ホセ・クーラは、この秋、2019年9月、中東オマーンの首都にある王立歌劇場マスカットの2019/20年シーズン開幕公演に出演します。母国アルゼンチンのオペラ劇場、テアトロコロンのオーケストラ、合唱団と一緒のツアーです。
演目はビゼーのカルメン。全3公演で、9月11, 12, 14日の3公演です。当初、クーラのカレンダーにはアンドレア・シェニエ2公演と掲載されていたのですが、変更になったようです。
さらに12日と14日の公演の合間、13日には、指揮者としてベートーヴェンの交響曲第9番を振るということです。いくらタフなクーラとはいえ、中東の9月、スタミナは大丈夫なのか、少し心配になる過密スケジュールです。
すでにチケットも販売されています。劇場サイトに掲載されていることを中心に紹介したいと思います。
なお、昨年クーラがこの王立歌劇場マスカットに道化師のカニオ役で劇場デビューした際の様子については、ブログの記事をまとめています。合わせてお読みいただけるとありがたいです。
→ 道化師でオマーン王立歌劇場にデビュー (告知、リハ、レビューなど含めて、記事5本)
≪劇場のシーズン紹介動画より≫
劇場がアップした2019/20シーズンの紹介動画です。世界で最も美しい劇場のトップ10にも選ばれたという、総大理石造りの壮麗な劇場の様子もわかります。
●シーズン紹介動画から、シーズン開幕公演のカルメンの紹介写真
●同じく、カルメンのキャスト紹介
●こちらも動画から、クーラが指揮するベートーヴェンの第九の紹介
≪劇場HPより、クーラの出演について≫
少し詳しく、クーラの出演の内容を紹介します。
カルメンで歌手として、また第九の指揮者、さらに加えて、講演会・懇談会のような観客を入れたトークイベントが複数回開催されるようです。
劇場HPからわかる現段階の情報です。
(その1)ビゼーのオペラ、カルメンの公演
ビゼーのカルメンは、2019年9月11、12、14日の3公演、いずれも 7:00 PM からです。
クーラは、ドン・ジョゼ(ドン・ホセ)役です。クーラがカルメンに出演するのは久しぶり。2015年に、エレーナ・ガランチャと出演したミラノ・スカラ座以来ではないかと思います。
指揮はイタリア・ミラノ出身のアントネッロ・アレマンディ氏。おもな共演者は、カルメン役はロシアのメゾソプラノ、エレナ・マクシーモワさん、エスカミーリョはルーマニアのバリトン、ジョージ・ピーテーンさん、ミカエラはルーマニア出身のソプラノ、アニータ・ハルティヒさんです。
オケと合唱は、クーラの母国アルゼンチンのブエノスアイレスにあるテアトロコロンのオケと合唱団です。はるばるアルゼンチンから大人数でのツアー。これもクーラとの縁があってのことでしょう。
11、12日と連続してオペラを歌うのもまた珍しいことです。ドン・ジョゼはオテロなどのような負担が大きい役とは違うから、ということなのか、またツアーの日程上、やむを得ずだったのでしょうか。ちょっと過密スケジュールですが、タフなクーラのこと、きっと疲れも見せずベストを尽くしてくれることと思います。
*クーラのこれまでのカルメンの公演、解釈などについては、この記事をごらんください。
こちらは2009年、ウィーンでのクーラの「花の歌」を。少し前のカルメンとの掛け合いから始まっています。
Carmen Act 2 Duo & "La fleur que tu m'avais jetée"
(その2)ベートーヴェンの交響曲第9番を指揮
カルメン3公演の間に、クーラは指揮者として、ベートーヴェンの第9を振ります。この公演は1回だけです。
9月13日、7:00 PM から。
オケと合唱は、同じく、テアトロコロンのオケと合唱団。そしてソリストも、テアトロコロン所属の歌手が出演するということです。
もともと少年期から作曲と指揮を学び、地元のロサリオ国立大学でも作曲・指揮を専攻したクーラ。そして奨学金を得て、テアトロコロンの付属高等芸術学院でも学んでいます。当時は軍事政権下、そしてその後の戦争と民主化、経済的混乱のもと、文化の分野で食べていくのがとても難しかった時代だったそうです。クーラはテアトロコロンの合唱団に所属してささやかな賃金を得て、それでも足りずに様々な仕事を掛け持ちしながら、なおも、作曲家、指揮者をめざして勉強し続けたといいます。そういう意味では、今回、参加するコロンのアーティストたちは、みなクーラの同僚、後輩たちということですね。熱い連帯、一体感あふれる演奏が期待されます。
(その3)トークイベント
HPによると、それぞれの公演ごとに、トークイベントが設定されているようです。
しかも、クーラは、劇場の教育プログラムの一環として取り組まれている、”COFFEE AND DATES WITH STAR PERSONALITIES”というイベントにも出席が予定されています。
計3回、クーラの話を聞くチャンスがあるということでしょうか? ただし、カルメンの前にもクーラがトークに出演するのかどうか、そこは明記されていないので現時点ではわかりません。
◆クーラとの交流会 ”COFFEE AND DATES WITH STAR PERSONALITIES”
劇場のゲストアーティストを迎え、コーヒーを飲みながら、アーティストのキャリアや人生のうえでのエピソードを聞く教育プログラムのようです。クーラの話はいつもとても楽しく、率直で興味深いので、これは素晴らしい機会だと思います。
カルメンの初日が11日ですので、リハーサル中の企画ということでしょうか。
”私たちのインフォーマルなCoffee and Datesシリーズでは、王立歌劇場マスカットが、有名なアーティストがステージ上での人生のストーリーや、彼らのキャリアと現在のプロダクションに関する逸話を共有する非公式の場に観客を招待する。 ゲストアーティストと交流し、有意義な方法で彼らを知ることができる。”
◆カルメンのプレ・パフォーマンス・トーク
”プレ・パフォーマンス・トークは、パフォーマンスとその基礎となる創造的プロセスについての洞察を提供する刺激的なディスカッションに参加するユニークな機会を、王立歌劇場マスカットの観客に提供する。トークは、教育・アウトリーチ部門のスペシャリストと来訪したアーティストによるインタラクティブで魅力的な方法によって非公式に行われる。講演は公演の1時間前にメイダンホールで開催される。アクセスは先着順、チケット保持者に限る。”
◆ベートーヴェンの第9のプレ・パフォーマンス・トーク
プレ・パフォーマンス・トークについては、出席者が明記されていません。これまでのプラハ響などの公演でも、クーラはプレトークを毎回やっていましたし、アーティストも参加すると書いてありますので、第9の場合は、指揮者としてクーラが出る可能性は高いと思います。
ただ、開演1時間前のトークイベントとなると、指揮の方は可能でも、オペラはどうなのでしょうか?すでにメイクも衣装も始めていないといけない時間でしょうし。カルメンの前のトークは、指揮者や演出家が出席するのかもしれません。
まだまだ暑い夏の中東オマーンで、まもなく春を迎える南半球のアルゼンチンからの出演者によるツアー。クーラは同じ北半球のスペイン在住とはいえ、大変なハードスケジュールで、体調管理が大変なことと思います。
暑い中東での第9。なぜか暮れに第九を聴く習慣がある日本から考えると、ちょっと不思議な感じもします。またオマーンは現在も王制で、絶対的な権力をもつ国王のもと、この間、近代化がすすめられてきたとのこと。歴史的背景、条件は違いますが、クーラ自身、80年代のアルゼンチンで軍事政権による独裁政治下に育ち、戦争と民主化への道を体験してきました。選曲がどういう形で行われたのかはわかりませんが、クーラが、オマーンで、自由と連帯を高らかに歌う第九を指揮するというのも、とても興味深いものがあります。もちろん異なる政治体制を前提にした文化交流であり、政治的な主張を押し付けるようなものであってはならないでしょう。とはいえ、音楽を通じて、クーラの平和と自由、民主主義への熱い思いは、劇場中に伝わることと思います。
オマーンは政情は安定しているということですが、地理的には、ペルシャ湾につながるホルムズ海峡の手前、入口にあたるオマーン湾に面する国です。この地域をめぐっては、きな臭い動きが強まっています。とりわけアメリカの要請を受けて日本も自衛隊派遣などということは、憲法9条をもつ国として絶対にあってはならないことだと思います。中東諸国をめぐる紛争と難民の苦難も解決していません。外交による平和的解決、人道的支援の強化を願います。絶対に戦争をしてはならないとつよく思います。
さまざまな世界情勢が背景にありますが、平和と文化のための交流として、クーラとテアトロコロンのオマーン・ツアーが無事に成功することを心から願っています。
*画像は劇場HP、動画などからお借りしています。