語学に本当に奔走中(旧子供の夢をかなえたい 旧英語に本当に奔走中)

娘Noneは現在某国公立大学生、今年院を受験予定。現在自分はジオシティーズ時代からのネット界の知り合いを捜索中。

淘汰される側であったとしても

2018-01-03 16:55:38 | 親の学習日記
まあね、幼児の時から、あの家は問題あるから、
ということで、社会の枠から外れて、上手に社会化
する訓練をうけずにいまだにいて、ずっと異端者で
じぶんなりの「あり方」みたいなのを考えて生きて
るんだけど。

まあ、やはり今年も、親から暴力を受けて育ったり、
いろんな意味での健全な家族みたいなところで
育たなかった人が、より生きやすくなる情報を
発せる場であり続けようかと思う。

精神的に健康に育ち損ねた人と言うのは、そういう
人たちの集団から排除されるものだから。

好きとか嫌いとかだけで人を判断して、大勢の
グループの方に入れる育ち方ができたひとは
幸運だと思う。

幼稚園や小学校の時から、家庭に問題があると
いうことで、教師から他の生徒と一緒に行動
しないように疎外されて育ちましたからね。

私は、席を他の生徒から離されて、知的障碍の
ある子にひらがなを教えてあげることを言われて
授業を受けないで教える方に回るように言われてた。

それは、私が義務教育をちゃんと受けてない
ことになっているし、知的障碍のある子の
ほうも、きちんとした教師からの教育を
受けてない。

もちろん、そういう知的障碍のある子でも
手を抜いて教えたりはしなかったんだけど、
何の指導方法をならったわけでもない
ただの小学生だったし、まずそういう子に
先生が言うままに「ひらがな」を教えていた
ことがその子にとって適切だったのか自体から
もうわからないんだけど。
(大人になった今、その子がよりよい人生を
送るために学ばないといけないことは、他に
あったんじゃないかと思うことができるけれど)

それは、幼稚園から母がそれでもまだ一緒にいた
小4までだったんだけど。

小5、小6の先生はいい人で、授業は他の子と
一緒に受けさせてもらえるようになったんだけど、
父親の方が私に酒の話し相手をさせるために
学校に行かせなくなったので、成績は落ちるん
だけど。

世間で評判のいい大人が言っていること、
それを素直に受け止めたら間違った方向に行く
ことなんか何度でも見てきた。

まあ、このブログは、直接の知り合いが読んで
いるものだと知っていて、言えずにいた本音を
伝えるツールとして使わせてもらっていた
ところもある。

って、ソレ書いちゃうと次会った時に気まずく
なるんじゃないかと今思ってるけど、まあ
お互い、知ってて知らないテイで話し続けて
きたんだから、変わらないと思う。(っていうか
変えない)

子どもの時から味方なんかいなかった。親が
ハンデだった。

大人になってから、まあ、主人から見放されても
行き場所を失わなくてすんでいるところはあるけど
正直、母の持ってた貯金の額見て、中学の時、
高校の時とか、衛生に必要な類のものも十分に
買ってもらえなくて、人から遠ざけられていたけど
それだけ出費を抑えて作った貯金なのと、少し
「その額を当時の生活費に回していたら、もう少し
社会的立場が良くて、普通に進学、就職、結婚が
できたんじゃないだろうか?」とか、素直に今
母が貯金持っていることに感謝できないところが
あって

まあ、感じがいいとか悪いとかだけで判断して
幸せに暮らせる人たちは私たちのような者には
無縁で

とはいえ、そういう社会からはじかれた人が
どうしたらある程度の社会的立場に立って
安定した暮らしができるのか私が今わからなく
なっているところだから。

まあ、Noneについては、第一志望の大学は
かなりきつくても、行けた大学で普通にしてたら
雇用のいい時代が来てるんじゃないかなと思いたい
けれど。

なんか、自分たちが危機に置かれていた時期は、
就職ができる程度の教育を受けることを主眼に
生きていたし、お受験ブームみたいなのが追い風に
なっていたなと思うんだけど。

AIが仕事を奪うとか、そんなことを目の当たりに
して、Noneが大学とか卒業するときに就職口が
あるかどうかとかのスパンでものを見ていたら
いけないんじゃないか、

そして、自分の生い立ちから考えて、親とか
ふつう味方になってくれるひとが、味方でなかったり
味方になっていてもその力がなかったりする人の
ことを考えた方がいいんじゃないかと思って

パクるパクらないとかの話も出ましたね。
実際、主人に見放されて、味方もない時点で
社会への突破口を探しているときに、一生懸命
書いたものを、誰かが自分より先にかいたように
工夫して書いて、自分が目立たないところで
二番煎じのお茶を入れているようになっている
ときは、社会的勝者が強いままで、弱者は
弱者なんだなと思い知らされましたが。
なんか、出口への手綱切られたような思い
でしたが、

まあ、人気者は、パクられても平気だし
それでも人気があって、幸せなんでしょう。

自分の力になるものが、自分の知恵しかない
ような者でも、それがより認知度が高い人に
パクられても、社会全体が幸せになったん
だから喜べという理屈ですね、わかりました。

斜め目線の人の出口なんか閉ざされてあたりまえ
なんでしょうね。


リベラルってどうあるべきなのかな、が今の
中心的な疑問ですね。

社会福祉について、ちゃんと知りたいと思って
います。

過去の自分のような困った人を助けたいのに、
タダで情報が欲しいだけの人にその情報が
行くことを避けたい場合どうすればいいか。

まあ、情報なんてタダの時代になってるんだと
いう意見もありますが、伝える側が伝えたい
相手とか意思が守られていいと思うし、
情報提供者の生活とかが守られる収入とか
を考えるべきだと思います。


情報の価値のつけかたとか、時代が変わりつつ
あるんだけど、ネットでググってるだけの
情報とかはやっぱり現状ではその程度のもの
だなあと思います。

図書館や本屋に行くと、やはり人が審査した
ものを通り抜けただけの価値があるし、それは
無料ではない。(図書館では、お金を出さずに
借りることができますが、それは納税の賜物
ですから。そういう意味では、納税額の少ない
私は、他の納税者に感謝しているし、価値のある
図書を所蔵してくれる大阪市に感謝しています。)

もちろん、本屋にも図書館にもしょーもない
本も置いてるのは置いてるけど。

でも、高度な知識について書かれた本は、
やっぱり高いし、それをウィキペディアとかで
うまくは説明できていない。

まあ、TEDとか、NPOが作成者とかの
生活を保障して、価値のある情報を無料で
提供している場合もありますから、
善意の情報提供者がうまく経営していく
仕組みとか、その根本思想みたいなのに
興味があります。

価値のある情報で、紙の書籍で買うと高いけど
電子書籍になると奉仕的な価格になってる本も
でてきていますから、高度な知識とかを弱者も
手に入れられる時代に移り変わろうとしている
んでしょうけど、手放しでタダというのは
まだ無理があると思います。

まあ、価値のある情報をパクられても伝われば
いいわとか言っていても、それを支えるのが
自分の好き嫌いで選んだ人たちの会費とか
いうケースもあって、まあ、そうやって
人を選んで生きれることが羨ましくも
ありますが。

知識や情報を収入源として生きる人の
だれもが真似をできる方法ではないですね。

まあ、大学教授みたいな知識を生業とする人だって、
学術で進学しない生徒の卒論とかパクって自分の
論文にしたりするのかもしれませんが。

まあ、そういう人からみたら、人から好かれない
のが悪いのよと言うだけの話なのかもしれませんが。

ああ、できたら、そういう、今社会で優位な
立場に立つ人たちではなくて、どちらかと
いうと打ち捨てられた、見放された人々の
役にたちたい。

家庭や育ち方に問題があって、うまく社会化
できなかったような人たち。

まあ、ネットに代わる情報伝達方法なんて
あんまり考えにくいですが、

買い物に行く、若い店員さんがいて、見ただけで
自分が普通に買い物をしたこともないし、人から
遠ざけられて生きていて、人と普通に目を合わすのも
ためらっている、めっちゃ貧乏で育って、疎外されて
生きてきたけど、働かなくちゃいけない、みたいな

見るからに、顔の筋肉見て、幼いころから
笑ったこととかあんまりないねんやろうな、とか

私が高1のとき、そうだったように。

ただ、今現在、なんか資格とか特技とかもって
よりよい仕事を目指すとかよりは、

労働環境とか、働き方そのものを考えないと
いけないときにきているような気がして

Noneの同級生とかで教育を受ける機会が
なかった子から、よく
「将来はコンビニの店員になる。」
みたいなことをよく聞いている。わりと最近の
話で、

あれから2、3年しかたってないけど、無人化が
すすんでいて、今だって待遇がいいわけじゃない
けど、その子が大人になったときに、生活が
できる職業でありつづけてくれているかわからない。

もちろん、教育の機会の方をみなおしたほうが
いいのかもしれないけど。

私自身も自分の生活考えた方がいいけど、社会の
大多数の人が生活できる教育とか雇用とか物価
とかその他のことを考えたい。

自然に任せていたら、淘汰されちゃう側の人間
なんだけど

生き残る側の力をつけるよりも、人間らしい
社会の在り方を考えたい、その結果、自分が
生き残れなかったとしても。

25の時、社会人学生になろうとしたときも同じ
気持ちだった。

そうして身に着けたものの見方が、健康な人から
みたら、斜めのものの見方、なんだとしても。

だいたいこんな感じです。
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