ヴィクトリア湖に放たれたナイルパーチという外来魚をとおして地球の抱えている問題を正面からとりあげているドキュメンタリー映画です。
といっても、日本でもブラックバスが放流されて日本から古く生息している魚が減ってしまったとか、そんな小さな(と言ってはよくないんですけど・・・)問題だけではなく、南北問題や、貧困、戦争、社会の荒廃いろいろなものが見えてきます。
・外来魚のナイルパーチがヴィクトリア湖の自然環境を狂わせたけれど、ナイルパーチ漁が街の産業に発展・・・でも、たくさんとれるナイルパーチが工場で加工されて切り身の部分はヨーロッパや日本などにすべて輸出され、現地の人たちに残されるのはその残りかすだけと言う事実・・・アフリカという大陸が抱えている大きな問題。いわゆる北の資本主義国がアフリカ独自の文化を壊し、北向けの産業を長年にわたって押し付けた結果、国として経済的に独立することが難しくなっている現実があるのだと思います。ナイルパーチはそういう意味では、アフリカの文化、生活形態を壊した、資本主義の象徴でもあるのかもしれません。
安い賃金で働かされる人、失業、ストリートチルドレン、売春など、このナイルパーチの産業の発展が街の人たちに還元されているわけではありません。売春はエイズを蔓延させ、ストリートチルドレンを増やしと、悪循環に陥っています。
ナイルパーチの残りかすが運ばれた村でそれが山積みになっているのをいろいろなんかやってるんですけど、その光景はまさに悪夢としかいいようのない光景でした。
最初に売春婦がタンザニアの歌をうたうんですが・・・その人はオーストラリア人にナイフで刺されてなくなってしまいます。あとでまたそのうたっている映像が流されます。彼女のそのときに見せたちょっと恥じらいながら見せる笑顔がなんか突き刺さってきます。
子どもがナイルパーチの梱包材を溶かして麻薬のように使っている姿や、食べ物をみんなで取り合ったり、タバコをすったり・・町が荒廃して、そこから抜け出せない人たちの姿があります。
1日1ドル程度で夜警の仕事をして、前任はナイフで切り刻まれて殺されて自分が職を得たと言い、泥棒が入ったら毒がついた矢で殺すと言う。で、戦争がおきれば貧困が解決すると言い・・・
何から何までその悪循環の中で展望が見えてきません。
じっさいに、それを見た人たちが何ができるか・・・自分は何もできない無力感だけがのこりました。誰かが何かをやればどうなるというような生易しい問題ではない気がします。誰かが正義感でボランティアにいったって、個人が募金したって・・・広いアフリカの景色を見ていたら何にもならない気がしました。
これは地球の抱えている矛盾です。一部に富が集中して貧困を根深いものにする・・・儲け本意の資本主義社会が抱える問題を解決しない限りどうにもならない気がします。
アフリカの現実をみせつけられました。でも、みせつけられただけです。この問題に対して何かをしようという気にはなりません。
輸入された魚をたべなければ良いとも思わないし、日本でおこっている問題を棚にあげてアフリカの問題を叫ぶことも違うと思う。(・・・それが間違いと言うつもりはないけれど・・・違うと言うのは、自分にとって違うということ)
もし、自分にできることがあるとすれば、日本の社会を変えることなのでしょう。遠回りのようでも、それが一番近道なのだと思います。
・・・というわけで、いろいろ考えさせられる映画でしたが、途中でちょっと眠くなってうとうとしてしまいました。まさに悪夢になってしまいました。
タンザニアの歌はまだ頭をぐるぐる回っています。
といっても、日本でもブラックバスが放流されて日本から古く生息している魚が減ってしまったとか、そんな小さな(と言ってはよくないんですけど・・・)問題だけではなく、南北問題や、貧困、戦争、社会の荒廃いろいろなものが見えてきます。
・外来魚のナイルパーチがヴィクトリア湖の自然環境を狂わせたけれど、ナイルパーチ漁が街の産業に発展・・・でも、たくさんとれるナイルパーチが工場で加工されて切り身の部分はヨーロッパや日本などにすべて輸出され、現地の人たちに残されるのはその残りかすだけと言う事実・・・アフリカという大陸が抱えている大きな問題。いわゆる北の資本主義国がアフリカ独自の文化を壊し、北向けの産業を長年にわたって押し付けた結果、国として経済的に独立することが難しくなっている現実があるのだと思います。ナイルパーチはそういう意味では、アフリカの文化、生活形態を壊した、資本主義の象徴でもあるのかもしれません。
安い賃金で働かされる人、失業、ストリートチルドレン、売春など、このナイルパーチの産業の発展が街の人たちに還元されているわけではありません。売春はエイズを蔓延させ、ストリートチルドレンを増やしと、悪循環に陥っています。
ナイルパーチの残りかすが運ばれた村でそれが山積みになっているのをいろいろなんかやってるんですけど、その光景はまさに悪夢としかいいようのない光景でした。
最初に売春婦がタンザニアの歌をうたうんですが・・・その人はオーストラリア人にナイフで刺されてなくなってしまいます。あとでまたそのうたっている映像が流されます。彼女のそのときに見せたちょっと恥じらいながら見せる笑顔がなんか突き刺さってきます。
子どもがナイルパーチの梱包材を溶かして麻薬のように使っている姿や、食べ物をみんなで取り合ったり、タバコをすったり・・町が荒廃して、そこから抜け出せない人たちの姿があります。
1日1ドル程度で夜警の仕事をして、前任はナイフで切り刻まれて殺されて自分が職を得たと言い、泥棒が入ったら毒がついた矢で殺すと言う。で、戦争がおきれば貧困が解決すると言い・・・
何から何までその悪循環の中で展望が見えてきません。
じっさいに、それを見た人たちが何ができるか・・・自分は何もできない無力感だけがのこりました。誰かが何かをやればどうなるというような生易しい問題ではない気がします。誰かが正義感でボランティアにいったって、個人が募金したって・・・広いアフリカの景色を見ていたら何にもならない気がしました。
これは地球の抱えている矛盾です。一部に富が集中して貧困を根深いものにする・・・儲け本意の資本主義社会が抱える問題を解決しない限りどうにもならない気がします。
アフリカの現実をみせつけられました。でも、みせつけられただけです。この問題に対して何かをしようという気にはなりません。
輸入された魚をたべなければ良いとも思わないし、日本でおこっている問題を棚にあげてアフリカの問題を叫ぶことも違うと思う。(・・・それが間違いと言うつもりはないけれど・・・違うと言うのは、自分にとって違うということ)
もし、自分にできることがあるとすれば、日本の社会を変えることなのでしょう。遠回りのようでも、それが一番近道なのだと思います。
・・・というわけで、いろいろ考えさせられる映画でしたが、途中でちょっと眠くなってうとうとしてしまいました。まさに悪夢になってしまいました。
タンザニアの歌はまだ頭をぐるぐる回っています。