以下は、共同通信の配信記事。朝日も大同小異。
「東京都立板橋高校で3月に行われた卒業式で、日の丸・君が代に関する雑誌記事のコピーを配るなどして式を混乱させたとして、警視庁板橋署は7日、威力業務妨害と建造物侵入の疑いで、同校の元教諭の男性(63)を書類送検した。
都教委などによると、元教諭の行為で午前10時からの式の開始が約5分間遅れたとされる。元教諭は「式開始が遅れたのは自分の責任ではない。高校と都教委が事実をねじ曲げた」と主張している。
調べでは、元教諭は3月11日、卒業式の会場の体育館で、日の丸・君が代問題を取り上げた雑誌記事のコピーを保護者に配り、これを制止しようとした職員に抵抗して会場を混乱させたほか、式が始まる前に同校の3年生の教室に無断で侵入した疑い」
記者が、都教委と警察の発表をそのまま記事にしている「垂れ流し記事」の典型。かろうじて一行の被疑者の言い分を載せている。これが、イクスキュースか。
取材をすれば、いくつもの報道すべき事実をつかめたはずだ。
「元教諭」は卒業生が一年生の時の担任で、卒業式には来賓として招待されていたこと。卒業式では右翼として知られる都議の土屋敬之(民主党)が大声をあげていたこと。君が代斉唱時に圧倒的多数の生徒が着席したこと。君が代ではなく、旅だちの歌では、全生徒が声を揃えた斉唱をし、卒業式は感動的なものとして終了したこと。にもかかわらず、都教委と板橋高校長から、威力業務妨害の被害届が出されたこと。大がかりな実況見分が行われ、被疑者自宅の捜索差し押さえまで行われたこと。その後、被疑者には5回にわたる任意出頭の呼出があったこと。被疑者と弁護団が断固としてこれを拒否したこと。最終的には、弁護団と警察との間の「これ以上の呼出はない」との諒解での黙秘調書作成…。
警察には事件の処分権限はない。捜査を開始した以上警察限りで事件の収束はできないのだから、送検は警察の捜査が終了したというだけの意味しか持たない。問題は、捜査の結果起訴に足りる証拠の収集ができたか否か。報道は、そこにこそ関心を寄せなくてはならない。
書類送検とは身柄の確保ないままの送検。要するに逮捕・勾留はあきらめての送検である。警視庁・板橋署とも逮捕は無理、ないし得策ではないと判断したのだ。逮捕したところで有罪判決のための証拠獲得は困難と考えたのだ。また、元教諭自身・支援者・弁護人団の姿勢、そして世論の動向から、無理な逮捕はリアクションが大きいという情勢判断もあったはず。
報道は、切り込まなければならない。誰のどのような判断で被害届が出されたのか。ほんとうに、式は5分間遅れたのか。元教諭の行動と何らかの因果関係があったのか。こんな「小事件」に大げさな捜査が行われた背景に何があるのか。「権力御用達の垂れ流し記事」ではなく、権力批判のジャーナリズムによる記事を期待したい。産経と同列に置かれることを、この上ない侮辱と感じているはずの共同通信や朝日であるはずなのだから。
それにしても、「式が始まる前に同校の3年生の教室に無断で侵入した疑い」というのが恐ろしい。元担任教師が卒業を迎えた教え子の教室にはいることが「建造物侵入の疑い」というのだ。こんなことを犯罪とされてはたまらない。こんなことで、警察に呼び出されるようなことがあってはならない。権力の怖さにもっと敏感になろう。
TITLE:澤藤統一郎の事務局長日記
2004年10月09日(土)
http://www.jdla.jp/cgi-bin01/jim-diary/sd_diary_h/index.html
「東京都立板橋高校で3月に行われた卒業式で、日の丸・君が代に関する雑誌記事のコピーを配るなどして式を混乱させたとして、警視庁板橋署は7日、威力業務妨害と建造物侵入の疑いで、同校の元教諭の男性(63)を書類送検した。
都教委などによると、元教諭の行為で午前10時からの式の開始が約5分間遅れたとされる。元教諭は「式開始が遅れたのは自分の責任ではない。高校と都教委が事実をねじ曲げた」と主張している。
調べでは、元教諭は3月11日、卒業式の会場の体育館で、日の丸・君が代問題を取り上げた雑誌記事のコピーを保護者に配り、これを制止しようとした職員に抵抗して会場を混乱させたほか、式が始まる前に同校の3年生の教室に無断で侵入した疑い」
記者が、都教委と警察の発表をそのまま記事にしている「垂れ流し記事」の典型。かろうじて一行の被疑者の言い分を載せている。これが、イクスキュースか。
取材をすれば、いくつもの報道すべき事実をつかめたはずだ。
「元教諭」は卒業生が一年生の時の担任で、卒業式には来賓として招待されていたこと。卒業式では右翼として知られる都議の土屋敬之(民主党)が大声をあげていたこと。君が代斉唱時に圧倒的多数の生徒が着席したこと。君が代ではなく、旅だちの歌では、全生徒が声を揃えた斉唱をし、卒業式は感動的なものとして終了したこと。にもかかわらず、都教委と板橋高校長から、威力業務妨害の被害届が出されたこと。大がかりな実況見分が行われ、被疑者自宅の捜索差し押さえまで行われたこと。その後、被疑者には5回にわたる任意出頭の呼出があったこと。被疑者と弁護団が断固としてこれを拒否したこと。最終的には、弁護団と警察との間の「これ以上の呼出はない」との諒解での黙秘調書作成…。
警察には事件の処分権限はない。捜査を開始した以上警察限りで事件の収束はできないのだから、送検は警察の捜査が終了したというだけの意味しか持たない。問題は、捜査の結果起訴に足りる証拠の収集ができたか否か。報道は、そこにこそ関心を寄せなくてはならない。
書類送検とは身柄の確保ないままの送検。要するに逮捕・勾留はあきらめての送検である。警視庁・板橋署とも逮捕は無理、ないし得策ではないと判断したのだ。逮捕したところで有罪判決のための証拠獲得は困難と考えたのだ。また、元教諭自身・支援者・弁護人団の姿勢、そして世論の動向から、無理な逮捕はリアクションが大きいという情勢判断もあったはず。
報道は、切り込まなければならない。誰のどのような判断で被害届が出されたのか。ほんとうに、式は5分間遅れたのか。元教諭の行動と何らかの因果関係があったのか。こんな「小事件」に大げさな捜査が行われた背景に何があるのか。「権力御用達の垂れ流し記事」ではなく、権力批判のジャーナリズムによる記事を期待したい。産経と同列に置かれることを、この上ない侮辱と感じているはずの共同通信や朝日であるはずなのだから。
それにしても、「式が始まる前に同校の3年生の教室に無断で侵入した疑い」というのが恐ろしい。元担任教師が卒業を迎えた教え子の教室にはいることが「建造物侵入の疑い」というのだ。こんなことを犯罪とされてはたまらない。こんなことで、警察に呼び出されるようなことがあってはならない。権力の怖さにもっと敏感になろう。
TITLE:澤藤統一郎の事務局長日記
2004年10月09日(土)
http://www.jdla.jp/cgi-bin01/jim-diary/sd_diary_h/index.html
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます