昨日は天真寺婦人会例会日
10時~役員さんが集まって料理作り
私のベランダ園芸のゴーヤも小さいけど初出荷
11時から婦人の集い~お勤めの後
御文章拝読についての解説、法話、踊りの練習が終わり
役員さんが作った料理を頂きました。
ゴウヤはこうなりました。
昨日は天真寺婦人会例会日
10時~役員さんが集まって料理作り
私のベランダ園芸のゴーヤも小さいけど初出荷
11時から婦人の集い~お勤めの後
御文章拝読についての解説、法話、踊りの練習が終わり
役員さんが作った料理を頂きました。
ゴウヤはこうなりました。
花山勝友師が天真寺法話会で話されたいた。
「合掌はいいよね両手を合わせ私は何もしません。という意思表示だから、握手は片手が空いているから何をされんか分からない」
まさに合掌は帰命の心ですね。
私心を交えず如来さまのおおせにしたがう姿です。
豪雨により大きな石が動かされているのにビックリする。
水の力はすごいですね。
そのテレビ画像を見ていた思い出したのが蓮如上人御一代聞書の言葉でした。
至りてかたきは石なり、至りてやはらかなるは水なり、
水よく石を穿つ、心源もし徹しなば菩提の覚道なにごとか成ぜざらん」
といへる古き詞(ことば)あり。
いかに不信なりとも、聴聞を心に入れまうさば、御慈悲にて候ふあひだ、信をうべきなり。
ただ仏法は聴聞にきはまることなりと[云々]。
(意訳・本願寺意訳本より)
〈きわめて堅いものは石である。きわめてやわらかいものは水である。
そのやわらかい水が堅い石に穴をあけるのである。
心の奥底まで徹すれば、どうして仏のさとりを成就しないことがあろうか〉
という古い言葉がある。
信心を得ていないものであっても、真剣に聴聞すれば、仏のお慈悲によって、信心を得ることができるのである。
ただ仏法は聴聞に尽きるのである。と蓮如上人は仰せになりました。
全国各地での豪雨により
亡くなった方、安否不明者は増えるばかり…!
関西圏に住む親しい友人二人に連絡をとると
京都・舞鶴の友人の寺では、位牌堂が潰れ,
本人は大阪で仕事して帰る途中
電車の運休、土砂崩れ、川の氾濫等で
一昨日は京都で足止め、昨日は福知山まで来て足止め、帰るに帰れずにいる。
和歌山の友人の所では庫裏の裏山が崩れトラック3台分位の土砂崩れ。
昨日は千葉県内で震度5弱の地震があった。
下から水災害、地上は地震、上からは土砂崩れ
まさに諸行無常の世の中だ
築地本願寺で会議があり
昼時、帰宅するのにナビ任せで帰って来たら
築地→豊洲から首都高速→木場→ディズニーランドを通り
→新たに出来た外環→松戸Out
混んでいることもなく1時間弱で帰宅。
コース的には遠回りだけど早い
外環が出来て本当に便利になりました。
もうパパとママにいわれなくても
しっかりとじぶんから
きょうよりはもっともっと
あしたはできるようにするから
もうおねがい ゆるしてください
おねがいします
ほんとうにもう おなじことはしません
ゆるして
きのう ぜんぜん できてなかったこと
これまで まいにちしてきたこと なおします
あそぶって あほみたいだから
ぜったいぜったいやらないから
やくそくしまする
(船戸結愛 5歳)
墓地を散歩していたら
下記碑文があった
「先祖の霊に平安を」
私が先祖を案じる前に、私を案じていて下さってます。
南無阿弥陀仏と感謝のお念仏を申しましょう。
いかに生きるべきかを言う前に
いかに生きているのかを知るべきである
あるがままの自分を見るべきである
【定例法話会】
7月20日(金)午後1時30分~
講師 平野俊斉師(市川市中原寺住職)