ホセ・クーラが演出したストックホルム王立劇場のラ・ボエーム「スカンジナビアのボエーム」。
2015年11月21日の初演は、パリ、ベイルートなどの都市でのテロ犠牲者に捧げられました。
――クーラのカメオ出演
クーラは演出家として、また舞台デザイン、照明、衣装、メイクと、多面的にこの作品にかかわりましたが、出演の予定はありませんでした(指揮もしていません)。
しかし実は、初日だけ、ちょっぴり顔だし出演をしたのでした。
“ヒッチコックのカメオ出演”の誘惑に負けたと、フェイスブックに自らの扮装写真を掲載しました。哲学者、知識人で、ハンス・イエガー役ということです。
もちろんプッチーニのラ・ボエームにはない役柄ですが、クーラの演出コンセプト、「スカンジナビアのボエーム」の社会背景、モデルとなった、19世紀の北欧に実在した主人公たちの思想、運動に大きな影響を与えた人物だそうです。ハンス・イエガーについては、(構想編)でクーラが説明しています。
また興味のある方は、(演出メモ編)、(舞台模型編)、(リハーサル編)もぜひご覧ください。
この「スカンジナビアのボエーム」では、実在の北欧の文化人・芸術家のストリンドベリ、ムンク、グリーク、キルケゴールらが主人公です。舞台としたストックホルムのバーンズ・サロンゲールには、彼らに影響を与えた人物として、ハンス・イエガーや哲学者のニーチェが登場します。
左が、実在の人物ハンス・イエガーの肖像画、右がイエガーに扮してセリフなしの顔見せ出演したクーラ。
同じくハンス・イエガーに扮したクーラ、その右隣はニーチェ役です。ニーチェもムンクに影響を与えた1人。
クーラがこのように出演したのは、初日だけです。もちろん歌いません。初日に劇場に行った人だけが、探してみることができました。
――初日の反響
「完全に満足できるボエームのプロダクション」など、初日は、全体として好評だったようです。
ツイッター上にも、「初演後、総立ちの拍手喝采」「アメージング!ラ・ボエーム」「美しく、遊び心。そしてもちろん悲しい」「幻想的な夜!」「素晴らしいショー」「ムンク風セットに興奮」等の多くの声がありました。
ストックホルム王立劇場のフェイスブックには、「素晴らしいショー」「詩的で温かい」「また見たい」など好意的なコメントが寄せられています。
――ラジオ生中継、映画館ライブ放映、公開講座でも
このクーラ演出のプッチーニのラ・ボエーム、初日の2015年11月21日は、スウェーデンラジオP2で生中継され、日本でも聞くことができました。
11月28日には、スウェーデン全土の60か所の映画館でライブ放映されました。日本で考えたら、いったいどれくらいの規模になるのか、スウェーデンではいつもこうなのでしょうか?本当に驚きです。
また、劇場が、作品への理解を深めるために、ストックホルム大学と連携して無料の公開講座も開きました。
11月26日、内容は、クーラが舞台、人物を設定した19〜20世紀の北欧の芸術運動、男女平等や個人の尊重、社会変革などを求める運動の歴史や背景、北欧の芸術などについての解説とのことです。
このように、オペラを誰でも楽しめて、理解をより深めることができるように、さまざまな努力がされているのですね。
このスウェーデン王立歌劇場は、1773年創設。600人以上の正規職員を雇用しているとHPに記載されていました。文化行政の手厚さを感じます。
――初日を終えたクーラの思い
11月21日のラ・ボエーム初日を終えて、クーラは、自分のフェイスブックに写真と思いを掲載しました。
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●すべての努力は無駄ではなかった
演出家の最高の報酬の1つは、歌手が役柄になり切っているのを見ることだ。すべての努力は無駄ではなかったと思う。
日頃ほがらかなライナスが、不機嫌で内向的なムンクに変身したのは、素晴らしかった。
この画像は、ライナスとムンクの見事な類似性を示している。
●お気に入りの場面
ダニエルの課題はストリンドベリの心理に体を合わせること。彼は1・9mの巨体、作家は虚弱。またダニエルは内気、私は彼が甘く危険な男に見えるようにした。
好きな場面の1つは、第2幕、内気なストリンドベリが大勢の前でミミにセレナーデを歌う。ストリンドベリがギターを弾く写真に触発された。
幸いダニエルはギターが弾けたので、真実味のあるシーンになった。
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これまで紹介した内容からも、クーラが、自分のコンセプト「スカンジナビアのボエーム」を構想するうえでも、実際に舞台を形づくるうえでも、そして出演者たちに演技や衣装・メイクをつけるうえでも、北欧の歴史に学び、リアリズムにもとづいて人物造形をすすめ、ムンクを絵をつかって幻想的でロマンティックでありながら、心に迫るドラマを描く努力を重ねてきたことがわかると思います。
クーラの演出は、脚本と音楽の枠組みそのものをすべて破壊して組み換えるような大胆なやり方ではありませんが、日頃から発言しているように、現実に根ざして、リアルな人間ドラマを、脚本とスコアに誠実に向き合う中でつくりあげていると思います。
2017/18シーズンは、クーラがこけら落とし公演のアイーダに出演した新国立劇場の開場20周年です。この記念の機会に、クーラの出演、もしくは演出もふくめて、何らかの形で招聘されることを、切に願っています。
最後に、ストックホルム王立劇場の動画を紹介します。セットを組み立てる風景からはじまり、出演しての思いを語り合い、談笑する出演者たち、そしてクーラのインタビューです。クーラはリラックスして、ボエームのセットを背景に、演出の意図などを熱く語っています。(英語)
Boheme - Intervju med José Cura
この「スカンジナビアのボエーム」は、2015年11月21日から2016年の6月まで、27公演が行われました。
さらに再演が決定し、2017年の1/28,31, 2/4,7,10,16,19、6/ 3,7,9,12,14 とまた長期の公演が予定されています。
スウェーデンにご旅行予定の方は、ぜひご観賞を検討されてみてはいかがでしょうか。 → 王立劇場のHP
*写真はクーラのFB,劇場のHPなどからお借りしました。