係の自衛官に指定された時間に、受付に戻ってきました。
幾つかの机にはそれぞれ名簿を前にした受付係が座っており、
「1番機」から「4番機」までの搭乗予定者名簿をチェックしています。
つまり、体験搭乗のために稼働するP-3Cは4機で、それぞれが何回か飛行をするということです。
1回に乗れる人数は10人といったところですが、待っている人たちを見ても
ほとんどが午餐会に参加したと思しき面々に思われたので、
抽選を勝ち抜いて乗ることになった一般の人は、よほどの豪運ということになりそうです。
受付で名前を確認した後は、1番から4番機まで横並びに指定された
パイプ椅子に腰掛けて呼び出されるまで待ちます。
機内に荷物を持ち込むことは一切禁じられているので、受付の後
皆はそこで荷物を預けていましたが、わたしはTOに見てもらっていました。
そして、時間が来て、同じ飛行機に乗るグループは、全員パイプ椅子の
左側にある小さな部屋(普段はブリーフィングルームか何かの模様)に
説明を受けるために入れられました。
「こんにちは!わたしがこの基地でもっともイケメンの◯◯1曹です」
開口一番明らかな冗談を(すみません) 飛ばす説明係の隊員。
思わず沸き起こる拍手に、
「あ、ありがとうございます!初めて拍手いただきました」
他の組では毎回スルーされてたんですね・・・・。
それはともかく、搭乗前のブリーフィングは、まず携帯の回収から始まりました。
手荷物は皆預け済みですが、ほとんどの人がまだ携帯をポケットに入れていたのです。
これは、隊員の目のないところでこっそりと写真を撮るという可能性を断つため。
まあ、ここで「持っていない」と言い張って実はまだポケットに入れっぱなし、
ということもしようと思えばできるわけですから、あくまでも自衛隊は
各々の良心に判断を委ねてくれているわけです。
携帯は荷物と一緒に預けてもいいが、ここで預ける人はこれに入れてください、
と、専用らしいプラスチックのバスケットを持って隊員が回ってきました。
「今日の夜、インターネットに”基地の思い出”とかいう題で内部の写真が出たら、
わ た し が 困るんです」
ディズニーランドの(秘密)クラブ33では、参加者に対し
「内部は撮っても構わないけどネットにアップしないでください」
という対応でしたが、ディズニーは「そのときには企業として法的対処するで」
という無言の圧力を参加者にかけられるからであって(多分)
自衛隊という立場ではたとえそういうことがあっても
一般人に対して厳しい対応を取れないので、(多分)神経質にもなるわけです。
それこそP-3Cの画像がが秘密保護法の対象になるかどうか、って話なんですけど。
さて、ブリーフィングは続いてP-3Cの機体のスペックについて、
それから本日の航路についての説明が行われました。
この日は前日の雨が朝まで残り、1日曇天で傘をさすほどではない霧雨が
時々感じられないでもない、といったレベルのはっきりしない天気だったのですが、
そのせいで航路が大幅に短くなった、ということでした。
海将夫人と雑談したとき、彼女が「富士山の近くまでP-3Cで行ったことがある」
とおっしゃっていたので、当然今回も富士山が見られるのかと思っていたのですが、
正規のルートで行ったとしても、せいぜい東京都内の端っこを
かすめてくる程度であることがこのブリーフィングで判明しました。
「それからトイレですが」
なにやらとても重大なことのように、案内の方は気のせいか深刻な声で言いました。
「どうしても我慢できなくなった方は、トイレがあります。
ありますが・・・・・・、このトイレは実は”おまる”と同じような作りでして」
前回、停止しているP-3Cに潜入させていただいたときにもトイレは気になりましたが、
そ、そ、そうだったんですか!(軽くショック)
「つまり使用されると・・・いや、どうしてもというときには必ず声をかけて
使用していただいてもいいんですが、その後を始末するのが」
・・・・ゴクリ(唾を飲み込む音)
「わたしなんです」
いやあああああ!
それはなんというかする方もされる方も嫌というか。
「ですから、できれば、使わないでいただいた方がありがたいというか、
使わないでください、お願いします」
切実な心の声だと理解いたしました。(T_T)
子供じゃあるまいし、たかだか30分程度のフライトでどうしても
我慢できないという人も実際は皆無だと思われますが。
今滑走路に降りてきているP-3Cは体験搭乗者を乗せてきた機体です。
ブリーフィングの部屋から出た我々は、一列になって歩かされ、
さっきピクルス王子の描かれた汽車が走っていた通路に停まっていた
マイクロバスに乗って列線まで移動しました。
マイクロバスに乗った順でバスから降り、やはり一列でタラップの前に並びます。
P-3Cのタラップは狭くて急で、わたしは前もって招待してくれた方から
「当日はヒールのある靴は履いてこないでください」
と言われていたので、乗馬でよく履いていた安全靴のような作りの編上靴を
履いてこの日に臨んでいたのですが、なんと、同乗の三人の女性のうち
一人は8センチはありそうなしかもピンヒールを履いていたので驚きました。
まあ、階段を登るときはヒールは大抵使わないので、わたしも万が一
ピンヒールできたとしても、そんなに困らなかったとは思いますが、
やっぱり招待してくれた方の忠告は無下にはできないでしょう。
それに本人がいくら大丈夫と思っても、隊員にも心配かけてしまいそうですしね。
エンジンがかかっているP-3Cの前に立って驚いたのは彼女のヒールだけではありません。
そのエンジン音の凄まじいこと!
ふと見ると、外に出てきているP-3Cの乗員は全員が耳にイヤホンを付けています。
そこにいるだけで苦痛なくらいの轟音は、わたしがこれまでの生涯で初めて体験するレベルで、
(アメリカのホテルで度々鳴る火災報知器も大概だけど、それともまた違う)
思わずわたしは両耳を手で塞ぎました。
わたしが歩き始めた順番は年配の男性に続いて二番目で、
最初から三番目までの見学者はまずコクピットに通されました。
わたしはコクピットの右側にある胸くらいの高さの出っ張りに
「頭の上のスイッチに触れないように気をつけてください」
と注意されながら座るように指示されました。
後から聞いたら、この出っ張りに普通は隊員が座るそうです。
シートベルトなしで離陸しちゃうんですね。
わたしは離陸のときだったから良かったけど、後半に交代して
ここに座って着陸した人は前に滑ったりしなかったんだろうか。
あくまでも機体の一部であり、ただの出っ張りだったのでそう思いました。
いよいよ離陸です。
コクピットには正副タコの三人、見学者三人。
エプロンから滑走路に入るのに旅客機のようにUターンし、最終体制に入ります。
旅客機ほど重力を感じず、グランドキャニオン見物で乗ったセスナよりは重い感じで、
P-3Cはテイクオフしました。
この間、ずっとコクピットの三人が英語で色々言っていたのですが、
一言も覚えていなくて残念です。
それを正確に再現したものを見たければ、前回貼った
「P-3C対某国潜水艦の死闘ショー」(だっけ)をどうぞ。
体験搭乗者を乗せているときにはこんな飛行はしません(笑)
旅客機との大きな違いは高度の取り方で、P-3Cが水平飛行に入るのはすぐでした。
ブリーフィング(笑)によると、当航空基地から見えるスカイツリーよりも低く、
従って当日空を覆っていた厚い雲の上に出ることもありません。
旅客機がテイクオフしてしばらく見えている地上の景色がずっと変わらないまま
飛んでいると言った感じのフライトが続きました。
「正面に見えているのが印旛沼です」
離陸してから戻ってきたクルーがなんと案内もしてくれます。
航路は左回りで、眼下に利根川の河原が見えました。
できるだけ住宅の真上を通過しない航路が決められているようでした。
スカイツリーもあそこに見えています、と教えていただきましたが、
やはり遥か遠くに霞んでいるくらいの距離でした。
もっとも、体験搭乗の高度はスカイツリーより低いらしいので、
あまり近くには行かないほうがいいかもしれません。
それにしても感じたのは地上に見る住宅の密集度です。
北関東の住宅街の、マッチ箱のような家屋がどこを飛んでもびっしりとあり、
万が一事故になった時の惨事を想像するだけで胸がきゅっと縮みました。
ちなみに、実際にここを初めて飛んだ海将の感想は、
「住宅街もさることながら、電柱がやたら多く”飛ぶのには嫌な地形だな”と思った」
そうです。
可能性として0パーセントではない事故を引き起こすミスを0パーセントにすべく、
ここに限らず入間や横田などの基地航空隊の人々が
どれだけ安全第一に運行管理を行っているかを考えずにはいられませんでした。
今にして思えば、そのときにそんな考えに至ったのも、一つの偶然というものかもしれません。
このP-3C機内で、わたしはある一人の男性と遭遇したのです。
その方は、自衛官だった息子を殉職で失った父親でした。
続く。