◆ 春闘の賃上げ、恩恵を受けたのは誰なのか (東洋経済オンライン)
昨2014年4月の春闘では基本給のベースアップ(ベア)がプラス0.4%となった。しかし、その後の11カ月間で、平均的な労働者の基本給は0.1%減となった。これは名目ベースの数値であり、インフレーションと消費増税がどれほど実質賃金を押し下げるかを考える以前の問題だ。そして2015年の春闘賃上げに関する今日のニュースを読む前に考えておかなければならないことだ。
労働者の賃金上昇はアベノミクスの最大の課題の1つであり、2015年もそれは変わらないだろう。実質賃金の上昇がなければ、消費、そして経済全体の力強い復活はイメージしにくい。労働者の家庭の実質的な(物価調整後の)支出は、直近17カ月のうち16カ月で、前年比マイナスとなっている。これは、実質可処分所得が18カ月連続でマイナスとなっていることが大きい。
■ 誤解を招きやすい賃上げ率
新聞各紙は、今年の賃上げは久しぶりの高水準だとの見出しをつけている。経団連による派手な見積もりによれば、大企業の賃上げ率は2.6%だ。だが、典型的な労働者の立場に立てば、残念ながらこれらはすべて誤解を招きやすい数字だ。
まず、全労働者の17%しか春闘の交渉に関係しておらず、残る83%の労働者の賃上げ率はずっと低くなる。
交渉に関係している労働者を見ても、最大級の賃上げを享受できる国内最大手企業で働く者は全体の11%でしかない。円安の恩恵を最も享受してきたのは、トヨタ自動車など最大手メーカー2000社で働くわずか5%の労働者である。商工会議所と財界の3月の調査では、春闘にかかわっている中小企業のうち、今期賃上げを予定しているのは40%のみで、ベアを実施する企業はわずか20%にすぎない。
2.6%という数字が誤解を招きやすい第2の理由は、そこにはベアと定期昇給の両方が含まれるからである。実際、ほとんどが年齢上昇による定期昇給であり、ベアでの上昇は約0.8%にすぎない。
基本給と年功賃金の区別は極めて重要である。従業員全体の収入、そして消費者の購買力の一般的な向上に結び付くのは、基本給の上昇分のみだからだ。
年功賃金の下では、労働者個人の賃金は50歳代前半に達するまで年を重ねるとともに上昇する。その後、賃金は年をとるごとに下降する。社内の従業員の年齢分布が変化しない限り、定期昇給しかないのであれば、全従業員の総収入はまったく増えない。
一方、ベアを行えば賃金カーブ全体、すなわち全労働者に対する支払い全体が増加する。2014年以前に企業が基本給を相当量引き上げたのは、ベアが約1%だった1998年が最後である。1980年代後半には、基本給は1年に2~4%上昇していた。このため0.5%程度の上昇であっても、あるべき方向へのステップだといえる。
■ 労働者の高齢化が賃金の下降圧力に
他方で、報道によれば、2%の物価目標の達成には、基本給の1%上昇が必要だと日本銀行は考えている。さらに、日銀が2%の物価目標に近い数値を実現したとしても、名目賃金の1%上昇は1%の実質賃金減少を意味する。
一方、高齢化が年功賃金システムを通じて賃金の下降圧力を高める。賃金は50~54歳で頭打ちになる。その後、55~59歳ではほぼ6%減り、60~64歳ではさらに30%減少する。しかし50歳以上の労働者は増加しており、年功賃金システムが賃金カットを意味する年齢ゾーンにすでに入ったか、すぐに入る労働者が増えていることを意味する。
1968年には、50歳以上の労働者は労働人口の20%にすぎなかった。今日では、この割合は40%まで上昇している。そして、全体の30%がすでに55歳以上なのだ。高齢労働者が多数派を占める日もそう遠くはない。
今年は大規模な賃上げが行われると予測する見出しを信じる前に、実際の証拠が出るまで待ってみよう。昨年の状況を思い出すべきだ。
(週刊東洋経済2015年5月2日・9日合併号)
リチャード・カッツ:本誌特約記者(在ニューヨーク)
『東洋経済オンライン - Yahoo!ニュース』(2015/5/10)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150510-00067981-toyo-bus_all
昨2014年4月の春闘では基本給のベースアップ(ベア)がプラス0.4%となった。しかし、その後の11カ月間で、平均的な労働者の基本給は0.1%減となった。これは名目ベースの数値であり、インフレーションと消費増税がどれほど実質賃金を押し下げるかを考える以前の問題だ。そして2015年の春闘賃上げに関する今日のニュースを読む前に考えておかなければならないことだ。
労働者の賃金上昇はアベノミクスの最大の課題の1つであり、2015年もそれは変わらないだろう。実質賃金の上昇がなければ、消費、そして経済全体の力強い復活はイメージしにくい。労働者の家庭の実質的な(物価調整後の)支出は、直近17カ月のうち16カ月で、前年比マイナスとなっている。これは、実質可処分所得が18カ月連続でマイナスとなっていることが大きい。
■ 誤解を招きやすい賃上げ率
新聞各紙は、今年の賃上げは久しぶりの高水準だとの見出しをつけている。経団連による派手な見積もりによれば、大企業の賃上げ率は2.6%だ。だが、典型的な労働者の立場に立てば、残念ながらこれらはすべて誤解を招きやすい数字だ。
まず、全労働者の17%しか春闘の交渉に関係しておらず、残る83%の労働者の賃上げ率はずっと低くなる。
交渉に関係している労働者を見ても、最大級の賃上げを享受できる国内最大手企業で働く者は全体の11%でしかない。円安の恩恵を最も享受してきたのは、トヨタ自動車など最大手メーカー2000社で働くわずか5%の労働者である。商工会議所と財界の3月の調査では、春闘にかかわっている中小企業のうち、今期賃上げを予定しているのは40%のみで、ベアを実施する企業はわずか20%にすぎない。
2.6%という数字が誤解を招きやすい第2の理由は、そこにはベアと定期昇給の両方が含まれるからである。実際、ほとんどが年齢上昇による定期昇給であり、ベアでの上昇は約0.8%にすぎない。
基本給と年功賃金の区別は極めて重要である。従業員全体の収入、そして消費者の購買力の一般的な向上に結び付くのは、基本給の上昇分のみだからだ。
年功賃金の下では、労働者個人の賃金は50歳代前半に達するまで年を重ねるとともに上昇する。その後、賃金は年をとるごとに下降する。社内の従業員の年齢分布が変化しない限り、定期昇給しかないのであれば、全従業員の総収入はまったく増えない。
一方、ベアを行えば賃金カーブ全体、すなわち全労働者に対する支払い全体が増加する。2014年以前に企業が基本給を相当量引き上げたのは、ベアが約1%だった1998年が最後である。1980年代後半には、基本給は1年に2~4%上昇していた。このため0.5%程度の上昇であっても、あるべき方向へのステップだといえる。
■ 労働者の高齢化が賃金の下降圧力に
他方で、報道によれば、2%の物価目標の達成には、基本給の1%上昇が必要だと日本銀行は考えている。さらに、日銀が2%の物価目標に近い数値を実現したとしても、名目賃金の1%上昇は1%の実質賃金減少を意味する。
一方、高齢化が年功賃金システムを通じて賃金の下降圧力を高める。賃金は50~54歳で頭打ちになる。その後、55~59歳ではほぼ6%減り、60~64歳ではさらに30%減少する。しかし50歳以上の労働者は増加しており、年功賃金システムが賃金カットを意味する年齢ゾーンにすでに入ったか、すぐに入る労働者が増えていることを意味する。
1968年には、50歳以上の労働者は労働人口の20%にすぎなかった。今日では、この割合は40%まで上昇している。そして、全体の30%がすでに55歳以上なのだ。高齢労働者が多数派を占める日もそう遠くはない。
今年は大規模な賃上げが行われると予測する見出しを信じる前に、実際の証拠が出るまで待ってみよう。昨年の状況を思い出すべきだ。
(週刊東洋経済2015年5月2日・9日合併号)
リチャード・カッツ:本誌特約記者(在ニューヨーク)
『東洋経済オンライン - Yahoo!ニュース』(2015/5/10)
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150510-00067981-toyo-bus_all
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