からない。
 でもその時小さな決意があったことは確かである。
「ずっと座っているわけにはいかないな」
と。

 特等席を離れて現実に向かっていく。
大人になっていくということ?。

 子どもの無心から離れて、折り合いをつけた。
友達と先生と手をつないで、静かに廊下の奥に歩いて行く背中を見送る。頑張ったねぇ。

 思い出して時計を見る。
自分ももうすぐ来客対応だ。その後高等部に応援に入り、報告書2本、会議、打合せもあり今日も退勤は夜だ。
   こっちも「行くか」と思っている。


※「アキくん」は仮名です。

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