つぼみな日々

いろんな花の蕾をもっていたい。たくさんの花を咲かせたい。
言葉を紡ぎたい私のブログです。

一番元気な幹の裏

2012-09-24 21:15:34 | 日記
雨が止むのを待って、外に出る。
七分袖の服とショートパンツでは寒すぎたけれど、もう戻るのも面倒だから吹きすさぶ風と小雨に打たれながら近所に出かける。

私が花や植物を家に頻繁に連れ帰るようになってから一番の驚き。
冬仕様のむくむくとした、青梗菜が白い産毛を纏ったようなそんな様相の葉っぱ。
花屋さんのその場で触れてみると、思わず声を上げてしまいそうなほどのびっくりな柔らかさ。
そして、もっとびっくり、ふんわりと温かい。
仔猫の頭蓋骨を撫でているような、柔らかなハラコのバッグに触れているような、ベルベットの布に包まれているような。

水滴がついたような薄い塩味のアイスプラントを初めて見たとき、初めて食べたときも衝撃的だった。
でも葉っぱの温度や水分を湛えた感じは、ちゃんと植物だった。
でもこれは到底葉っぱとは思えない質感で、温度がある。
産毛に覆われているだけで中の芯の葉っぱはちゃんと葉っぱなのかと思ったけれど、産毛と葉っぱの境目がわからないくらいに布みたいに柔らかい。

名前を4度も5度も見て覚えてきたはずなのに思い出せなくて、調べてみるとそんなに珍しいものではないらしい、ラムズイヤー、という。
なるほど、「子羊の耳」という意味の名前。

ここにもあった、うそみたいなほんと。
うそみたいなほんと、は面白くて、どきどきする。
現実的ファンタジー感。

子羊の耳には温かそうな赤とオレンジの脳、ではなくてケイトウを合わせて。
早すぎる冬仕様の花瓶。


グレイズ・アナトミー シーズン7
出ていることを知らなかった。
そしてレンタル事情が悪いわるいと言い続けて、家の近くにレンタルDVDのお店が出来ていることも知らなかった。
さほど安くもないので常連になるかはわからないが、暇つぶしとしてこの近さは本当にありがたい。

いつ観ても秀逸なドラマだなあと思う。
私は2時間の映画の最中に寝てしまって、また途中から観るということが3回に1回くらいはあるのだが、このドラマを観ていて途中で寝てしまったことはない。
寧ろ、次の回を観てしまって寝るのがとても遅くなってしまったことはある。
しばらくはおそらくブルーハーツとハイロウズのDVDは少し置いておいてこちらになるだろう。

“変化”こそ不変のものである。

素直なことは全部が全部いいことではない。
ありのままであることも飾らないことも、自分が本当らしいと思える自分でいることも、とても大事なことだけれど。
それがもし、表出されるのが愚痴や不平不満が8割を占めているのなら、そんなのが本当らしい自分であるはずはない。
甘えや弱さは、あって然るべきものだけれど、それの表出だけでは解決されない。

“自分史”は顔に出る、身体に出る。
対自分だってとても難しい、対他人だともっと難しい。

時々、全部を隅に追いやって思う。

いろんなことが思い通りになったらいいのになあ