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リフティングボディM 2-F3〜スミソニアン航空宇宙博物館

2022-04-19 | 航空機

スミソニアン博物館の宇宙開発コーナーの隅には、
全く目立っていないのですがこんな奇妙な形の航空機があります。

これはちゃんと飛行機としての機能を持つのだろうか?
などと考えずにはいられないスリム感のないシェイプですが、
別の角度から見てみると、


予想とは(どんな予想だ)全く違う上部の佇まい。
これはあれかな、特殊な用途のための実験機かしら。

現地に説明のパネルもなかったので(あったのかもしれませんが見つからず)
NASA 803  FLIGHT RESEARCH CENTER
という機体に書かれた文字だけを頼りに調べてみたところ、
これは、「リフティングボディ ノースロップM2-F3」
という機体であることがわかりました。

リフティングボディ?バーベル持ち上げるアレかな。
それウェイトリフティングや。


■リフティングボディとは

バーベルならずとも、何かのボディを持ち上げるもの。
この名前からはそういう雰囲気が漂ってくるわけですが、
何なのか、リフティングボディ。

wikiによると、

「極超音速での巡航を前提とした航空機、ないしはスペースプレーン等のような
大気中を飛行することがある一部の宇宙機に使われる、
機体を支える揚力を生み出すように空気力学的に工夫された形状を有する胴体」

んん?それって普通の宇宙船やロケットと何が違うの?
正直ちょっとこの日本語は分かりにくいですね(分かりますが)。
この英語の方が説明としては分かりやすいかと思います。

「リフティングボディとは、固定翼機や宇宙船において、
本体そのものが揚力を発生する構造のことである」

分かりやすくて短く収まっています。英語の人有能。
本体そのものが揚力を持つように空気力学的に工夫するのは当たり前ですから、
リフティングボディが何かの説明にこの部分はいらんってことですわ。

それにしても、この機体の形状を特に下から見て、
皆様何か思うことはありませんか?

そう、翼らしい翼がないのです。

人が鳥のように空を飛ぼうと思った時、その機械には鳥のような翼をつけましたが、
こちらは全く鳥の翼的なものはなく、厚みのある紙飛行機、という感じです。

リフティングボディは従来の翼を持たない胴体であり、
胴体そのものが揚力を発生する固定翼機や宇宙船の形状をしています。

翼がない、というのはイコール「揚力面をなくす」ことであり、
これは亜音速での巡航効率を最大にするということを期待してのことです。

皆様は、音速を超えることを目的にしたX−1、そして
スカイロケットなどがどうやって発進したか覚えておられますよね。
大型爆撃機のペイロードとして離陸し、空中からドロップされたその形状は、
やはりほとんどミサイルのような、翼の小さなものでした。

これは、亜音速、超音速、極超音速飛行、あるいは宇宙船の再突入のためには、
翼の抵抗と構造を最小にする必要があるからです。

そうして翼の抵抗と構造をミニマムにした結果、リフティングボディは、
機体全体で揚力を得ることができるような構造となっています。

(という説明を読めば読むほど、紙飛行機のことだよね、と思ってしまったわたし)


■リフティングボディ前史と開発史

最古のリフティングボディは、アメリカのロイ・スクロッグス(Roy Scroggs)
という仕立て屋さんが考案した「The Last Laugh」かもしれません。


スクロッグスと「最後に笑う者」

無尾翼のダート型をしたリフティングボディ。
スクロッグスは1917年にデルタ翼の特許を取っています。

安全性、経済性、STOL性能をもたらす飛行機を作りたいという彼の執念は、
多くの人から嘲笑され、奇抜なアイデアは航空専門家に否定されました。

スクロッグスがこの実験機に付けた名前「最後に笑う者」は、
そんな世間に対する挑戦的な意味で付けられました。

機体は90馬力のカーチスOX-5エンジンが2枚羽根のプロペラを駆動するもので、
テストでは3mの高さまで上昇しましたが、特許出願後、
空港で飛行試験を試みたところ、誘導路に乗り上げて転倒し、破損。

失意のうちに彼は開発を諦めたわけですが、後年、
コンコルドの翼型実験で低速を試すために設計されたハンドリーページHP.115は、
「The Last Laugh」と非常に似たデルタ前縁角のスイープを持っていました。

そして、スペースシャトルは最終的にデルタ翼が採用されました。

つまり、スクロッグスが最後に笑うためには、リフティングボディは
低速では効率が悪く、その研究が盛んになるのは、
あと50年、エンジンの進化を待たねばなりませんでした。


リフティングボディの研究最盛期は1960年代から70年代にかけてです。

ソ連との宇宙開発競争真っ最中の時期から、アポロ11号によって
勝ちを手にし、ノリに乗っていた頃にかけてということになります。

アメリカは小型・軽量の有人宇宙船を作るための研究として、
リフティングボディのロケット飛行機を何機も製造し、
ロケットで打ち上げられた再突入機は何機か太平洋上でテストされました。


左から;X-24A,、M2-F3 、HL-10リフティングボディ
冒頭写真の機体は真ん中のM2-F3 どれもいわゆる「翼」がない

航空宇宙関連のリフティングボディの研究は、宇宙船が地球の大気圏に再突入し、
通常の航空機と同じように着陸するというアイデアから生まれたものでした。

大気圏再突入後、マーキュリー、ジェミニ、アポロなど、
従来のカプセル型宇宙船は、着陸する場所をほとんど制御できませんでした。

中には、地球の自転と移動の関係を勘違いしてコンピュータに打ち込み、
ただでさえピンポイントで場所を選べないのに、
えらく離れたところにカプセルが落下して苦労した回もあったくらいです。

その点、翼を持つ操縦可能な宇宙船は、着陸範囲を広げることができます。

しかしそのためには、宇宙船の翼が再突入と極超音速飛行という
動的および熱的ストレスに耐えられるような翼が必要となってきます。

そんな翼、作れるのでしょうか。

そこで、ストレスに耐えられないなら翼をなくせばいいじゃない、となって、
翼がなければ胴体そのものに揚力を持たせればいいじゃない、となり、
翼をなくすという案に辿り着いたというわけです。


NASAによるリフティングボディのコンセプトの改良は、
1962年にNASAアームストロング飛行研究所から始まりました。

最初のフルサイズモデルが、木製の無動力機であるNASA M2-F1でした。

カリフォルニア州エドワーズ空軍基地で行われた最初の実験では、
まず、ポンティアックが機体を運ぶところが見ものです。


なんか楽しそう

そしてC-47の後ろに牽引されたM2-F1が放出されました。
M2-F1はグライダーなので、着陸範囲を広げるために
小型のロケットモーターを搭載していました。


ふざけてんのか

M2-F1はすぐに「空飛ぶバスタブ」と呼ばれるようになったそうです。


■「600万ドルの男」オープニングタイトル


スミソニアン博物館に展示されているノースロップM2-F3は、
1967年ドライデン飛行研究センターで墜落したノースロップM2-F2をもとに
再建された重量物運搬用機体とされています。

墜落した機体を元に、って何なんでしょうか。


 1967年5月10日、NASAの研究用航空機である無翼機、
M2-F2リフティングボディがカリフォルニアの砂漠に墜落しました。

この映像がそのまま使われたテレビ番組のオープニングがあります。

The Six Million Dollar Man Opening and Closing Theme (With Intro)

まさかと思いますが、どなたかこのテレビ番組をご覧になったでしょうか。
主人公のスティーブ・オースティンなる人物は、この事故で重傷を負い、
バイオニックインプラントのおかげで、超人的な強さ、スピード、
視力を持つサイボーグとなって、悪と戦うというヒーローものです。

映像を見ていただくと分かりますが、 M2-F2は、
飛行機というよりボートのような外見をしています。

前述のように、NASAは、宇宙からの再突入をより制御し、耐熱性を持たせる
リフティングボディ、無翼飛行の実験を行っていました。

わたしが撮影した下からの写真を見ていただくと、リフティングボディは、
機体の下部がとにかくぽってりと丸く、上部を見ると驚くほど平らです。
これは、揚力を得るために設計された形状で、
翼の代わりに機体の姿勢を制御するための垂直尾翼を持っています。

ボディはアルミ製、エンジンはXLR-11ロケットが搭載されていました。

オープニング映像でもわかるように、B-52爆撃機の翼の下に搭載され、
高度13,716mまで上昇後、エンジンを点火、その後滑空降下し着陸します。

これらの飛行により、パイロットが無翼機を宇宙から飛ばし、
飛行機のように着陸させることができることが実証されたのでした。



12年間のリフティングボディ飛行のうち、重大な事故が1回だけ起きました。
それが「600万ドルの男」のタイトルになった映像のときです。

16回目のテスト飛行で、ブルース・ピーターソンの操縦するM2-F2は、
機体が制御不能になり、時速250マイルで地面に突っ込み、
何度も転がりながら静止したため、ほぼ壊滅状態に陥りました。

墜落の原因は、フロー・セパレーション(境界層剥離)によって引き起こされた
制御の不安定さからくるダッチロールの発生とされています。




ピーターソンは何度か手術を受けましたが、顔の怪我、頭蓋骨の骨折、
片目を修復する「バイオニックインプラント」は当時ありませんでした。

事故で破損したM2-F2をベースに、先端フィンの間に第3垂直尾翼を追加し、
制御特性を向上させる改造が施されたM2-F3が製造されました。


つまり、「600万ドルの男」オープニングで飛び、墜落するのは、
他でもないスミソニアンに展示されているのと同じ機体ということになります。

このリフティングボディシリーズは、
NASAとノースロップ社の共同プログラムによって建造されました。
機体名の「M」は「manned」「F」は「flight」バージョンを意味します。

まず、最初のバージョン、M2-F1およびM2-F2の初期飛行試験により、
有人による宇宙からのリフティングボディ再突入のコンセプトが検証されました。

1967年5月10日にM2-F2が墜落したときには、すでに貴重な情報が得られており、
新しい設計に寄与していたため、この墜落は計画の失敗という意味ではありません。

ただ、M2-F2は横方向の制御性に問題があったため、ノースロップ社で
3年にわたる設計・改修の末、M2-F2を再建しました。

1967年5月の墜落事故では、左翼と着陸装置が引きちぎられ、
外板や内部構造にも損傷があったため、飛行研究所のエンジニアは、
エイムズ研究所や空軍と協力して、より安定性を高めるために
中央のフィンを持つ機体の再設計を行いました。

当初、機体は修復不可能なほど損傷していると思われましたが、
オリジナルの製造元であるノースロップ社が修理を行い、M2-F3と改名する際に、
第3垂直尾翼を追加して、先端尾翼の間の中央に配置し、
制御特性を改善するように改造されたというわけです。

M2-F3は依然としてパイロットにとって厳しい機体でしたが、
センターフィンの採用によって、M2-F2の特徴であった
パイロット誘起振動(PIO)の高い危険性を排除することができました。

■運用

M2-F3は1970年6月2日、NASAのパイロット、ビル・ダナが初飛行を行いました。


繋がれてる人がDana

改良された機体は、以前よりもはるかに優れた安定性と制御特性を示しました。
ダナはM2-F3で高度20,200m、マッハ数1.370を記録しました。

その後27回のミッションでM2-F3は最高速度マッハ1.6を達成。
最高到達高度は、20,790mでした。

このM2-F3は、1967年から1972年にかけて27回の飛行を行っています。

その実験の全てを成功させ、多くはスペースシャトルの実施に生かされました。
このリフティングボディの研究により、無動力着陸が安全であることが実証され、
シャトルには着陸エンジンが不要ということがわかったのです。

■ スミソニアン国立航空宇宙博物館のM2-F3

軌道上の宇宙船に搭載されているような
RCT(リアクション・コントロール・スラスター)システムを搭載し、
機体制御の有効性に関する研究データを取得しました。

M2-F3は、リフティングボディプログラムの終了に伴い、
現在の多くの航空機に使用されているサイドスティック型コントローラと
同様のサイドコントロールスティックの評価実験も行っています。


1973年12月、NASAはM2-F3をスミソニアン協会に寄贈しました。
現在は、1965年から1969年までドライデンのハンガーでパートナーだった
X-15 1号機とともに、国立航空宇宙博物館に展示されています。


■リフティングボディ実験のレガシー

1990年代から2000年代にかけての先進的なスペースプレーン構想では、
まさにこのリフティングボディ設計が採用されています。


HL-20実物大模型

例えば、HL-20人乗り打ち上げシステム(1990年)、
プロメテウス(2010年、中止)などがそうです。



HL-20の技術を発展させたドリームチェイサーは、現在のところ、
無人の補給船としての運用が想定されています。
ヴァルカンロケットに搭載して垂直状態で打ち上げられ、
滑空帰還して通常の滑走路へ着陸するのです。



2015年、ESA(欧州宇宙機関)のIntermediate eXperimental Vehicle(IXV)
がヴェガロケットで打ち上げられ、弾道飛行によって
低軌道からの地球帰還実験をシミュレートする飛行実験を実施。
史上初めてリフティングボディ宇宙船の再突入を成功させました。

IXVは、FLPPプログラムの枠組みで評価されうる、
ヨーロッパの再使用型ロケットを検証することを目的とした、
欧州宇宙機関の揚力体実験再突入機です。

このM2-F3は、これらの重量級無翼リフティングボディの第1号です。

無翼機の形状だけで空力的な揚力を得るというコンセプトは、
スペースシャトルの設計そのものに生かされることになりました。


リフティングボディのコンセプトは、NASAのX-38、X-33、
BACのMulti Unit Space Transport And Recovery Device、
欧州のEADS Phoenix、ロシアと欧州の共同宇宙船Kliperなど、
多くの航空宇宙計画で実施されてきました。

リフティングボディは、SpaceX社のファルコン 9ロケットにも採用され、
その設計原理は、ハイブリッド飛行船の建造にも利用されています。

続く。