ホセ・クーラが出演したワロン王立歌劇場のオテロ、予定通り、6月27日の公演(日本時間28日朝3時~)がCultureboxでライブ放送されました。
今回のクーラのオテロ、一言で感想をいうと、「鬼気迫る」オテロ、大変な迫力の舞台でした。
とはいえ、決して単に叫んだり、わめいたりというものではなく、その逆に、凄まじいパワーとエネルギーを秘めて、抑えた表現、時にはソフトに、やさしく歌う。非常にメリハリのある歌唱で、フルパワーを発揮するところとそうでないところとのギャップがまた、オテロの恐ろしさを倍増させています。しかも、抑えた時も激しい表現の時も、クーラの声が非常に美しく響き、凛とした迫力が最後まで維持されました。
とにかく、あれこれ私の感想などを伝える前に、実際の録画をご覧いただければと思います。
Cultureboxのサイトで6か月間、オンデマンドで視聴可能のうえ、YouTubeの公式チャンネルにもアップされています。 → 終了 別のリンクを紹介します。
“Otello” de Verdi - Opéra Royal de Wallonie
Otello - Live Web
SEASON : 2016-2017
LENGTH : 2:50
SONG LANGUAGE : Italian
CONDUCTOR : Paolo Arrivabeni
DIRECTOR : Stefano Mazzonis di Pralafera
CHOIRMASTER : Pierre Iodice
Otello: José CURA
Desdemona: Cinzia FORTE
Iago: Pierre-Yves PRUVOT
Cassio: Giulio PELLIGRA Emilia: Alexise YERNA Lodovico: Roger JOAKIM
Roderigo: Papuna TCHURADZE Montano: Patrick DELCOUR An Araldo: Marc TISSONS
Opéra Royal de Wallonie-Liège
録画から、主な場面を抜粋して少し紹介したいと思います。
≪第1幕≫
冒頭のオテロの凱旋場面、"Esultate"。血まみれの服で登場、いつもより声が伸びやで余裕がある印象。
酒盛りの騒動で、怒りのオテロ。
オテロとデズデモーナの愛の二重唱。クーラの声がやさしく、とても美しくて驚きました。
こんな態勢でも、美しいピアニッシモを響かせるのには、またもやびっくりです。
≪第2幕≫
イアーゴの策略により、徐々にデスデモーナへの疑念を深めていくオテロ。
カッシオへの許しを請うデスデモーナ、これにより疑いをさらに深めるオテロ。
デズデモーナに問うこともできず、疑念に凝り固まっていく。一方で、妻からハンカチーフを奪い、さらに罠を練るイアーゴ。2組の夫婦それぞれの行き違う思いを歌う四重唱。
ついに妻の「裏切り」に対する復讐を決意するオテロ。
自らを陥れたイアーゴへの怒りを爆発させるオテロ。
逃げるイアーゴを追い詰め・・
巧みに足掛けでイアーゴを引き倒し・・
組み伏せるオテロ。
これはもう、秒殺かと・・。イアーゴ役の方、芝居と分かっていてもさぞ恐ろしかったことでしょう。
少年時代からラグビーやサッカーで鍛え、カンフー黒帯、ボディビルでセミプロのアスリートだったという、クーラの身体能力あってこその演技と身のこなしです。
疑念と怒り、復讐の念の恐ろしい形相。
オテロとイアーゴの二重唱、大迫力の "Sì, pel ciel"へ。
≪第3章≫
オテロとデスデモーナの二重唱。もはや愛はなく、とりつくろった笑顔と、その下の深い絶望、怒りが表情に時折うかぶ。
デズデモーナを追い詰めたことで自らも追い詰められ、泣き崩れながら歌う、 "Dio! mi potevi scagliar"
本国からの伝令を読むオテロ。カッシオに提督を譲り、自らは本国に帰還を命じられる。
地位、任務、誇りとプライド、そして妻の愛、すべてを失ったと思い込み、崩壊するオテロ。本国からの使者らの面前で妻を殴打する。
恐ろしい形相でカッシオを睨みつけるオテロ。戸惑うカッシオ。
ついに倒れ、痙攣するオテロ。
≪第4幕≫
デズデモーナの眠る寝室に入るオテロ。
一気にナイフで殺害するつもりが思いとどまる。
最後までかみ合わない、オテロとデズデモーナ。一方的に自滅にすすむオテロ。
ようやく自らの過ちに気づくオテロ、しかし最愛の唯一の理解者である妻はもう・・。
自らも死を選び、ひん死のオテロ、くちづけを求めて妻の体に手をのばすが力尽きる。
オテロの死。終幕
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圧倒的な存在感、登場しただけで、クーラのオテロの威厳、パワーに圧倒されるような舞台でした。
しかも、リアルで無駄な動きのない演技に加えて、歌唱の表現力においても、声の響きにおいても、さらに深化し、進化しているように感じました。これらがさらにドラマ性を強め、深めています。
今年2月にワーグナーのタンホイザーに初挑戦し、さらに5月にはブリテンのピーターグライムズの初演出と初主演。こうした新しい地平を開く挑戦を成功させ、あらたな次元に至った段階のオテロといっても過言ではないと思います。
録画を見てまだ興奮が冷めず、言葉が冷静さを欠いていて恐縮ですが、クーラの存在、力量があまりに頭抜けていて、そのため、カッシオやイアーゴが好演しているにもかかわらず、格が違いすぎて、なぜオテロがあんなカッシオに嫉妬し、絞め殺そうと思えば軽々とできる(笑)格下のイアーゴに騙されてしまうのか・・。こういう疑問がよぎります。
同時に、だからこそ、オテロが、ただの策略と嫉妬のためではなく、自らの根源的な理由によって自滅していく姿が浮き彫りになっています。ムーア人であることのへ差別と偏見、オテロ自身が抱える深いコンプレックス、改宗と背教、裏切りへの過敏な反応、軍人であり戦場での大量殺人者であることによる心的外傷後ストレス障害(PTSD=クーラが繰り返しその症状に苦しむ姿を表現している)など、オテロ自滅への道とその背景がリアルになった舞台、クーラのオテロ解釈が際立った舞台だったと思います。そういう意味では、いろいろ議論のある黒塗りのメイクのその意味が裏付けをもっていると感じられました。
よろしければ、ご鑑賞された皆様には、ご感想など、コメントいただければ幸いです。