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海上自衛隊東京音楽隊第64回定期演奏会 @文京シビックホール

2024-11-28 | 音楽

去る11月25日、海上自衛隊東京音楽隊の定期演奏会を拝聴しました。

冒頭の絵ですが、この日演奏会で独奏を演じたソリスト二人です。
前日、別ログのためのイラストを仕上げたばかりで、
Apple Pencilがスタンバイしていたので、ふと描いてみました。

過去、実在した軍人のイラストを多数描いてきましたが、
現役の自衛官を描いたのは当ブログ史上初めてのことになります。

ただし、太田一曹は演奏の時、飾緒をつけておらず、
エポーレットのある制服も着ていなかった気がします。

参考にしたのは音楽まつりの時の映像ですので念のため。


今回定期演奏会が行われた文京シビックホールは、
文京区役所の敷地内に備えられた多目的ホールです。

何を隠そう、わたくし渡米前は文京区小石川在住であったため、
ここで婚姻届を出し、何ならMKの出生届もここで提出しております。

なので、大変思い出深い場所なのですが、今回久しぶりに訪れてみれば、
後楽園の駅横全体が「ラクーア」というモールになっていて驚きました。
昔は本当にこの辺り、気の利いたレストランなんて何もなかったですよ。

ついでに、昔MKをベビースイミングに連れて行ったプールは、
「アソボーノ」という子供の遊び場になっていて、内部写真によると、
プールのあった場所がそのままボールプールに変わっていました。

■ 管弦楽曲の吹奏楽編曲

この日のプログラムは序曲を除き、全て管弦楽曲の吹奏楽編曲版でした。
これは吹奏楽団としてはかなり変則的な試みであると思います。

前もって予告されていたのはピアノ協奏曲と「ローマの松」でしたが、
この選曲を見ただけで、激しく期待せずにはいられませんでした。

実際、当日のプログラムを見たら、それは
一般の管弦楽団の定期演奏会のそれであると言われても
何の違和感もないくらいのラインナップだったからです。

一応ご存知でない方のために説明しておくと、
管弦楽と吹奏楽の違いは弦楽器の有無です。

吹奏楽にはコントラバス以外の弦楽器は含まれず、
管弦楽でバイオリンが演奏する部分を、吹奏楽ではクラリネットが持ち、
管楽器では不可能な高音域の持続音やピチカートなどは、
別の楽器を使用したりタンギングなどで代用して原曲に近づけます。

吹奏楽アレンジがよくできているため定番化されることもあり、
超有名なところではチャイコフスキーの「序曲1812年」とか、
ムソルグスキーの「展覧会の絵」とか、エルガーの「威風堂々」とか、
この辺りになると演奏回数においてもどちらが元祖かわからないくらいです。

この日のメインプログラムとなった、レスピーギの「ローマの松」は
「ローマ三部作」の「ローマの祭り」と共に、
吹奏楽が定番化した曲の一つといえましょう。


🎵 吹奏楽のための序曲 
フェリックス・メンデルスゾーン・バルトロメイ

MENDELSSOHN Overture in C for Winds, Op. 24 - "The President's Own" U.S. Marine Band

米海兵隊バンドの演奏が見つかりました。
(海兵隊バンドという先入観のせいかもしれませんが)キレのある演奏です。

この日、司会のハープ奏者、荒木美佳二曹の解説で、
「メンデルスゾーンがこの曲を作曲したときは15歳だった」
ということを聞いて、一瞬だけ驚いてしまったのですが、よく考えたら、
実はメンデルスゾーンってば超早熟の天才児だったんですよね。



超富豪(銀行家)のおぼっちゃまで、音楽、絵画、何ヶ国語もペラペラ、
ついでに親の財力で当時の有名人(ゲーテとか)と付き合いがあった彼、
「幸福な音楽家」のキャッチフレーズは伊達ではなかったわけですが、
寿命だけはそれを帳消しにするように早逝(37歳、脳溢血)しています。

しかし、若くして亡くなった割に作品数が多いのも、
音楽家として活動を始める時期が早かったからでもあります。


フェリックス12歳

わたくし、高校生の時の自由論文で音楽家の裏話を集めて書いたことがあり、
その中でメンデルスゾーンについて、

「確かに彼の一生は幸福であったが、ドイツのユダヤ人だった彼が
もう少し遅く生まれていたらきっとそれどころではなかっただろう」


なんて締めくくってみたものですが、後から知ったところによると、
ヨーロッパのユダヤ嫌いは「ベニスの商人」を紐解くまでもなく根強く、
メンデルスゾーン家はそのために迫害を受けたりもしています。

つまり余人には窺い知れぬ民族的な宿命を負って生きていたわけですから、
後世の人間が金持ちとか才能だけで決めつけて、
「幸福な音楽家」とか人の苦労も知らずに勝手に言ってんじゃねえ、
と、本人は草葉の陰で思っているかもしれません。

この吹奏楽のための序曲ですが、メンデルスゾーンが15歳の夏、
家族でバルト海沿岸に避暑に行き、そこで依頼でもされたのか、
現地の吹奏楽団のために作曲したものだそうで、おそらくは
サラサラ〜っと、数日で完成させたのではないかと思われます。

避暑地のバンド編成に合わせて作曲された1824年版は小編成でしたが、
本人は大人になってから「序曲」として編曲しなおし、
この時には打楽器フルセットも加えて、現在残っている構成になりました。

この日の演奏は、もちろんこの1838年版によるものです。

🎵グリーグ ピアノ協奏曲 イ短調 Op.16

Edvard Grieg: Piano Concerto in A minor (Víkingur Heiðar Ólafsson)

前半最後は太田紗和子一等海曹のソロによるグリーグのピアノ協奏曲。

同じ吹奏楽版を貼ろうとしたら、唯一見つかった動画
(インディアナ吹奏楽団)が転載禁止だったので、代わりに
最近の推しピアニスト、ヴィキングル・オラフソンの名演を貼ります。

若々しく無謀なくらいスピード感に溢れる演奏で(そのせいか
第一楽章ではっきりとミスしていますが)とにかく聞いていて気持ちがいい。

おそらくカデンツァが凄まじすぎたせいだと思うのですが、
1楽章が終わったところでスタンディングオベーションが始まってしまい、
こういうのを嫌うはずの奏者も、指揮のアシュケナージも拍手を始め、
当人も仕方なく?途中なのに立って挨拶する始末(笑)


それにしても、ピアノ協奏曲としてあまりに有名なこの曲、
こんな曲の吹奏楽バージョンがあったのかと驚きましたが、
探してみたら洗足学園音大の宍倉晃氏編曲の譜面が出版されていました。

本日演奏がこのバージョンかどうかはわかりませんが、
いつもの聴き慣れた曲の吹奏楽版はとても新鮮で興味深かったです。

太田一曹はこの大曲を全体的に軽やかにかつ力強くまとめていたと思います。
第一楽章のカデンツァのテンポプリモから主題の部分などは
全く緊張感を途切れさせることなくメロディを制御していたのは見事でした。

そして吹奏楽も、ソリストの演奏をうまく引き立たせており、
グリーグ特有の民族的な響きが管楽器から感じられました。

ただ、オリジナルの管弦楽の響きが刷り込まれている耳には、
ピアノに対してバンドの音量が強すぎるように感じる部分もありましたが、
これは普通に構成楽器の「誤差」範囲と考えます。


それにしても、軍楽隊にコンサートピアニストが所属しているって、
世界でも珍しい例なんじゃないか?と思い、調べてみたのですが、
「コンサートピアニストで陸軍将兵将校」という例が見つかりました。

Chicago's Hidden Gems: A concert pianist who serves his country 練習は一日4時間確保

「ヒドゥン・ジェム」は「隠れた宝石」という意味です。
このイアン・ギンデスというピアニストは、現役の州兵将校でもありますが、
こうやってニュースに取り上げられるのは、それが珍しいからです。

自衛隊音楽隊のヒドゥン・ジェム、太田紗和子一曹の場合は
「軍楽隊所属のコンサートピアニスト」なので、
もしかしたら世界唯一の存在かもしれませんね。


前半はここで終了しました。
この日のシビックホールは、不思議なくらい観客が少なく、
まるでコロナ中の頃のように席が均等に空いているのです。

これはもしかしたら去る11日の掃海艇沈没と関係あったかもしれません。

「うくしま」火災についての防衛大臣会見

🎵 歌劇「アイーダ」より 凱旋行進曲とバレエ音楽 
ジュゼッペ・ヴェルディ

【淀工吹奏楽部】歌劇「アイーダ」第二幕より 凱旋行進曲とバレエ音楽(2022)

歌劇「アイーダ」の「凱旋行進曲とバレエ音楽」というレパートリー。
このビデオをご覧になった方はお気づきのように、
この曲には管楽器のバンダ(ステージ以外で演奏するグループ)が付きます。

正式にはアイーダ・トランペットと呼ばれるエジブト風トランペットが6、
ハープもバンダとして加わります。

この日のバンダには、音楽隊以外の演奏者が何人か含まれていました。

🎵 「アイーダ」より「清きアイーダ」

Enrico Caruso - Celeste Aida 1906 - Restored 2023

いろんな歌手が歌っていますが、カルーソーの1906年演奏を選びました。
音質最低です。

しかし、これが日露戦争の翌年でHMS「ドレッドノート」が進水式をし、
ドイツではUボート第一号が進水(海軍限定歴史)した頃と考えれば、
この時代の録音が残っていることそのものが奇跡的と思いませんか?

Celeste Aida (Aida) Luciano Pavarotti, Teatro alla Scala, Milano, 1986 こちらはパヴァロッティ

古代エジプトが舞台の「アイーダ」は、当時のエジプト総督から
スエズ運河開通記念事業として依頼された作品だと信じられてきましたが、
実はヴェルディはその依頼を断っており、厳密には
スエズ運河ともオペラ劇場柿落としとも関係ない別件の依頼です。

当時のエジプト総督は、誰でもいいからヨーロッパの有名どころに
エジプトを舞台のオペラを作らせて自分の手柄にしたかったようで、
「ヴェルディでなくてもワーグナーでもグノーでもいい」
と脚本家に宛てた手紙でうっかり本音を書いたところ、
脚本家が(意図的に)ヴェルディにそれをチクったため、
ワーグナーの名前を出されてムラムラと競争心を燃やしたヴェルディは、
法外な作曲料よこせとか、全て自分が権限を行使できるようにしろとか、
めんどいからカイロでの初演には立ち会わないとか、
全ての上演権は俺のものとか、とにかくお前何様?みたいな条件で
ふんぞりかえって作曲を引き受けたという経緯があります。

ちなみに、「アイーダ」に対し、ミラノの批評家からは
「ワーグナーの影響ありすぎ」「ワーグナーの模倣」と言われてしまい、
ヴェルディは深く傷ついていたということです。繊細さんか。

説明が長くなりましたが、この「清きアイーダ」というアリア、
エジプト軍の若き軍隊指揮官ラダメスが、相思相愛の仲である
奴隷のアイーダを称えて第一場で歌うロマンチックな歌です。

この日の橋本二曹の演奏は、その立ち姿と堂々とした声量が相まって
恋する人への熱い思いを歌う軍隊指揮官の姿がよく表現されていました。

ちなみに劇ですが、ラメダスはアイーダの思いを受け入れたことから
意図せず軍機を敵に漏洩してしまい、それで死刑判決を受け、
実は敵軍の王の娘で、情報を父に渡していた当のアイーダは、
ラメダスが閉じ込められた石の墓に一緒に入り、死んでいきます。

🎵 交響詩「ローマの松」Pini de Roma オットリーノ・レスピーギ

交響詩「ローマの松」 O.レスピーギ作曲 NHK交響楽団

この曲の第3部に、ナイチンゲール(夜鶯)の鳴き声が入るのですが、
作曲家自身の指定で、「ここではレコードをかけること」
と決まっていて、レコード番号の指定まであるのです。
初演の通りの再生機で指定のレコードをかけるという、
ものすごくこだわったことをしているN響の演奏を貼ってみました。
レコードの再生は15:00からです。

で、この日のナイチンゲールの鳴き声、どうやっているのか、
一生懸命オペラグラスで見ていましたが、結局わかりませんでした。

打楽器の奏者がステージの右隅に移動していたので、
そこに何か再生装置?があったのかもしれません。

Pines of Rome / Ottorino Respighi ローマの松 龍谷大学吹奏楽部

第二部「カタコンバ付近の松」では、地下墓地(カタコンベ)の付近を通ると
どこからともなく聞こえてくる聖歌が表現されているのですが、
3:00〜くらいから確かにグレゴリオ聖歌っぽいのが聞こえてきます。

🎵 「イッヒ・リーベ・ディッヒ」グリーグ

Charles Danford – I Love Thee (Ich Liebe Dich)
アンコールに橋本二曹が太田一曹の伴奏で歌ったのが、この小品です。
(実はわたしここで三宅由佳莉2等海曹が登場すると思っていたのですが。
この日彼女の演奏が聴けなかったのは残念でした)

♩あなたは私の思い、私の存在であり、私の未来
あなたは私の心の最初の喜び
この世の何ものにも代え難くあなたを愛す
時の流れの中で、永遠にあなたを愛す

この歌詞を書いたのはあの童話作家アンデルセンです。
ピアノ協奏曲の作曲者の作品ということで選ばれたようです。

🎵 行進曲「軍艦」瀬戸口藤吉

行進曲「軍艦」の演奏で、定期演奏会は終演しました。
ピアノ協奏曲にオペラの一節、そして交響詩と、どれをとっても
大変意欲的で聞き応えのあるプログラムだったと思います。

植田隊長率いる東京音楽隊が、ますます新しい境地を開いていくことを
期待せずにいられないこの日の演奏会でした。

終わり