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メリンダ・ゲイツのスピーチと学位承認の儀式〜大学卒業式@ベイエリア

2024-07-03 | アメリカ

アメリカ西海岸で行われたMKの大学の卒業式、
パレスチナ支援の卒業生たちが数百人単位で式をボイコットし、
会場を去っていく間も、臨時学長リチャード・サラー氏の演説は続きます。


後でMKが、このスピーチを、

「何が言いたいのか全くわからなかった」

と貶していました。

改めて内容をチェックすると、まず、何分もかけて言葉を変えながら、

「君たちをここまで育んだ家族とコミュニティに対する感謝が大事」

と一言で済むことをクドクドと?繰り返しています。

まあ当たり障りないというか、当たり前というか、普通の内容です。
ひとしきりそれが済むと、歴史学者であるサラー学長は、

「古代ローマの専門家として語る」として、続けました。

「過去4年のパンデミックの悲劇を矮小化するつもりはないが、
絶望的な物語の中で過去を理想化したり美化するのも間違いです。

幸福度のほとんどの尺度において、みなさんの世代は、
古代ローマ人や100年前のアメリカ人、私の世代より先を行っていますし、
みなさんは先祖より長生きする可能性があります。

過去1世紀にわたってアメリカの平均寿命は40%延びました。
1970年以来、世界の平均寿命は16年延びました。
古代ローマにおける15歳未満の子供の死亡率は50%でしたが、
1950年には25%、現在ではわずか4%になりました。

そして、ほとんどのローマ人は自給自足していたが、
現在極度の貧困率は減少し識字率も古代の10%から現在は87%へと(略)」

で、何が言いたいかというと、これらの変化は教育と、知識の発見、
普及の賜物であり、皆さんと大学はそれに貢献しているということらしい。


過去より現在、現在より未来が人間にとってより良いものになっている、
ということを、学長は学者らしく数字を挙げて証明したかったのでしょう。

そして、今の世界にも問題は各種存在するが(ボイコットの原因含む)

明日の世界をより良くするために、皆さんはここで学んだことを活かして
それら問題を解決していってくださいねと言いたかったようです。

しかし、MKとその周りに、この学長代理のスピーチは滅法不評でした。
数字ばかり挙げて、で、古代ローマとか何言ってんの?みたいな。


確かに古代ローマ史の専門家で「ならではの」視点はないかもしれません。
単にその事実を数値化するだけなら誰にだってできますし。

■ メリンダ・ゲイツのスピーチ



サラー学長がこの日のキーノート・アドレス、
=基調講演を行うスピーカーを紹介しました。

「慈善家、事業家、女性の人権保護者、そして当大学育ての親」

である、メリンダ・フレンチ・ゲイツ氏です。

プログラムには「Pivotal 創業者」と紹介されていますが、
ピヴォータルとは、2015年に設立された、ベンチャーキャピタル、
政策、権利擁護の橋渡しと推進を行う組織名で、
女性の経済的および政治参加を増やす取り組みを使命としています。

(つまり彼女のライフワークは女性の権利の向上でもあるわけです。
そんな人が夫とエプスタインのような人物の関わりを許すはずありませんね)

彼女の慈善事業へのアプローチは、イデオロギーよりも柔軟性を重んじ、
あくまでもデータ主導であり、その上で、アメリカの裕福な人々に
その富を慈善活動に寄付することを呼びかけており、
彼女自身も今後2年間で10億ドルを寄付する予定だそうです。

以上のことを学長がスピーチすると、会場から拍手が巻き起こりました。

ちなみに彼女のウィキペディアには、最後に
この日卒業式で基調講演を行ったことが付け加えられています。

Melinda French Gates 2024 Stanford University Commencement Speech
自動翻訳から日本語を選択できるので、
もしご興味があれば聞いてみてください。

最初に彼女は、当大学メカニカルエンジニアで学んだ彼女の父が、
メリンダの姪の卒業を見るために母と一緒にここに来ている、と言います。
なお、彼女の娘も、娘婿もここで学位を取得しています。

この日大学がメリンダに2回目となるスピーチを依頼したのは、
彼女の姪が卒業するタイミングだったからだったかもしれません。

この日は父の日だったので、彼女は会場のすべての父親におめでとうを言い、
母親たちを労って、聴衆の心をしっかりと掴みました。

スピーチの核心に入ると、彼女は、アメリカの思想家、ラム・ダスが言った、
海を渡る二つの波についての話をします。

「大きな波と小さな波が岸に向かって打ち寄せていた。

陸地に近づくにつれ、大きな波は、波が海岸で砕けるのを見て絶望し、
小さな波に、『私たちはもう終わりだ』という。

しかし小さな波は微笑んで『心配しないで。大丈夫ですよ』という。
大きな波が、それでも『終わりだ』というのに対し、

小さな波は落ち着いて、

『それは違います。その理由をたった六語で説明します』


といった。
その六つの言葉とはこうだった。

『You are not wave, you WATER.』
(あなたは波じゃない。水です)


そして、60歳になった自身に訪れた様々な経験について、
それが目の前にある時には、大きな波が感じたような恐怖に見舞われたが、
次の日には乗り越え、それからの行動が自分を形作ってきたと言います。

そして、皆さんはこれからこの大学の卒業生として、
色々と展望や計画を持ち、世間も皆さんを必要としていると思うが、
人生には往々にして想像もしなかったことが起こるので、
自分のこの地球上での使命について皆さんは考え方を変える余地を残し、
それを厭わないでほしいとして、

「波が波でなく自分を別の名前、『水』と呼ぶことを認識したとき、
自由自在に新しい形になることができるのです」

そして卒業生には、自分自身の小さな波(大きな波を見る視点)を持ち、
物事の本質を見る視座を養うように、と、
自分自身のマイクロソフト入社時の(苦い)経験をもとに語ります。

そして、自分自身にとっての小さな波になってくれる人を見つけること、
また、誰かにとって自分が小さな波の役割を果たし、
信頼性の構築によって壊れた世界を修復することを望み、

”And when you wake up tomorrow,
no longer the person you are today
and not yet the person you will become next.
(明日目覚めたあなたは、もう今日のあなたではありませんが、
まだ次の自分になることもできていません)

I hope you will draw courage and confidence knowing
that you graduates are water, the force that shapes the shore.
(私が望むのは、卒業生の皆さんが勇気を自信を持つことです。
なぜならあなた方は水で、岸辺を形作る力であるのだから。

What a powerful force you are.
(それはなんと力強いものでしょうか)

と締めくくりました。


明快でわかりやすく、そして説得力のある訓戒です。
さすがはフォーブスの「最もパワフルな女性100人」に
2013年以降ほぼ毎年ランクインしており、
国内外から様々な勲章を受けている女性のスピーチだけあります。

卒業生たちも、素直にこのスピーチには拍手を送っていましたし、
後で聞くとMKも「学長のは酷かったけど」こちらは評価していました。

わたしは、客席からの写真ではわからなかった彼女のブレスレットが
ヴァン・クリーフ&アーペルであることを目ざとく察知しました。

でっていう話ですが。


■ 学位授与の儀式

ここで、博士号、修士号の授与式が行われました。

授与式とは、各学部の学部長が順番に対象者を紹介し、
学長がそれを受けて宣言することで、
この瞬間卒業生は正式に学位を与えられた者となります。

わたしがアメリカの大学の卒業式に出席するのは三度目ですが、
以前出席した2回とは全くやり方も方式も違いました。

アメリカでは、各大学の歴史や規模によって独自の方法が培われ、
それを継承して伝統にしているのだということがよくわかります。



本学の学位授与には定型があります。
最初に行われたMKの工学部で説明すると、まず学部長が登壇し、

「工学部の候補者はどうぞ起立してください」


それを受けて、工学部の博士号、修士号取得予定者が、
歓声を上げつつ立ち上がり、学部旗が振られます。

すると学部長が、

「学長閣下、私はあなたに理学修士、工学修士、
Ph.D.(後述)の学位取得要件を満たした者をここに紹介します

といい、学長がそれに答えて、

「ありがとうございます、ウィットマン学部長。
本大学の教授会および理事会から私に与えられた権限により、私はここに、

あなたがたに授与された学位を授与し、その権利、責任、特権を認めます。
おめでとう!

会場から拍手が起こり、ここで初めて彼らは学位取得者になるのです。


続いて法学部、教育学部が続きます。



教育学部は修士、博士合わせて総勢30人くらい。
学部長は、学部紹介の時、

「Small but mighty.」(少数精鋭です)

と付け加えて、会場から温かい笑いが漏れました。
続いて人文科学部、そして「ドー・スクール」。

「Doerr(ドー)School of Sutainability👈click

は当大学独自の大学院で、米国最大の気候変動関連学部の一つです。
日本語で言うなら「持続可能開発大学院」とでも言いましょうか。

土木・環境工学(工学部との共同部門)、地球システム科学、
エネルギー科学・工学、地質科学、地球物理学、海洋学の研究を行います。


そして次の学長が登壇すると、早くも歓声が上がり始めました。
次に学位授与されるのはスクールオブビジネス、経営大学院。

おそらくアメリカで入るのが一番難しい、世界の最高峰ビジネススクール。
裕福さにおいても全米で2番目と言われております。

なんかイメージとして、全員イケイケで派手な感じ?
少なくとも工学部とは全く違う毛色の人種が生息していそうです。

そして、このジョナサン・レヴィン学部長は、
次期学長となることが決まっているのです。

サラー学長は、レヴィン学部長の任期が終わるまでの繋ぎを務める立場から

「あなたのビジネススクール学部長としての最後の卒業式に際して、
GSPへの貢献と、当大学の学長職を引き受けてくださることに対する
私からの感謝を受け入れてください」


とこの時にその就任について言及しました。


案の定、ビジネススクールの一団からは、大歓声が巻き起こります。
その派手さに、会場の人たちはちょっと呆気に取られている感じ。


立ち昇る紙吹雪(かな?)、飛び交う風船。


よく見るとあっちこっちでシャンパン(と見せかけた発泡水)
の瓶を開けて、周りの人たちの帽子はびしょ濡れ状態・・・・。

なんか知らんが、さすがはビジネススクール。

何から何までノリが違う。


最後に学位授与されたのは、大世帯のビジネススクールの前に、
わずか三列に収まっていた少人数のスクール・オブ・メディシンでした。

理学修士、医師助手学修士、科学修士、
そして「ドクター・オブ・フィロソフィ」が与えられます。

最後の「Doctor of Philosophy」は略称Ph.D.(ピーエイチディー)で
所定の在学期間を経たのち、筆記&口頭試験に合格したものが、
3年から5年以内に学位請求論文を精査されたのち与えられるものです。



さあ、そこで学長がこんなことを言います。

「マルティネス学長補佐、我々は誰か忘れてませんか?」


「さあどうでしょうか。誰かまだ残ってます?」



すると学士予定者が歓声を上げました。

わたしは入場の時にちょっと勘違いしていたのですが、
「バチェラーオブアート、バチェラーオブサイエンス」は
文系、科学系の学士の総称、つまりアンダーグラデュエイト卒業生です。

そして学長の宣言により、彼らに無事学士が与えられました。
そして最後に学長の、

「おめでとう、クラス2024 !」

と言う言葉の後、サノ教授の指揮による
「Stanford Hymn(大学讃歌)」が演奏されました。



「なだらかな丘が聳え立つ場所
さらに高き山の頂へ
海岸山脈のあるところ 夕焼けの炎の中
それは真紅に染まり、蒼ざめていく
ここで我々は歓呼の声をあげる

汝、我らがアルマ・マター(母校)よ
麓より湾に向かいて
我々が歌うときそれは鳴り響く
鳴り響き、そして舞い上がる
万歳、Stanford、万歳」


プログラムにはこの歌詞が載っており、
観客席の周りからは卒業生なのか、唱和する声が聞こえました。



そして本当の最後に、宗教、スピリチュアルライフの学部長であり、
牧師でもあるステインワート博士が、

「皆さんは思いやりに満ちたコミュニティを構築し、
美しい世界の壊れた部分を修復、保全、構築することができますように」


と述べて、最後に

「アーメン」

で締めくくりました。
どんなにリベラルが「メリークリスマス」を言えないような風潮を作っても、
依然アメリカはキリスト教国なのだと思った瞬間です。



で、ここからがアメリカ(の悪いところ)だなあと思ったのは、
これで終わりとか、皆様お気をつけて会場をとか言わないので、
卒業生が勝手に立ち上がってその辺をうろつきだし、
中世ファンファーレのブラスが厳かに流れる中、
退場する教授陣の通路が塞がれてしまったことです。

いかにもアメリカ人らしいお行儀の悪さ。

流石に、

「卒業生の皆さん、皆席に座って教員が退場するまで待ってください」

とか注意されていました。


わたしたちも一斉に退出する観客と一緒にこの後出口に向かったのですが、
このスタジアム、出るにはいくつかの狭〜〜〜〜いトンネルを通るので、
その前で人間が渋滞してしまい、外に出るまで団子状態で待たされました。

「もしテロや火災が起こったら確実に大人数が往く魔の構造だね」

などと、スタジアムの構造に文句を言いながら外に出ます。


検索したら、1993年の卒業式の映像が出てきたのですが、
それを見る限り、それ以前からあった古いスタジアムのようです。

いまいち安全性に関しては考慮されていないようでしたが、
よく今まで何事も起こらずきたものだと感心しました。

なんとか外に出た後、今度は工学部の卒業式会場に向かいます。


続く。