今回は、ホセ・クーラが2021年10月25~30日に、マルタフィルハーモニーと取り組んだマスタークラスに関して、メディアのインタビューに答えた記事から抜粋して紹介したいと思います。
マスタークラスについては、「写真と動画編」、「告知編」で紹介しています。
またこれまでのマスタークラスでは、ブログ内でもリンクを紹介していますが、2019年のBBCカーディフ国際声楽コンクールでの様子が全編動画で視聴できます。最高に面白いので、ぜひご覧ください。 「2019年 ホセ・クーラ、BBCカーディフ国際声楽コンクールでマスタークラス」
≪ オペラを教える仕事ーーテノールのホセ・クーラが自身の考えを語る ≫
世界的なオペラスターであり、指揮者でもあるホセ・クーラは、オペラのキャラクターの独創的な解釈、革新的なコンサートのプロダクションと情熱的な指揮で知られている。今回は、マルタ・フィルハーモニー管弦楽団が開催するマスタークラスを前に話を聞いた。
オペラのテノール歌手、指揮者、演出家、舞台美術家、写真家として有名なホセ・クーラは、その総合的な指導法でも知られている。マルタ・フィルハーモニー管弦楽団の企画で、10月の最終週にクーラは、一連のマスタークラスを開催し、ゴゾ島のアストラ劇場で参加者によるクロージング・コンサートが行われる予定だ。
クーラは、自身の教育スタイル、とりわけ幅広い知識からの非凡な視点に関連して、自分の教え方は、本質的に、これらの多様な分野での経験と関連していると語った。
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「現在のアーティストとして、また1人の人間としての私は、さまざまな異なる分野で経験してきたことの結果だ」と彼は語り始めた。
「私は、このような総合的なアプローチなしには教えることができない。私が唯一気をつけているのは、生徒が対処する準備ができていないことで無理はさせない、ということだ。学生が不安になるだけだからだ。その時に教える必要のないことを隠すのは、その時に必要なことを教えることと同じくらい重要だ」
さらに続けて、教えるという行為は、教師ではなく生徒を中心に考えるべきだと強調した。
「教えることは、教師が自分の広い知識を自慢するためではなく、成長しつつある植物が、可能な限り最高に伸びていくように支えるもの。しかし、花を咲かせるために必要な努力をすることは、植物自身の責任だ」
クーラは、生徒がマスタークラスに参加する前に十分な技術を持っていることが不可欠であると説明し、これが主催機関に求められる条件であると述べた。ホセ・クーラは、20年以上の多彩なキャリアを持つ。
「そうでなければ、マスタークラスではなく、ビギナーズクラスしか提供できない」と説明する。
「この違いは非常に重要だ。適切な道具があれば、数日で家を取り壊すことができるが、同じ期間に家を建て直すことはできない。教える側としては、若い歌手のテクニックをひっくり返してしまったら、彼らと一緒に再構築するのに必要な時間を割けなければ、かえって害をもたらしてしまうということを意識しなければならない。経験を積むと、何か月もかけて修正する必要のある問題を見極める第6感が身につく。少し微調整するだけで修正できる誤った技術的な行為についても」
ーーマスタークラスを開催する最大の目的について
クーラは、自分がめざすのは、オペラにアプローチする方法の正しい感覚を養うことだと言う。
「マスタークラスの時間が短い場合は、テキスト、スタイル、フレーズ、ボディランゲージなどの観点から、どのようにアプローチすべきかを生徒たちに意識させ、後で自分自身によってそれらの要素をさらに深く掘り下げられるようにすることが、私の目的だ。もちろん、誰もが際立った型破りのものを持っているわけではないが、やってみなければ、持っているかどうかはわからない」
クーラは、履歴書に載せるためだけにマスタークラスを受講する学生がよくいると語り、「近道をしたいという誘惑は常につきまとうもの」と述べる。
「一人ひとりが自分の道を歩む。しかし、非常に長いキャリアを持っていることは、私に、物事に対する特別な視点を与えてくれる。私が始めた頃、当時、使用できた唯一の『人工的な』トリックはマイクだけだった。そして私は今もまだ演奏しているが、今の時代、素晴らしい技術的リソースを使って、自分の人生をより楽にしたいという誘惑に抗しがたいものがある...。」
「そのようなリソースは、以前に習得した知識を補完するものとしては素晴らしいが、『将来のアーティスト』にとっては危険なものだ。なぜならば、それを近道として使うことで、若い才能は、高いレベルにおいて吹きつける強風に抵抗する準備ができる前に、『幻想的なピーク』に到達してしまうからだ。」
「歌手が、人間の声の魔法を使って物語を語るコミュニケーターでないならば、歌手とはいったい何だろうか?」
クーラは、今日、人々がまだ名声に値するだけの実力がないうちに有名になってしまうため、ほとんどのキャリアは短命に終わってしまう、と主張する。
「自分の手足を使って山に登ることは、山に登った後に自分をしっかりと地面に固定するための筋肉をつけたいのなら絶対に必要なことだ。これを生徒たちに伝えることができれば、私のマスタークラスは達成されたといえるだろう。」
ーーオペラ歌手 歌うことと演じることについて
オペラ歌手は、「歌う役者」と「演じる歌手」の間で、よく揺れ動く。この違いについてクーラは詳しく説明し、「歌手は声だけを極めればいいというものではない」と語った。
「ほとんどの場合、オペラ歌手になるために必要な条件は声だけだったので、私たちにとっての”スター”は、これまで聞いたなかで最も素晴らしい歌手たちだったが、同じ意味で、彼らの多くは俳優としては下手だった。」
「歌唱テクニックの原理を確立した過去の輝かしい歌手たちがいなければ、今日、オペラ歌手としての私たちは存在しなかったという事実を認識し、感謝することは不可欠だ。しかし、私たちの芸術の形態を永続させたいのであれば、現代において、声だけでは十分ではない...。」
「歌手としての技量と俳優としての技量が一致して初めて、そう呼ばれるのに値する、多面的で充実したオペラ歌手になる。そうでなければ、演技のふりをしている素晴らしい歌手だ。」
この点について自分はネガティブではないと強調しながら、オペラの指揮者や、それを導くべきオペラの演出家にもこれらの資質が適用されることが、「オペラが存続する唯一の方法である」と確信していると、クーラは述べた。
また、「普通の歌手と特別な歌手の違いは何か」という質問に対して、クーラは、優れた歌唱技術があることを前提にしたうえで、「違いは、声の美しさだけでは決まらない」と答えた。
「伝説的な歌手の中には、いわば 、より"後天的 "なテイストの声の持ち主もいたが、しかし先に述べた、定義できない "もの "がその違いを生み出している...。ギリシャ人はそれを”χάρισμα”(カリスマ性)と呼び、スペイン人は”duende”(この文脈では『魅惑的な』『魔法の』という意味)と呼んでいる。しかし、一般的に『コミュニケーター』と呼ばれる人たちの違いは、まさにこの点にあるのではないだろうか。そして、人間の声の魔法を使って物語を伝えるコミュニケーターでなければ、歌手とは何だろうか?」
ーーコロナ禍の下でのマルタフィルとの出会い
この8月に行われたマルタ・フィルハーモニー管弦楽団のシーズン・クロージング・コンサート「グランド・フィナーレ」で、同楽団を指揮した経験について、クーラは、コロナ禍の中でオーケストラと出会うのは理想的な方法ではなかったけれども、それにもかかわらず最終的には、マルタフィルとの関係を深めることがは妨げられなかったと語った。
「COVID-19が蔓延しているという状況下で、私と新しいオーケストラとの出会いとしては、決して理想的な形ではなかったが、私にとってもミュージシャンにとっても、このような普通ではない、快適とはいえない状況のもとで、献身的かつ敬意を持って取り組むことで、すぐにケミストリーがつくられたので、できるだけ早く戻ってきたいと思いながら帰路についた。」
「今回の取り組みが、私たちにとってだけでなく、マルタにとっても、非常に前向きで長期的、専門的な関係の始まりであることを願っている」と彼は締めくくった。
「Mastering the Voice with José Cura」は、10月30日にテアトロアストラで開催されるMPOとのクロージングコンサート(一般公開)で締めくくられる。
(「timesofmalta.com」)
●アート・文化雑誌『Encore』でマルタフィルCEOジークムント・ミフスッド氏の記事
ーー抜粋
今後、ミフスッド氏は、テノール歌手、指揮者、舞台監督としてオペラファンから賞賛されているクーラ氏との関係が、新たなプロジェクトやコラボレーションに発展し、国際的な評価を得続けるだけでなく、マルタを文化的なハブとしてアピールし、新たな観光客を誘致することを期待している。
「ホセ・クーラがこのように関心を示してくれたことは、非常に心強いことだ。マスタークラスの開催や、学生が最高水準の音楽を学べる適切なアカデミーへの投資など、私たちが取り組めるエキサイティングなプロジェクトはたくさんある」
●マルタフィルを指揮するクーラ
最後に、2021年8月にマルタフィルのシーズンクローズコンサートで、クーラが指揮し、ディアナ・ダムラウ、二コラ・テステ夫妻と共演した、とても魅力的なコンサート動画を再度、紹介します。
途中、カルメンのデュエットで指揮者のクーラが飛び入りで歌うシーンもあります。
Grand Finale – Malta Philharmonic Orchestra
今回のインタビューは、これまでもクーラが強調してきたことではありますが、改めて、歌手やオペラとはどういうものなのか、未来にむけて何をめざしていくのか、そのために若い歌手に求められていることなど、さまざまに語っていて興味深い内容になっています。
今年2022年の8月に開催される、ブルガリアの歌唱コンテストでは、クーラは審査委員長になっています。もともとマスタークラスが好きで、教育活動に情熱をもってきたクーラですが、今後、ますます若手の抜擢、育成、マスタークラスなどに力を入れていくことになると思います。
若い人々を愛するからこそ、一時的に有名になって才能を燃えつきさせてしまうのでなく、じっくりと長い時間をかけて才能を熟成させていくことを願っているクーラ。この夏のコンテストも楽しみです。
*画像は、マルタフィルと出演者のSNSなどからお借りしました。