つぼみな日々

いろんな花の蕾をもっていたい。たくさんの花を咲かせたい。
言葉を紡ぎたい私のブログです。

甘え見下げて自由になる

2014-08-27 02:27:15 | 日記
ユーミンの「ひこうき雲」のコード進行の仕組みを教えてもらって、やってみる。
今まで私がやっていたような曲のコードとは少し感じが違って面白い。
メジャー7のコードは、なんとなく難しい感じがして今まで敬遠していたのだけれど、この曲はそれがないと成り立たないのできちんと理解もしてみる。

あと、オンコードの意味は一応理解していたけれど、ギターに適用するときに一番下の音が元のコードの押さえ方の近くにあればするし、なければ仕方がないものとしてすっ飛ばして弾いていた。
別でベースの人が弾けばいいから、とギターの先生は前に言っていて、私一人でやるにはベースはいないから音として厚みがなくなるだけで、悪い、ということはない。

しかし、ベース音がそうであるように、コードの一番下の音というのは支配力があって、全体の雰囲気を司る役目がある。
その曲の雰囲気や味わいの大きな要素になっていることが多い。

「ひこうき雲」におけるオンコードはとても重要であることを、実際にやってみるととてもよく分かる。
それに、コード譜そのまま弾くのではなく、要素を理解すればここをずらすだけで弾ける、ということを教わって、なるほど!と思う。
知らない、ということは不便なことである。

私はギターにおけるコード理論が好きみたいで、それを読み解けるのは嬉しい。
音楽に対して、「何をやっているのかわからない」という点が、私がそれを扱えない一つの理由であるから。


随分と涼しくなっている。
夏が大好きな私も、いつからか必要以上に夏の終わりを憂うことはなくなった。
むしろ、夏が大好きかどうかさえもよく分からない。
夜の冷房は好きなので、もう付けなくても良いのかと思うと淋しいけれど。

結局のところ、どんな季節も自分の気分次第でジャンプできる。
もちろん季節感に塗られる感情は多分にあるけれど、そのもはや前提のような共通認識から飛び出てジャンプできたとしたら。
私はそういうものが欲しいなと思う。

強めの風がカーテンをはためかせている。
銀杏の木は、このまま季節が進むと黄色くなって葉を散らすだろう。
乾燥した風は唇を荒らすかもしれない。

しかし確かに、今のこの切なげな気分は、まさに夏の終わりの空気に塗り込められているようにも思う。
今私は「本物の陰鬱さ」のようなものを抱えていて、それを季節が増長させているとも言える。
しかしやはり、例えば明日の真っ昼間に真夏のかんかん照りの猛暑になっても、「本物の陰鬱さ」は消えないだろう。
いや、それもやっぱりどうかは分からない。