◆ NGO調査活動、正当性どこまで
鯨肉窃盗裁判、来月6日判決
調査捕鯨船での鯨肉横領疑惑を調べていた国際環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(東京都新宿区)のメンバー2人が「証拠品」となる鯨肉を確保して告発したところ、逆に窃盗などの罪で起訴された裁判の判決が9月6日、青森地裁(小川賢司裁判長)で言い渡される。被告側はNGO(非政府組織)の調査活動もジャーナリストの取材活動と同様の保護を受けるべきだとして無罪を主張している。表現の自由の観点から裁判までの経緯、論点を整理した。【臺宏士、内藤陽】
■無断で「証拠品」確保
「船員が大量の高級鯨肉を勝手に持ち出し、一部を売りさばいている」--調査捕鯨に反対しているグリーンピース・ジャパン(GP)にこんな情報が届いたのは08年1月。通報したのは民間会社・共同船舶(東京都中央区)所有の捕鯨船「日新丸」の50歳代の元船員男性だった。調査捕鯨は財団法人・日本鯨類研究所(鯨研、理事長=森本稔・元水産庁次長)が同社に委託している。問題の鯨肉は西濃運輸の宅配便で自宅や飲食店などの関係者に送られているという。
元船員は毎日新聞の取材に応じ、乗船時に撮影した写真を示しながら、「捕獲した鯨が多すぎたために処理しきれず廃棄していた。捕鯨の是非の立場は違うがグリーンピースなら社会問題化してくれると思った」と明かした。
GPは同年4月15日、東京港に帰港した日新丸から降ろされる船員の私物の入った段ボールの荷物を追跡。西濃運輸青森支店の配送所で、疑いのある荷物を無断で持ち帰った。配送伝票には「ダンボール」とあったが、不自然に重かったという。箱の中には、鯨ベーコンの原料となるウネスと呼ばれる高級鯨肉が計10本(約23キロ)入っていた。GPは「横領の証拠品」として5月15日に東京都内で記者会見を開くとともに、鯨肉の解体・加工に従事する船員12人を業務上横領の疑いで東京地検に告発した。
ところが、西濃運輸の被害届を受けた青森県警は6月20日、荷物を確保したGPメンバー、佐藤潤一(33)、鈴木徹(43)の2容疑者を窃盗と建造物侵入の疑いで逮捕した。
同日、東京地検は当該鯨肉は共同船舶が鯨研から買い取った土産と判断、不起訴(容疑なし)とした。東京第1検察審査会も今年4月22日付で不起訴相当と議決した。
2人は起訴され、青森地検は6月、懲役1年6月を求刑。弁護側は「船員らの鯨肉横領を告発するための正当な行為」と無罪を主張している。
■表現の自由、解釈基準は
裁判で最大の焦点は、違法な手段で情報収集する行為が、公共の利益を図る目的であれば正当化(違法性の阻却)され、それがNGOの調査活動にも認められるかどうかだ。裁判所が報道機関などの取材行為によって損なわれる利益と社会が得られる利益を比較して判断するのは珍しくない。
例えば、沖縄返還(72年)に伴って本来は米国が負担すべき旧軍用地の原状回復補償費を日本が肩代わりすることを示した機密電文を外務省の女性事務官から入手した西山太吉・元毎日新聞記者が国家公務員法違反(そそのかし)の罪に問われた裁判。最高裁は78年、記者側の上告を棄却(有罪が確定)したが、その際「手段・方法が社会観念上是認されるものである限りは、正当な業務行為だ」と指摘し、情報提供者側にも同様の考えを示した。
また、奈良県田原本町の母子3人放火殺人事件を取り上げた本の出版問題で、奈良地検は07年11月、放火した長男の供述調書を著者に渡した医師を秘密漏示罪で起訴した。著者の自宅なども強制捜査したが、最終的には逮捕もないまま容疑不十分で不起訴処分にしている。
さらに、内部告発を巡る裁判では、正当行為と認めて違法性を退ける判決も出始めている。取引先への不正請求の内部文書を複写して内部告発した従業員の行為について、東京地裁は「形式的には違法とされる可能性のある行為であるとしても、真実であることを示すために必要な行為。正当行為として違法性は阻却される」と判示(07年)している。
一方、2人の逮捕を巡っては、国連人権理事会の「恣意(しい)的拘禁に関する作業グループ」が09年9月、「国際人権規約に違反する」との意見書を採択し、日本政府に国際基準にかなう手続きを求めた。
公判では、ベルギー・ヘント大学のデレク・フォルホーフ教授(国際人権法)は被告側証人として、今年3月に青森地裁で「裁判所は、表現の自由を保障する自由権規約と刑法に矛盾がある場合は規約を優先すべきだ」と証言した。
公判後、毎日新聞の取材に応じ、「欧州人権裁判所は、公共の利益に関する活動をしているNGOには報道機関と同様の権利が保障されるべきだとしており、守秘義務違反や文書持ち出しといった軽微な犯罪であれば許容している。2人の行為は公共の利益に寄与するものであり、青森地裁はこうした国際的な水準に照らして判断すべきだ」と指摘した。
東京、徳島地裁などでは自由権規約の解釈に当たり、欧州人権裁判所の判例を解釈基準として肯定する判断も出始めている。
これに対し、青森地検は6月の論告で「自由権規約で保障されるのは『情報及び考え』であり、運送会社に侵入したうえ、荷物を窃取する行為は保障されていない」と反論した。
◆ 公判で証言、二転三転--調査捕鯨実態
「土産代不透明」「DNA鑑定と矛盾」
裁判では、*調査捕鯨を巡るさまざまな事実が明らかになっている。
そもそも船員に渡される「土産」とは何なのか。水産庁は当初、GPの照会に「ない」と回答。共同船舶もメディアの取材に存在を否定した。
その後、水産庁は「無償の土産はないという趣旨」と説明、同社は公判で「土産品という言葉の認識はなく、現物支給品はあった」と弁明した。
同庁や共同船舶によると、土産代は同社が「現物支給品代」として負担してきたという。その分量と価格は明らかにされてなかったが、GPの告発を機に公表を始めた。金額は800万~900万円という。また、土産代金の決済は鯨研への用船代からの差し引きなどとして行われていた。同社は「文書で残していなかったため不透明な部分もあった」と認める。このため、告発以降は透明性を高めた決済方式に改めたという。
一方、公判では、GPが「横領の証拠品」とする鯨肉の持ち主の不自然な証言が目立った。土産として配布された鯨肉ウネスは1人2本。持ち主は自分の分とは別に同僚から譲り受けた計5本分を宅配に出した。宅配の箱には10本入っており、「半分にした」と証言。ところが、青森県警が鯨研にDNA鑑定を依頼したところ、5本を半分に切り分けたのなら同じ個体は偶数でなければならないが、結果は7本と3本が同じ個体だった。証言と明らかに食い違った。
また、ウネスの入手先の人数について持ち主は捜査段階から「1人→2人→4人」と二転三転。公判では「1本あげた」と述べた船員の証言に、「もらっていない」と否定。最終的には「3人」になった。さらに、別の元船員が「過去に、段ボールやビニール、塩を用意し、勝手に持ち出したウネスを塩蔵している船員を見た」と証言しているが、持ち主は乗船時に分厚いビニール袋と塩5キロを持ち込んだと認めたものの、塩は「食事用」とした。
告発した元船員は、毎日新聞の取材に対し「日新丸の船員仲間が『告発以降は横流しはなくなった』と話していた」と述べている。
『毎日新聞』(2010年8月30日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100830ddm012040004000c.html
鯨肉窃盗裁判、来月6日判決
調査捕鯨船での鯨肉横領疑惑を調べていた国際環境保護団体「グリーンピース・ジャパン」(東京都新宿区)のメンバー2人が「証拠品」となる鯨肉を確保して告発したところ、逆に窃盗などの罪で起訴された裁判の判決が9月6日、青森地裁(小川賢司裁判長)で言い渡される。被告側はNGO(非政府組織)の調査活動もジャーナリストの取材活動と同様の保護を受けるべきだとして無罪を主張している。表現の自由の観点から裁判までの経緯、論点を整理した。【臺宏士、内藤陽】
■無断で「証拠品」確保
「船員が大量の高級鯨肉を勝手に持ち出し、一部を売りさばいている」--調査捕鯨に反対しているグリーンピース・ジャパン(GP)にこんな情報が届いたのは08年1月。通報したのは民間会社・共同船舶(東京都中央区)所有の捕鯨船「日新丸」の50歳代の元船員男性だった。調査捕鯨は財団法人・日本鯨類研究所(鯨研、理事長=森本稔・元水産庁次長)が同社に委託している。問題の鯨肉は西濃運輸の宅配便で自宅や飲食店などの関係者に送られているという。
元船員は毎日新聞の取材に応じ、乗船時に撮影した写真を示しながら、「捕獲した鯨が多すぎたために処理しきれず廃棄していた。捕鯨の是非の立場は違うがグリーンピースなら社会問題化してくれると思った」と明かした。
GPは同年4月15日、東京港に帰港した日新丸から降ろされる船員の私物の入った段ボールの荷物を追跡。西濃運輸青森支店の配送所で、疑いのある荷物を無断で持ち帰った。配送伝票には「ダンボール」とあったが、不自然に重かったという。箱の中には、鯨ベーコンの原料となるウネスと呼ばれる高級鯨肉が計10本(約23キロ)入っていた。GPは「横領の証拠品」として5月15日に東京都内で記者会見を開くとともに、鯨肉の解体・加工に従事する船員12人を業務上横領の疑いで東京地検に告発した。
ところが、西濃運輸の被害届を受けた青森県警は6月20日、荷物を確保したGPメンバー、佐藤潤一(33)、鈴木徹(43)の2容疑者を窃盗と建造物侵入の疑いで逮捕した。
同日、東京地検は当該鯨肉は共同船舶が鯨研から買い取った土産と判断、不起訴(容疑なし)とした。東京第1検察審査会も今年4月22日付で不起訴相当と議決した。
2人は起訴され、青森地検は6月、懲役1年6月を求刑。弁護側は「船員らの鯨肉横領を告発するための正当な行為」と無罪を主張している。
■表現の自由、解釈基準は
裁判で最大の焦点は、違法な手段で情報収集する行為が、公共の利益を図る目的であれば正当化(違法性の阻却)され、それがNGOの調査活動にも認められるかどうかだ。裁判所が報道機関などの取材行為によって損なわれる利益と社会が得られる利益を比較して判断するのは珍しくない。
例えば、沖縄返還(72年)に伴って本来は米国が負担すべき旧軍用地の原状回復補償費を日本が肩代わりすることを示した機密電文を外務省の女性事務官から入手した西山太吉・元毎日新聞記者が国家公務員法違反(そそのかし)の罪に問われた裁判。最高裁は78年、記者側の上告を棄却(有罪が確定)したが、その際「手段・方法が社会観念上是認されるものである限りは、正当な業務行為だ」と指摘し、情報提供者側にも同様の考えを示した。
また、奈良県田原本町の母子3人放火殺人事件を取り上げた本の出版問題で、奈良地検は07年11月、放火した長男の供述調書を著者に渡した医師を秘密漏示罪で起訴した。著者の自宅なども強制捜査したが、最終的には逮捕もないまま容疑不十分で不起訴処分にしている。
さらに、内部告発を巡る裁判では、正当行為と認めて違法性を退ける判決も出始めている。取引先への不正請求の内部文書を複写して内部告発した従業員の行為について、東京地裁は「形式的には違法とされる可能性のある行為であるとしても、真実であることを示すために必要な行為。正当行為として違法性は阻却される」と判示(07年)している。
一方、2人の逮捕を巡っては、国連人権理事会の「恣意(しい)的拘禁に関する作業グループ」が09年9月、「国際人権規約に違反する」との意見書を採択し、日本政府に国際基準にかなう手続きを求めた。
公判では、ベルギー・ヘント大学のデレク・フォルホーフ教授(国際人権法)は被告側証人として、今年3月に青森地裁で「裁判所は、表現の自由を保障する自由権規約と刑法に矛盾がある場合は規約を優先すべきだ」と証言した。
公判後、毎日新聞の取材に応じ、「欧州人権裁判所は、公共の利益に関する活動をしているNGOには報道機関と同様の権利が保障されるべきだとしており、守秘義務違反や文書持ち出しといった軽微な犯罪であれば許容している。2人の行為は公共の利益に寄与するものであり、青森地裁はこうした国際的な水準に照らして判断すべきだ」と指摘した。
東京、徳島地裁などでは自由権規約の解釈に当たり、欧州人権裁判所の判例を解釈基準として肯定する判断も出始めている。
これに対し、青森地検は6月の論告で「自由権規約で保障されるのは『情報及び考え』であり、運送会社に侵入したうえ、荷物を窃取する行為は保障されていない」と反論した。
◆ 公判で証言、二転三転--調査捕鯨実態
「土産代不透明」「DNA鑑定と矛盾」
裁判では、*調査捕鯨を巡るさまざまな事実が明らかになっている。
そもそも船員に渡される「土産」とは何なのか。水産庁は当初、GPの照会に「ない」と回答。共同船舶もメディアの取材に存在を否定した。
その後、水産庁は「無償の土産はないという趣旨」と説明、同社は公判で「土産品という言葉の認識はなく、現物支給品はあった」と弁明した。
同庁や共同船舶によると、土産代は同社が「現物支給品代」として負担してきたという。その分量と価格は明らかにされてなかったが、GPの告発を機に公表を始めた。金額は800万~900万円という。また、土産代金の決済は鯨研への用船代からの差し引きなどとして行われていた。同社は「文書で残していなかったため不透明な部分もあった」と認める。このため、告発以降は透明性を高めた決済方式に改めたという。
一方、公判では、GPが「横領の証拠品」とする鯨肉の持ち主の不自然な証言が目立った。土産として配布された鯨肉ウネスは1人2本。持ち主は自分の分とは別に同僚から譲り受けた計5本分を宅配に出した。宅配の箱には10本入っており、「半分にした」と証言。ところが、青森県警が鯨研にDNA鑑定を依頼したところ、5本を半分に切り分けたのなら同じ個体は偶数でなければならないが、結果は7本と3本が同じ個体だった。証言と明らかに食い違った。
また、ウネスの入手先の人数について持ち主は捜査段階から「1人→2人→4人」と二転三転。公判では「1本あげた」と述べた船員の証言に、「もらっていない」と否定。最終的には「3人」になった。さらに、別の元船員が「過去に、段ボールやビニール、塩を用意し、勝手に持ち出したウネスを塩蔵している船員を見た」と証言しているが、持ち主は乗船時に分厚いビニール袋と塩5キロを持ち込んだと認めたものの、塩は「食事用」とした。
告発した元船員は、毎日新聞の取材に対し「日新丸の船員仲間が『告発以降は横流しはなくなった』と話していた」と述べている。
『毎日新聞』(2010年8月30日 東京朝刊)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20100830ddm012040004000c.html
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます