2016年(平成28年)3月18日
大阪府教育委員会 御 中大阪府A高等学校学校長 殿
勧 告 書
大阪弁護士会
会長 松葉 知幸
会長 松葉 知幸
今般、大阪府立A高等学校教員B外4名(教職員、保護者及び卒業生)から、本会に対し、人権救済の申立てがあり、本会人権擁護委員会において調査いたしました結果、人権侵害行為があったものと認めましたので、以下のとおり、勧告します。
第1 勧告の趣旨
1 大阪府教育委員会及び大阪府立A高等学校学校長に対し、今後、学校における「君が代」の斉唱の実施及びその指導にあたり、教育現場の管理者、教職員、生徒、保護者らの思想良心の自由を尊重し、「君が代」の起立斉唱を教職員及び生徒に強制してその思想良心の自由を侵害することのないよう勧告する。
2 大阪府教育委員会及び大阪府立A高等学校学校長に対し、今後、教職員が勤務時間外かつ学校外において行うビラの配布につき、当該ビラの内容が国、大阪府及び大阪府教育委員会の考えと異なる内容になっていることを理由に制限することのないよう勧告する。
第2 理由
1 認定した事実
(1)2011年(平成23年)6月13日、府立学校の行事において行われる国歌の斉唱の際に、教職員が起立により斉唱を行うこと等を定めた「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱に関する条例」(以下「大阪府国旗国歌条例」という。)が施行された。
また、2012年(平成24年)1月17日に、府立学校教職員に対し「入学式及び卒業式等国旗を掲揚し、国歌斉唱が行われる学校行事において、式場内のすべての教職員は、国歌斉唱に当たっては、起立して斉唱する」こと等を定めた教育長通達が発出され、府立学校校長・准校長に対しては、教職員に対する当該通知の趣旨を徹底するよう「職務命令を行うこと」を求める旨の教育長通達(教委高3869号、以下「教育長通達」という。)が発出された。
(2)2013年(平成25年)4月8日、A高校入学式の開始前、同校校門前において、同校の教員である申立人B(以下「申立人B」という。)及び申立人C(以下「申立人C」という。)を含む数名が、国歌の起立斉唱を強制されることの不当性を訴える旨のビラまきを行った。当日、申立人Bと申立人Cとは、有給休暇を取得していた。
これに対して、同校の校長は、同年4月17日及び4月25日に、申立人B及び申立人Cに対して、国や大阪府、大阪府教育委員会(以下「府教委」という。)の方針と異なる内容のビラをまくことを控えるよう口頭で指導した。
(3)府教委は、2014年(平成26年)1月14日付で、府立学校の校長・准校長に対し、教育振興室長名で、卒業式・入学式における国旗掲揚や国歌斉唱に関して教育長通達を踏まえて教職員を指導することや、起立斉唱の実施状況等を府教委に対して報告することを通知した(教委高第3366号)。
(4)同年1月23日のA高校職員会議において、校長は、平成25年度卒業式の進行予定に関する書面を配付した。当該書面には、式中の式場の出入りを禁止すること、予行時に校長が生徒に国歌斉唱の指導を行うこと、不適切なビラやチラシの配付等を認めないことが記載されていた。これらの記載について申立人Bらと校長との間で質疑応答がなされた。
また、当該職員会議において、教員から校長に対して「生徒はニュアンスが理解できないので、起立斉唱は、強制するものではないと明確に述べてほしい」旨発言をしたが、校長は、ご意見としてうかがっておくとしたが、かかる説明を生徒に対して行わなかった。
(5)同年1月28日、申立人Bは、有給休暇を取得した上で、支援者と共にA高校正門前及び裏門前で、国旗掲揚・国歌斉唱を強制されることの不当性を訴えるビラをまいた。
(6)同年2月3日、校長は、申立人Bを校長室に呼び出し、ビラの内容が、国、大阪府、府教委及び校長の考えと異なる内容になっており、不適切であるから、そのような内容のビラの配布を控えるよう指導した。
以上のビラ配付に対する指導は、校長が府教委と相談の上で行ったものであった。
(7)同年2月3日以降、校長は、複数回にわたって、申立人A、同B、同C(以下「申立人C」という。)ら教職員に対して、卒業式における国歌斉唱時の起立斉唱を指導するにあたって、同日式場内業務を希望するのであれば起立斉唱するように指導し、事前に起立斉唱する意思の確認を行った。
この指導や意思確認行為についても、校長は,事前に府教委に相談の上で行っていた。
同年2月6日に開催された職員会議において、校長は、「式場内の教職員は、国歌斉唱の際に起立して斉唱してください。これは私からの職務命令です。職務命令に従わない場合は、服務上の責任が問われることになります。また『教育行政基本条例』『大阪府立学校条例』『職員基本条例』が平成24年4月1日より施行されています。『職員基本条例』には、同一の職務命令違反を3回繰り返した場合の標準的な処分は免職との規定があります。ご承知おきください。」と発言した。
(8)同年3月5日、校長は、申立人Aに対し、「国歌斉唱に当たっては、式場内に参列し、国旗に向かって起立して斉唱すること」を命ずる職務命令を出した。
同日、卒業式予行演習において、校長は、卒業生らに対し、卒業式には国旗を掲揚し、国歌斉唱を行うように指導することが学習指導要領で決められていると説明し、当日の具体的な流れとして「教頭先生が『国歌斉唱』と言いますので、音楽が流れたら、起立したままで国歌を斉唱します。分かりましたか?」と呼びかけた。また、儀式の場面では、「どの国の国旗・国歌にも敬意を表することが国際社会のマナーである」と説明した。
(9)2014年(平成26年)3月6日に行われた卒業式において、式場内にいた申立人Aは国歌斉唱時に起立せず、申立人Cは起立した。
(10)同年3月27日、府教委は、職務命令違反となる不起立行為を理由に、申立人Aを戒告処分と決定した。
2 本会の判断
(1) 申立人Aに対する国歌起立斉唱の職務命令及び戒告処分の人権侵害該当性について
① 申立人Aは、職務命令違反となる不起立行為を理由に、戒告処分を受けた。
しかしながら、当該職務命令の前提となる大阪府国旗国歌条例については、そもそも違憲・違法の疑いがあり、とりわけ、個々の事情と結びつけて検討することなく、形式的に懲戒処分をもって対応することは、思想信条の自由を侵害し、許されない。
本会は、同条例の制定過程から、思想良心の自由を侵害する違憲の疑いがある旨意見を表明してきたところである。
憲法19条や市民的及び政治的権利に関する国際規約第18条に定める思想良心の自由は、内面的精神活動の中で最も中核を占める重要な権利であるところ、国旗及び国歌に関する法律が制定された現在においても、国民の間には「日の丸」「君が代」に関し、多様な意見が存在しており、その歴史的経緯に照らし、「君が代」斉唱に抵抗を感じる者も少なくない。
このことは、「君が代」斉唱時に起立斉唱しないことが、決して独善的で特異なものではなく、それが一般に共有可能な歴史観や真摯な動機に基づくものであること、すなわち、思想良心の自由として憲法上の保護を受けるものであることを示している。
そして、職務命令や条例によって教職員に「君が代」斉唱時の起立斉唱を義務付け、さらに当該義務違反に対して懲戒処分をもって臨むことは、教職員の思想及び良心の自由を侵害するものである。
さらに地方公共団体の制定する条例によって起立斉唱を強制するという手法自体、条例制定権を「法律の範囲内」に限定する憲法第94条に抵触するおそれがある。
また、同条例は、教育に関する「不当な支配」の排除を求めた教育基本法第16条第1項に抵触するおそれが強く、教育の政治的中立と教育行政の安定を確保するという教育委員会制度の趣旨を損なうおそれがある。教職員の一挙手一投足にかかわることを、現場の個別的判断ではなく、条例で一律に強制することは、学校職場に無用の混乱を引き起こすことになりかねない。
② 以上のとおり、大阪府国旗国歌条例は、本来、外部から不可侵であるべき人格形成にとり必須の精神的自由の支柱を成す思想良心の自由との関係で問題がある上、前述のとおり、この条例に基づいて国歌起立斉唱の教育長通達が出され、当該通知には「この趣旨を徹底するよう職務命令を行うこと」とされており、さらに指導方法、内容についても通達(平成26年1月14日付教育振興室長通達(教委高第3366号))が出された上で、職務命令違反に対しては戒告処分がなされているという実態がある。
かかる対応は、教職員に対し、一律に、行事における起立斉唱行為が義務づけられ、それが個々の事情について十分に考慮されることなく懲戒処分に結びついているものであり、教職員個々人が有する思想良心の自由を侵害するものであって許されない。
以上のとおりであるから、本件において、2014年(平成26年)2月6日に校長より申立人Aに対して発せられた上記職務命令及び同年3月7日に府教委により行われた上記職務命令違反を理由とする戒告処分は、同人の思想良心の自由を侵害するものである。
(2) 校長による生徒に対する国歌斉唱指導について
国歌の起立斉唱を求めることは、教職員だけでなく、生徒との関係においても、国旗国歌への敬意の表明の要素を含む外部的行動を求めるものであって、思想良心の自由を間接的に制約する。
そして、生徒が教師の指導を受け入れなければ、マイナス評価につながる可能性があることをはじめとする教師と生徒との関係性や生徒が自らの思想信条に従って起立斉唱をしなかった場合にいじめ等を受けるのではないかといった不安感を持つこと等があり得ることを考えると、学校において相当の配慮をしなければ,このような指導は、実質的には起立斉唱の強制につながるものと評価せざるを得ない。
さらに、生徒が可塑性に富んでいるため外部からの影響を受けやすいことも配慮を要するところであり、指導の内容如何によっては保護者の思想良心の自由にも影響を与えることにもなる。
さらに、生徒の中には外国籍あるいは保護者が外国籍の場合もある。前述のとおり、「君が代」に対しては、その歴史的経緯に照らし、抵抗を感じる者も少なくないという社会実態があることからしても、特定の思想を連想させる「君が代」の起立斉唱が実質的に強制となることのないよう配慮しなければならない。
ところが、本件においては、事前の職員会議で、起立斉唱が義務ではないことを説明してもらいたい旨の要望が教員からなされていたにも関わらず、このような説明をすることもなく、校長は、平成25年度卒業式の前日に、「教頭が国歌斉唱と言ったら起立したままで国歌を斉唱する」ということのみを説明し、指導を行っている。
また、「儀式の場面ではどの国の国旗・国歌にも敬意を表することが国際社会のマナーである」と説明し、国際社会において互いの国旗・国歌に敬意を表するというマナーを、あたかも「君が代」斉唱時に積極的に起立斉唱すべきであることを意味するように説明した。校長において、起立斉唱が実質的に強制にあたらないような配慮がなされているとは言えない。
(3) 申立人A及び同Bに対するビラまきの制限行為の人権侵害該当性について
ビラまき行為は、簡易かつ実効性のある表現活動であり、表現の自由の行使の一内容として保障されるものである。それゆえ、表現の主体が教職員という属性であっても、当該表現行為が生徒の教育や福祉に重大な影響を与えるといった特段の事情がない限り制限すべきでない。この点は、表現主体の属性として学校名や教職員名が明記されたビラであっても変わらない。
本件で校長からの指導対象となった、申立人Aや同Bによるビラまき行為は、有給休暇取得日という勤務時間外に、かつ、学校の敷地外で実施されたものであり、しかも、その内容は、同人らの思想信条の自由に関わることを問題とするものであった。これに対し、校長はビラの内容が大阪府教育委員会の考えと異なる内容になっていることを理由に制限を加えている。
当該ビラまき行為の対応やその内容に照らし、校長が申立人A及び同川島に対してビラまき行為について控えるよう指導した行為は、同人らの表現の自由を侵害するものである。
また、府教委は、校長から事前に当該ビラまき行為に関する相談を受けながら、校長の抑制行為を容認したのであるから、校長と同様、申立人A及び同Bの表現の自由を侵害したものと評価できる。
(4)結語
以上により、府教委及び校長に対し、それぞれの勧告の趣旨記載のとおり、勧告を行うものである。
以 上
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます