《第3回「日の丸・君が代」裁判全国学習・交流集会・資料(宮城)》
◇ あわてない あきらめない ~みやぎから~
1 卒業式の予行でのこと
昨年度の卒業式の予行でのことです。ある小学校教員が教育委員役としてステージに上がりました。演壇で卒業生に向かって礼をして話して、礼をしてステージを下りました。いわゆる粛々とした振るまいでした。
放課後、校長がその教員に校長室に来てほしいと声を掛けました。校長は聞きました「ステージに上がったとき国旗に礼をするのを忘れていたわけではないですよね」と。その教員は言いました「いいえ」と。「本番と同じようにする練習ですから、できれば礼をしてほしかったです」校長は言いました。「日の丸に向かって礼をしろとおっしゃるのですか」とその教員は糾しました。すると「いえいえ・・・」と話を終わらせようとする校長。「忘れたわけじゃないと思っていましたが...」と。その教員は「思想信条の問題になりますよ」と話しました。
私はいつも君が代不起立です。処分・恫喝は今のところありません。けれども、こういう小さい一つひとつが「みんな平等である」「みんな自由な心を持つ」という、日本国憲法の精神を蝕んでいくのだと感じました。
日常の中、いろんな場面でこつこつと進められる暴力に、いちいち抵抗すること。しなやかに抗い続けること。私たちはさぼってはならないのだとあらためて考えます。
2 たくさんの「正義」
放射線物質は、目に見えません。匂いも音もしません。放射線物質が撒き散らかされて、1年半になります。
宮城県のある人は、子どもと妻を青森県に避難することを選択しました。娘さんは砂遊びは大好き。けれども保育園の園庭土壌は放射線物質にまみれているのでした。ある人は、息子の高熱が下がらない原因を、たくさん考え悩むのでした。自己を責め、不幸せが覆いかぶさってきます。それらは一部の「ある人」に限ったことではありません。
マスクをしなさいと言っても暑い夏。プールに入らない生徒たちは、暑いプールサイドで見学。水の中ではしゃぐ生徒と、長袖長ズボンでそれを見つめる生徒。どれほど心が傷つけられているでしょう。心がざわざわと騒ぎます。
「牛乳飲ませるなんて信じられない」という言い方があります。「まだ避難していないなんて!」という批判も聞きます。「教員をすぐに辞めて避難すべきではないのですか」という言葉も聞きます。
その一方で、「不安を煽るだけだ」「福島とは違う」「県知事が大丈夫と言っているのに」などという言葉も聞きます。
ああ、たくさんの「正義」。困難な状況の中、ますます人と人とがそれぞれの違いを分かち合えない状況に陥ってしまっています。悪口はもう聞きたくないです。全員で何とかしなくてはなりません。
3 語り継ぐ努力
「安心」も「自由」も「平和」も、みんな目に見えないし、匂いも音もしません。ひょっとすると、誰も見たことがない「安心」「自由」「平和」。それらを追求する営みは、まさに今です。
分けられ断たれた人間に明日はありません。人はみんなで暮らします。一人ひとりがみんなちがうということを明らかにしていきましょう。討論や批判し合いましょう。けれども、悪口を言ったり見下したり見限ったり崇めるのは、控えましょう。全員で「今の生き辛さ」を越えていきましょう。
ことに、子どもたちが生活する環境において、子どものうんと近くにいる教職員。教職員が嘘つきであるならば、きっと子どもたちはそこから“いろんなこと“を学ぷことでしょう。嘘つき社会に明日はありません。明日はなくなってしまったら困ります。
子どもたちの前に真摯に立ちましょう。自分なき明後日の希望のために、語り継ぐことバトンを渡すこと。
若い教職員に話しましょう。意見を異にする中でこそ、自分の言葉を歴史を伝えていきましょう。あるときは拳を突き上げ、あるときはその手を繋ぎ、手作りで目に見えないし、匂いも音もしない「安心」「自由」「平和」を模索していきましょう。(つちやさとし)
tsuchiya_sat@mac.com
http://tanoshiroyama.com/
Twitter:tanoshiro Facebook:土屋聡
◇ あわてない あきらめない ~みやぎから~
宮城県公立小学校教員 土屋聡
1 卒業式の予行でのこと
昨年度の卒業式の予行でのことです。ある小学校教員が教育委員役としてステージに上がりました。演壇で卒業生に向かって礼をして話して、礼をしてステージを下りました。いわゆる粛々とした振るまいでした。
放課後、校長がその教員に校長室に来てほしいと声を掛けました。校長は聞きました「ステージに上がったとき国旗に礼をするのを忘れていたわけではないですよね」と。その教員は言いました「いいえ」と。「本番と同じようにする練習ですから、できれば礼をしてほしかったです」校長は言いました。「日の丸に向かって礼をしろとおっしゃるのですか」とその教員は糾しました。すると「いえいえ・・・」と話を終わらせようとする校長。「忘れたわけじゃないと思っていましたが...」と。その教員は「思想信条の問題になりますよ」と話しました。
私はいつも君が代不起立です。処分・恫喝は今のところありません。けれども、こういう小さい一つひとつが「みんな平等である」「みんな自由な心を持つ」という、日本国憲法の精神を蝕んでいくのだと感じました。
日常の中、いろんな場面でこつこつと進められる暴力に、いちいち抵抗すること。しなやかに抗い続けること。私たちはさぼってはならないのだとあらためて考えます。
2 たくさんの「正義」
放射線物質は、目に見えません。匂いも音もしません。放射線物質が撒き散らかされて、1年半になります。
宮城県のある人は、子どもと妻を青森県に避難することを選択しました。娘さんは砂遊びは大好き。けれども保育園の園庭土壌は放射線物質にまみれているのでした。ある人は、息子の高熱が下がらない原因を、たくさん考え悩むのでした。自己を責め、不幸せが覆いかぶさってきます。それらは一部の「ある人」に限ったことではありません。
マスクをしなさいと言っても暑い夏。プールに入らない生徒たちは、暑いプールサイドで見学。水の中ではしゃぐ生徒と、長袖長ズボンでそれを見つめる生徒。どれほど心が傷つけられているでしょう。心がざわざわと騒ぎます。
「牛乳飲ませるなんて信じられない」という言い方があります。「まだ避難していないなんて!」という批判も聞きます。「教員をすぐに辞めて避難すべきではないのですか」という言葉も聞きます。
その一方で、「不安を煽るだけだ」「福島とは違う」「県知事が大丈夫と言っているのに」などという言葉も聞きます。
ああ、たくさんの「正義」。困難な状況の中、ますます人と人とがそれぞれの違いを分かち合えない状況に陥ってしまっています。悪口はもう聞きたくないです。全員で何とかしなくてはなりません。
3 語り継ぐ努力
「安心」も「自由」も「平和」も、みんな目に見えないし、匂いも音もしません。ひょっとすると、誰も見たことがない「安心」「自由」「平和」。それらを追求する営みは、まさに今です。
分けられ断たれた人間に明日はありません。人はみんなで暮らします。一人ひとりがみんなちがうということを明らかにしていきましょう。討論や批判し合いましょう。けれども、悪口を言ったり見下したり見限ったり崇めるのは、控えましょう。全員で「今の生き辛さ」を越えていきましょう。
ことに、子どもたちが生活する環境において、子どものうんと近くにいる教職員。教職員が嘘つきであるならば、きっと子どもたちはそこから“いろんなこと“を学ぷことでしょう。嘘つき社会に明日はありません。明日はなくなってしまったら困ります。
子どもたちの前に真摯に立ちましょう。自分なき明後日の希望のために、語り継ぐことバトンを渡すこと。
若い教職員に話しましょう。意見を異にする中でこそ、自分の言葉を歴史を伝えていきましょう。あるときは拳を突き上げ、あるときはその手を繋ぎ、手作りで目に見えないし、匂いも音もしない「安心」「自由」「平和」を模索していきましょう。(つちやさとし)
tsuchiya_sat@mac.com
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