◎ 【声明】日本学術会議の会員任命拒否は国際人権法違反であり許されない
東京に本部を置く国際人権NGO ヒューマンライツ・ナウ(Human Rights Now:HRN)は、日本学術会議の会員について、日本学術会議からの推薦にもかかわらず菅総理大臣が6名の会員候補者の会員任命を拒否したこと(以下、「本件任命拒否」)に対して深く憂慮する。
任命拒否は、日本学術会議法に反するのみならず、国際人権条約の社会権規約13条、および日本国憲法23条が保障する学問の自由を抑圧するものであり、ひいては学の独立を損ない、日本学術会議をしてその政府に対する勧告を行う役割を阻害し、学問の自由以外の言論の自由など他の人権保障についても悪影響を及ぼすものでもあるため許されない。
本件任命拒否は、その影響が学問の自由に留まるものではなく、市民一人ひとりが自分自身や身近な問題を解決するために参考とすべき考え方の選択肢を狭め、他者と異なる意見を持つことが許されない不寛容な社会を招き、自由な生き方の阻害につながるおそれがあることにも留意すべきである。
このような観点から、HRNは、日本政府に対し、学問の自由を尊重し、日本学術会議の推薦に基づき6名の会員候補者について、速やかに会員任命を行い、今後も従来どおり日本学術会議の推薦に従い会員任命を行うよう要求する。
1.任命拒否にかかる事実経緯
2020年10月1日午前、日本政府は、日本学術会議の新たな会員について、日本学術会議が推薦した105名の候補者のうち6名の会員候補者の任命を菅総理大臣が拒否し、99名のみの任命を行ったことを明らかにした。報道によれば、内閣府日本学術会議事務局・内閣府人事課は候補者105名をそのまま首相官邸に上げていたが、首相官邸が本件任命拒否を判断したとされる。
任命を拒否された6名の会員候補者の氏名、所属、専門分野は次のとおりである。
芦名定道(京都大学大学院/キリスト教学)、
宇野重規(東京大学/政治思想史・政治哲学)、
岡田正則(早稲田大学/行政法学)、
小澤隆一(慈恵医大/憲法学)、
加藤陽子(東京大学大学院/歴史学・日本近代史)、
松宮孝明(立命館大学大学院/刑法学)。
このうち、芦名教授は「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者の1人であり、宇野教授は「安全保障関連法案に反対する学者の会」の呼びかけ人の1人であり、岡田教授は「安全保障関連法の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼びかけ人の1人である。
また、小澤教授は安全保障関連法案を審議する衆議院の特別委員会の中央公聴会に野党推薦の公述人として出席し、同法案が憲法9条に反する旨の意見を述べた。
加藤教授は、安全保障関連法や共謀罪法、検事長の定年延長に反対する「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人の1人である。
松宮教授は、共謀罪の構成要件を改正しテロ等準備罪を新設する法案について参議院法務委員会に野党推薦の参考人として出席し、同法案が戦後最悪の治安立法であると意見を述べた。
加藤官房長官は、本件任命拒否について、「これまでは、推薦された人をそのまま認めていたが、今回は、そうではなかったという結果の違いであり、対応してきた姿勢が変わるものではない」とし、「会員の人事などを通じて、一定の監督権を行使することは法律上可能になっている。直ちに学問の自由の侵害にはつながらないと考えている」と記者会見で述べた。
もっとも、上記6名の会員候補者に対する具体的な任命拒否の理由については、「お一人お一人がなぜそうなのかということは、これまでも、いろいろなことがあったと思うが、具体的なコメントはしてない」として、具体的理由を明らかにしていない。
2.日本学術会議の会員任命方法について
日本学術会議とは、日本学術会議法に基づき設置された機関で、日本の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする(日本学術会議法2条)。
日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とされるが(同法1条2項)、独立した立場から(同法3条)、日本政府からの諮問に回答し(同法4条)、また日本政府に対して上記目的の遂行に適当な事項につき勧告を行う(同法5条)。
日本学術会議は、210人の日本学術会議会員をもって組織される(同法7条1項)。会員は、日本学術会議が優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考して内閣総理大臣に推薦し(同法17条)、内閣総理大臣が任命するものと法定されている(同法7条2項)。
日本学術会議法が施行されて以来、本件に至るまで日本学術会議が推薦した人が任命されなかった例はないとされる。
また、この会員の任命方法については、1983年の法改正時の政府側国会答弁では、「(推薦された学者を)その通り首相が形式的な発令を行うと、この条文を解釈している」と答弁されている。
3.任命拒否は学問の自由を抑圧する行為であり許されない
日本も批准する社会権規約13条は教育に対する権利を定めているが、教育に対する権利は教員および生徒の学問の自治が伴わなければ享受できないことから、同13条は学問の自由をも保障することが確認されている。
国際的にも高等教育の教員および生徒は学問の自由を疎外する政治的その他の圧力に特に弱い立場にあるから、特に高等教育機関に注意が払われるべきとされるところ、本件の任命拒否もその一例ということができる。
社会権規約13条が保障する学問の自由は、個人が自分が働く機関又は制度について自由に意見を表明し、国又はその他のいかなる主体による差別又は圧迫のおそれもなく職務を遂行し、専門的な又は代表制に基づく学術団体に参加し、かつ、同じ管轄に属する他の個人に適用される国際的に認められたすべての人権を享受する自由を含む。
日本国憲法23条でも同様の権利が保障されている。
本件任命拒否は、日本学術会議法の従来の解釈・政府答弁に反するものであることに加え、任命拒否をされた6名の会員候補者がいずれも政府が支持する法案・法制度に対して批判的意見を公然と述べてきたこと、および任命拒否の理由が何ら明らかにされていないことに照らすと、会員候補者に対し、政府の方針と異なる学問・研究を行い、当該学問・研究の成果として専門家の立場から政府と異なる意見を表明することを萎縮させる効果をもたらすものである。
また、本件任命拒否は、日本学術会議の独立性を脅かすものでもある。
日本学術会議が、単なる学術組織ではなく、学問の自由に基づき政府に対して独立した専門的見地から勧告を行う組織であることに鑑みると、その問題は、6名の会員候補者およびその他教員の学問の自由に対する抑圧に留まるものではない。
本件任命拒否により、日本学術会議の政策提言機能が損なわれ、学問が歴史的に積み重ねてきた知やディシプリンが時の政策に反映されなくなり、政治の更なる劣化、反知性主義の更なる台頭を招くおそれがあることも指摘されなければならない。
したがって、本件任命拒否は、日本学術会議法に反するのみならず、社会権規約13条および日本国憲法23条が定める学問の自由に対する抑圧であり、ひいては学の独立を損ない、日本学術会議をしてその政府に対する勧告を行う役割を阻害し、学問の自由以外の言論の自由など他の人権保障についても悪影響を及ぼすものであるため許されない。
社会権規約13条および日本国憲法23条が定める学問の自由に対する抑圧は、自由な意見表明と対話を萎縮させ、ひいては民主主義の崩壊に至ることが憂慮される。
4.勧告
よって、HRNは、日本政府に対し、学問の自由を尊重し、日本学術会議の推薦に基づき6名の会員候補者について、速やかに会員任命を行うこと、および今後も従来どおり日本学術会議の推薦に従い会員任命を行うことを求める。
※PDF版はこちら:【声明】日本学術会議の会員任命拒否は国際人権法違反であり許されない
<https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2020/10/88506f0a80c4eae735bb0a4fc9e0d0f3.pdf>
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『レイバーネット日本』(2020年10月5日)
http://www.labornetjp.org/news/2020/1601865763403staff01
2020年10月4日
東京に本部を置く国際人権NGO ヒューマンライツ・ナウ(Human Rights Now:HRN)は、日本学術会議の会員について、日本学術会議からの推薦にもかかわらず菅総理大臣が6名の会員候補者の会員任命を拒否したこと(以下、「本件任命拒否」)に対して深く憂慮する。
任命拒否は、日本学術会議法に反するのみならず、国際人権条約の社会権規約13条、および日本国憲法23条が保障する学問の自由を抑圧するものであり、ひいては学の独立を損ない、日本学術会議をしてその政府に対する勧告を行う役割を阻害し、学問の自由以外の言論の自由など他の人権保障についても悪影響を及ぼすものでもあるため許されない。
本件任命拒否は、その影響が学問の自由に留まるものではなく、市民一人ひとりが自分自身や身近な問題を解決するために参考とすべき考え方の選択肢を狭め、他者と異なる意見を持つことが許されない不寛容な社会を招き、自由な生き方の阻害につながるおそれがあることにも留意すべきである。
このような観点から、HRNは、日本政府に対し、学問の自由を尊重し、日本学術会議の推薦に基づき6名の会員候補者について、速やかに会員任命を行い、今後も従来どおり日本学術会議の推薦に従い会員任命を行うよう要求する。
1.任命拒否にかかる事実経緯
2020年10月1日午前、日本政府は、日本学術会議の新たな会員について、日本学術会議が推薦した105名の候補者のうち6名の会員候補者の任命を菅総理大臣が拒否し、99名のみの任命を行ったことを明らかにした。報道によれば、内閣府日本学術会議事務局・内閣府人事課は候補者105名をそのまま首相官邸に上げていたが、首相官邸が本件任命拒否を判断したとされる。
任命を拒否された6名の会員候補者の氏名、所属、専門分野は次のとおりである。
芦名定道(京都大学大学院/キリスト教学)、
宇野重規(東京大学/政治思想史・政治哲学)、
岡田正則(早稲田大学/行政法学)、
小澤隆一(慈恵医大/憲法学)、
加藤陽子(東京大学大学院/歴史学・日本近代史)、
松宮孝明(立命館大学大学院/刑法学)。
このうち、芦名教授は「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者の1人であり、宇野教授は「安全保障関連法案に反対する学者の会」の呼びかけ人の1人であり、岡田教授は「安全保障関連法の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼びかけ人の1人である。
また、小澤教授は安全保障関連法案を審議する衆議院の特別委員会の中央公聴会に野党推薦の公述人として出席し、同法案が憲法9条に反する旨の意見を述べた。
加藤教授は、安全保障関連法や共謀罪法、検事長の定年延長に反対する「立憲デモクラシーの会」の呼びかけ人の1人である。
松宮教授は、共謀罪の構成要件を改正しテロ等準備罪を新設する法案について参議院法務委員会に野党推薦の参考人として出席し、同法案が戦後最悪の治安立法であると意見を述べた。
加藤官房長官は、本件任命拒否について、「これまでは、推薦された人をそのまま認めていたが、今回は、そうではなかったという結果の違いであり、対応してきた姿勢が変わるものではない」とし、「会員の人事などを通じて、一定の監督権を行使することは法律上可能になっている。直ちに学問の自由の侵害にはつながらないと考えている」と記者会見で述べた。
もっとも、上記6名の会員候補者に対する具体的な任命拒否の理由については、「お一人お一人がなぜそうなのかということは、これまでも、いろいろなことがあったと思うが、具体的なコメントはしてない」として、具体的理由を明らかにしていない。
2.日本学術会議の会員任命方法について
日本学術会議とは、日本学術会議法に基づき設置された機関で、日本の科学者の内外に対する代表機関として、科学の向上発達を図り、行政、産業および国民生活に科学を反映浸透させることを目的とする(日本学術会議法2条)。
日本学術会議は、内閣総理大臣の所轄とされるが(同法1条2項)、独立した立場から(同法3条)、日本政府からの諮問に回答し(同法4条)、また日本政府に対して上記目的の遂行に適当な事項につき勧告を行う(同法5条)。
日本学術会議は、210人の日本学術会議会員をもって組織される(同法7条1項)。会員は、日本学術会議が優れた研究又は業績がある科学者のうちから会員の候補者を選考して内閣総理大臣に推薦し(同法17条)、内閣総理大臣が任命するものと法定されている(同法7条2項)。
日本学術会議法が施行されて以来、本件に至るまで日本学術会議が推薦した人が任命されなかった例はないとされる。
また、この会員の任命方法については、1983年の法改正時の政府側国会答弁では、「(推薦された学者を)その通り首相が形式的な発令を行うと、この条文を解釈している」と答弁されている。
3.任命拒否は学問の自由を抑圧する行為であり許されない
日本も批准する社会権規約13条は教育に対する権利を定めているが、教育に対する権利は教員および生徒の学問の自治が伴わなければ享受できないことから、同13条は学問の自由をも保障することが確認されている。
国際的にも高等教育の教員および生徒は学問の自由を疎外する政治的その他の圧力に特に弱い立場にあるから、特に高等教育機関に注意が払われるべきとされるところ、本件の任命拒否もその一例ということができる。
社会権規約13条が保障する学問の自由は、個人が自分が働く機関又は制度について自由に意見を表明し、国又はその他のいかなる主体による差別又は圧迫のおそれもなく職務を遂行し、専門的な又は代表制に基づく学術団体に参加し、かつ、同じ管轄に属する他の個人に適用される国際的に認められたすべての人権を享受する自由を含む。
日本国憲法23条でも同様の権利が保障されている。
本件任命拒否は、日本学術会議法の従来の解釈・政府答弁に反するものであることに加え、任命拒否をされた6名の会員候補者がいずれも政府が支持する法案・法制度に対して批判的意見を公然と述べてきたこと、および任命拒否の理由が何ら明らかにされていないことに照らすと、会員候補者に対し、政府の方針と異なる学問・研究を行い、当該学問・研究の成果として専門家の立場から政府と異なる意見を表明することを萎縮させる効果をもたらすものである。
また、本件任命拒否は、日本学術会議の独立性を脅かすものでもある。
日本学術会議が、単なる学術組織ではなく、学問の自由に基づき政府に対して独立した専門的見地から勧告を行う組織であることに鑑みると、その問題は、6名の会員候補者およびその他教員の学問の自由に対する抑圧に留まるものではない。
本件任命拒否により、日本学術会議の政策提言機能が損なわれ、学問が歴史的に積み重ねてきた知やディシプリンが時の政策に反映されなくなり、政治の更なる劣化、反知性主義の更なる台頭を招くおそれがあることも指摘されなければならない。
したがって、本件任命拒否は、日本学術会議法に反するのみならず、社会権規約13条および日本国憲法23条が定める学問の自由に対する抑圧であり、ひいては学の独立を損ない、日本学術会議をしてその政府に対する勧告を行う役割を阻害し、学問の自由以外の言論の自由など他の人権保障についても悪影響を及ぼすものであるため許されない。
社会権規約13条および日本国憲法23条が定める学問の自由に対する抑圧は、自由な意見表明と対話を萎縮させ、ひいては民主主義の崩壊に至ることが憂慮される。
4.勧告
よって、HRNは、日本政府に対し、学問の自由を尊重し、日本学術会議の推薦に基づき6名の会員候補者について、速やかに会員任命を行うこと、および今後も従来どおり日本学術会議の推薦に従い会員任命を行うことを求める。
※PDF版はこちら:【声明】日本学術会議の会員任命拒否は国際人権法違反であり許されない
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