長岡京エイリアン

日記に…なるかしらん

全国城めぐり宣言 第20回 鬼の棲み家からいよいよ入城できるか!? 「備中国 鬼ノ城」!

2013年04月10日 23時19分23秒 | 全国城めぐり宣言
《前回までのあらすじ》
 備中国鬼ノ城探訪までにそうだいが要した歩行距離は当初の予想を大きく上回り、思わぬ尖兵となったお隣の経山城探訪もあわせて「およそ7km 」におよんでしまった!
 ……というのもほんの一瞬のぬか喜び。鬼ノ城駐車場の手前には、鬼ノ城とはまるで別の方向を指し示す「岩屋三十三観音みちコース 1周6.5km 」という恐るべき看板と入り口が!!

 まぁその~、せっかくここまで来たんだし、行ってみるっきゃないわな!

 立派なおっさんに成長した身体から盛大に鳴り響く「やめときなはれ! やめとくんなはれ!!」という警告アラームも無視し、そうだいの脳からは「勇気をもって岩屋も踏破! 進軍開始!!」という指令が下されたわけだったのだが……



 ……目前に迫っていた鬼ノ城をみすみす見逃して、そこからどんどん離れることになる謎の登山を開始する感覚。こりゃあ~もう、なんとも言いようのない感覚でした。まぁ頭おかしいですよね。好きじゃなきゃやってられません。
 もちろん、この岩屋33観音めぐりコースの途上には城郭はないわけなのですが、コース案内の大きな看板を見てみますと、「皇(おう)の墓」「鬼の差上岩(さしあげいわ)」「岩屋寺」などといった妙に気になるポイントが点在していました。

「これはひょっとしたら、温羅伝説でいう『鬼の棲み家』は鬼ノ城よりも、むしろ裏手に当たるこっちのほうなんじゃなかろうか?」

 こんな感じで、『鬼の』というキーワードがある以上、こっちもチェックしなければ意味はないと私は感じたわけだったのです。あと、高い山岳の上にある寺院は当然ながら、古来より伝統のある神社仏閣は、そのまんま軍事要塞の機能も兼ねられる堅固度を誇っているものが多いという印象もありましたし(京の本能寺とか比叡山延暦寺とか)、城だけ見て寺はスルーという考え方は、私の中ではかなりの見落としを産みやすい危険なものになるという確信があったのです。

 とはいうものの……できたら行きたくねぇ~!! 脚が大変なことになりそう。

 ちなみに、案内板にはこのコース名の由来ともなっている、途上6.5キロの路傍にまんべんなくまつられていた「石造りの33体の観音像(千手観音や如意輪観音など)」の写真がわかりやすく紹介されているのですが、よくよく見るとそのうち17体の観音像には四角いくくりがつけられており、それらには「現在、穴観音所在地にまつられております。」というただし書きが。「穴観音」というのは、鬼城山の東のふもとにある奥坂地区にある観音堂ですね。

 貴重な文化財の保存のためとはいえ、半分以上が行ってももうないのね……いやいや、信仰は像のみに宿るのではない、像を取り巻く周囲の森羅万象にも宿るのだ! したがって、行って損はない。本体ないけど。

 ともかく、四の五の言わずに午前9時半ごろ、勇気をもってレッツラスタートという運びになったのですが、最初に登ることとなった犬墓山(いぬはかやま 標高443m )は、そのネーミングこそものすごい不吉さに満ち満ちているものの、そのときにいよいよ本格的になってきたポカポカ陽気もあいまって、非常におだやかな登山コースになっていました。山頂への木製の階段も整備されていて、序盤でもあったしヒョイヒョイと景気よく駆け登って気持ちよく汗をかくといった感じでしたね。さっそく見つかった石の観音像は、後光もあわせて高さ30cm ほどの非常にかわいらしい観音さまでした。なんかポケモンみたいなファンシー感があります。

 犬墓山は鬼城山の西、経山&新山の北という位置にあるのですが、山頂が木々に覆われてそれほど開けていないため、山頂よりもむしろ、そこに行く手前で鬼城山側が一望できる東向きの一角が絶好のスポットになっていました。
 ここは視線をちょっとだけ見下ろした先に、経山城主郭からとはまた違ったアングルの鬼ノ城が楽しめるいい場所になっているのですが、ちょうどそこには、「ここに座ってお休みくださいワン」と言わんばかりに、直径2メートルほどの非常にまんまるの形をしたクリーム色の奇岩が10個ほど、登山道から山肌を下へ、つらなるように存在していました。
 その1コ1コはお菓子の「タマゴボーロ」か、手っ取り早くおなかいっぱいになりたい人に大人気の「山崎パン 薄皮ミニパンシリーズ(126円)」のように、微妙につぶれた丸い形状で、それが精確に一直線というわけでもなく、くねるようにつながっているさまは、ファミコン時代のあの「巨大な蛇型キャラのせいいっぱいな表現」をほうふつとさせないこともありません。って言って、どのくらいの方が「あぁ~、あれ。」って納得がいくんでしょうか。ドラゴンボールの神龍でしたっけ。

 何の根拠もない私の勝手な推論としては、このヘンな巨石こそが山の名前の由来となった「犬墓」なんじゃなかろうかと思うんですが、自然にできた現象なのかなぁ、コレ……人的にやる意図がよくわかりませんもんねぇ。昔の人も、「別に何の役にもたたねぇし、犬の墓ってことでいんじゃね?」という解釈に落ち着いたのではないのでしょうか。『桃太郎』のイヌがここで殉職したって伝説もないみたいですし。っていうか、温羅伝説の原型にイヌ・サル・キジは出てこないみたいです。お互いに部下は巻き込まない、温羅と吉備津彦命のタイマン勝負ですね。

 ともあれ、奇妙ながらもとってもかわいらしい奇岩でしたので、こんなぜいたくなシチュエーションも滅多に味わえないだろうという観点から、特に急いでいるわけでもないのに、そのひとつに腰掛けて鬼ノ城を眺めながら、関東地方に電話をかけて仕事の打ち合わせをさせていただくことにしました。あら、いつもはあんなに無味乾燥だったビジネストークが、環境が変わっただけでこんなに爽快なコミュニケーションに!

 へへへ、電話先のお人は知らないだろうなぁ。私が現在、岡山県の標高400メートルの山に登って、眼下に城郭をのぞみながら会話をしているということに! いぃ~っひっひっひ☆

 現時点では別にやましいことはありませんが、こういうことに快楽を見いだす考え方は、多くの変態的行為に共通する病巣を有しています。気をつけようね、そうだい。


 さて、犬墓山に登ったあと、コースはその北に隣接する「岩屋山(標高477m )」を目指すこととなります。そしていよいよ、ここが鬼にまつわる「謎の巨石群」が集中している、いわゆる「鬼の棲み家」となるわけなのです。異常に古いネタになりますが、岡江久美子さんはいらっしゃいません。

 そういえば、私が入山した月曜日の午前中は、平日だったこともあってかすれ違う登山客の方の数が極端に少なく、最初の鬼ノ城駐車場の手前から入る登山口で、向こうから帰ってきた老夫婦と挨拶を交わして以来はまったく誰とも出会わないという状況が続いていました。この、時代感覚さえも揺らいでしまう山中の寂寥感……いいね!!

 犬墓山から岩屋山へは、ゆるやかな尾根のような林道を時間をかけて歩き向かうことになるのですが、そのほぼ中間地点にはちょっとした広場のようなひらけた空間があり、その中央にいかにも意味ありげに安置されているのが、次なるチェックポイントの「皇(おう)の墓」ですね。

 皇の墓(岡山県指定文化財)は、基壇もあわせて高さ119cm の石(花崗岩)造りの塔。その一番上の段が、卵を逆さに立てたような上広がりの電球型になっていることからも、この塔が地位の高い僧、つまりこの場合は岩屋山にかつてあったという寺院「岩屋寺(いわやでら)」の開山僧の墓標を指し示す無縫塔(むほうとう 別名・卵塔)であることは間違いなさそうです。

 伝説によると、かつてこの岩屋山に存在し、平安時代には南の新山寺とあわせて三十八坊もの伽藍を有する山岳仏教の聖地、別名「西の比叡山」を構成する権威ある寺院として大いに栄えたという岩屋寺。その開祖は、第42代文武天皇(もんむてんのう 683~707年)の皇子だった「善通大師(ぜんつうだいし)」という人物で、開山は彼がわずか7歳だったときと伝わっています。文武帝の皇子ということは、奈良の大仏さまで有名なあの第45代聖武天皇(しょうむてんのう 701~56年)の兄弟ということになるのでしょうか……
 実は、「岩屋寺の善通大師となった皇子」にあたる人物は正史ではその存在が確認できず、文武帝の皇子は聖武帝も含めて3名いたものの、聖武帝の「母違いの兄弟」にあたる2人の皇子は、聖武帝の母方の祖父だった時の権力者・藤原不比等(ふじわらのふひと)による「藤原家超ゴリ押し作戦」によって、強引に母方の実家である「石川」の姓を名乗る中級貴族に降格させられてしまいました。『万葉集』にその名を残す、「石川広成(ひろなり)」という人物とその弟・広世がその悲劇の2皇子だったのです。今このあたりの時代をドラマ化するのだったら、不比等の娘で文武帝の第一夫人(皇后)、そして聖武帝の実母となった藤原宮子(みやこ)の役は剛力彩芽さんがやるのが一番ピッタリだと思います。人の世っつうもんは、千年たとうが変わらんもんは変わらんもんで。

 このような感じで、にわかにその実在があやしくなる「善通大師さま」なのですが、そもそもその「善通」という名前も、あの真言宗の創始者である日本仏教界のスーパースター弘法大師空海(774~835年)の父・佐伯田公(たぎみ 生没年不詳)の法名「善通」といっしょという符合があり、言うまでもなく、そこにちなんで創設された四国の大寺院・善通寺(香川県善通寺市)をどこかで意識した引用である可能性が高いような気がします。そういえば、岩屋の「三十三観音めぐり」という信仰のありかたも、四国にしっかりと存在していますね。規模は四国のほうがケタ違いに大きいですが。

 まぁともかく、この「皇の墓」が指し示す具体的な岩屋寺の開祖が誰なのかはいまひとつはっきりしないものの、確かに実在するこの立派な石塔と、その「皇の墓」という名前こそが、善通大師という人物の「オーラ」を力強く今に残しているわけなのです。こうなるともはや「卵が先か、鶏が先か」という禅問答になってしまいそうなのですが、この石塔のいたるところに積み重ねられているお賽銭の数が、なにやら伝説と史実との境界線をあいまいにする不思議な霊域の存在を証明しているようで、思わず神妙な気分になってしまいました。もちろん、私もお金を置いてったヨ。なんちゅうか、歴史の流れに参加するライヴ感覚ですよね。なにほざいてんでしょうか。

 ところで、この石塔自体は古くとも14世紀の製造であると推定されており、つまりそれは、実際の意味での「岩屋寺開祖の墓」ではなく、「岩屋寺の権威をアピールするための一大モニュメント」として「皇の墓」がつくられたことを指しているはずです。確かに、この地下に本当に開祖さまがお眠りになられている、という空気はじぇんじぇんありませんね。単に石塔があるだけの森の中の広場です。
 開祖は8世紀の人物であるはずなのですから、この「皇の墓」は500年以上「新しすぎる」ものの、それでもこれは岡山県に現存する最古の石塔であるとされています。

 これまた私の勝手な推測ですが、14世紀当時の岩屋寺は、当時嵐のように本州全土を駆け巡る大フィーバーとなっていた「王政復古からの南北朝動乱」に乗るかたちで、開山の経緯と皇族との関係をことさらに神話化することで寺院の存続をねらったのではないのでしょうか。
 でも、この岩屋寺の大伽藍も時代の奔流には逆らうことができなかったのか、前回に触れた新山寺と同じように戦国時代までには消滅の憂き目にあっちゃうのよね……げにシビアなるは世の浮き沈みかな。

 そんな深い感慨と、「『西の比叡山』って、比叡山の時点で山形出身の私からしたら充分すぎるほどに『西』なんですけど……」という若干のフニオチを胸に抱きつつ「皇の墓」を過ぎると、いよいよ「魔境の真髄」たる岩屋山へと入っていくことになります。

 ちょっとその前に、「皇の墓」から岩屋山に向かうその途上で「岩切観音(いわきりかんのん)」という、巨石3つの積み重ね(全てで高さ7~8メートルほど!)の壁面に彫り込まれた観音像に出会うのですが、この石製の大型スクリーンのような岩石の異様さが、これから踏み入れる魔境の性質をみごとに象徴してくれているような気がしました。ちょうど、スクリーンにうすらぼんやりと観音さまの出ている番組が映っているといったあんばいです。う~ん、っていうか、観音さまの彫り込みが絶妙に淡いので、むしろ夜のネオン街を眼下にのぞむ壁一面のガラス窓に、リビングに立ちつくしてわけもなく外をながめているバスタオル姿の観音さまがボーっと写っているというニュアンスでしょうか。観音さまにそんな OFFモードがあったっていいと思う。


 「鬼の棲み家」の驚愕の正体。それは、徹底した「インテリア、オール石化」!!


 なにはなくとも、岩屋山のいちばんの中心地点になるのは、その中腹に位置する「岩屋寺」というポイントです。
 ここはその名の通り、かつてあった大寺院「岩屋寺」の栄光を今に伝える伽藍……かと思ってたどり着いたのですが、そこにあったのは完全なる「無人のお堂(観音堂)」。申し訳程度に賽銭箱が置いてあるだけで、正面の扉もがっちり閉ざされた、何の変哲もない昭和製っぽい修復の目立つ建物です。「寺」ですか? これ……そこにいくまでの石段とか石垣はけっこう雰囲気があるんですけどね。
 正面わきにある高さ5メートルほどの弘法大師をたたえるいかめしい石塔もいいんですが、さらにその脇にこぢんまりとひかえている「よーお参りんさった 岩屋寺」という手書きの立て札が、なんとも言いようのない哀感をかきたてます。哀感っていうか……徒労感?

 資料によると、この観音堂はかつての岩屋寺をしのんで、江戸時代に地元の人々が築いたものであるのだそうで、そもそも平安時代に栄えた山岳仏教の聖地の岩屋寺とは直結していないものなのだそうです。う~ん無念。

 しかし! この地の「ほんとうの」中心地は、この岩屋寺観音堂の裏手にあった!
 裏手にはさらに石段があり、そこを登りきった正面には、観音堂とは打って変わって年季の入った古めかしい毘沙門堂があるのですが、そのお堂のはしっこには、チラッチラ見切れて自己アピールしている、なんとも隠しようのない強大なオーラが!!


「鬼の差上岩(さしあげいわ)」と、それを天井とする洞窟「鬼の岩屋」!! こっち! こっちがものすごいんだ。


 ドドォオ~ンン……15m ×5m ×5m 。こんな巨大すぎる大岩が天井になっている! この「鬼の差上岩」をいくつかの岩石が下でささえており、そこをぬって中に入ることができる空間ができあがっているのです。この、だいたい高さ10m 、横幅15m ほどの岩石のかたまりのことを「鬼の岩屋」というわけです。

 ものすごい威圧感です。私は日中の天気のいい時間帯に来たのでしみじみとそのオーラを味わうことができましたが、曇天だったり夜だったりしたら、ちょっと怖くて岩屋の中にまで入る勇気はわかなかったかも……
 もちろん、こんな構造物が当時の人工的な技術で構築できるはずもないので、これらは自然の奇跡の産物であるはずなのですが、どう見ても人類の常識を超えた「なにか」が、偶然でなく意図的にそこに作り上げたとしか思えない意志! そんなものをこの岩石群からは感じてしまうんですねぇ~、石だけに。ハイッ、ストーンとおちたっ☆

 ともかく、その空間に人間が私ひとりしかいないというのもミョ~に不安になりだしてきて、今にも岩屋の奥底から、身長10m ほどの大鬼が「ハ~イ、どなたぁ?」と出てくるかのような、現代の人間社会の通念を超えた空間が、いまだにここには、ある!! これはものすごい発見でした。

 さて、まわりをしげしげとうかがってから恐る恐る岩屋の中に入ってみたのですが、岩屋の中はだいたい縦横2m もないくらいの案外せまいスペースで、その入り口には、壁に彫られた毘沙門天像をまつる木製のほこらも作られていました。これはちょっと、鬼の王様が寝床にするにはちょっと庶民チックすぎる気がするんですが……
 実はこの「鬼の差上岩」には、その名前の由来となった「鬼が岩屋の天井にするためにこの岩を差し上げた時についた手形」というものがついていて、それは確かに、岩屋の中に入って顔を見上げると、その天井部分にはっきりと確認できます。だいたい1m 四方くらいの、ちょっと細長いくぼみができているんですね。確かにくぼみには微妙に段差ができていて、うすらぼんやりと「指のある手のひら」に見えなくもないんですが……その「1m くらいの大きさの手のひら」というニュアンスが非常に魅力的なので、「なにかの自然現象でできた単なるへこみ」という解釈にいくのだけはやめておきましょう! ロマン、ロマン。

 さて、これで念願の「鬼王・温羅のプライベートルーム」に来訪することができたわけなのですが、忘れてはいけません。ここは「鬼の棲み家」! ただ寝室があっただけ、ではお話にならないのです!!

 見よ! この、岩屋山を中心とする鬼どものスウィート鬼ホームのステキな「鬼インテリアデザイン」を!!


鬼の岩屋のすぐ上(岩屋山の頂上に向かうラインと頂上部分)
「鯉岩」         …… 文字通り、鯉の形をした巨石(のはずだが、ただの横長な巨石にしか見えない)。温羅が変身したという鯉と関係がある?
「鬼の餅つき岩」     …… 文字通り、かつて鬼どもが餅をついたという恐怖の巨石。
「八畳岩」        …… 文字通り、というか八畳以上に広い巨大な1個の岩(ざっと見10m 四方はある)。
「屏風岩」        …… 文字通り、屏風のように垂直に立ち上がっている巨石。どちらかというと軍艦の船首のように見える。
「方位岩」        …… 巨大な岩の上に常に北をさす小さな岩が乗っているという奇岩。
「汐差岩(しおさしいわ)」…… 岩の頂上部に常に水たまりができているという奇岩。汐の満ち引きにあわせて水位が変わるという。
※鬼の岩屋からだいたい距離300m ほどの圏内に「鯉岩&餅つき岩」、「八畳岩」、「屏風岩」、「方位岩&汐差岩」が点在しているという感じ

岩屋山から隣の実僧坊山(標高471m )に行くまでのふもと
「鬼の昼寝岩」      …… 文字通り、かつて鬼がその上で横になって昼寝をしたという惨劇の岩。

登龍山(実僧坊山のさらに北 標高461m )の山頂
「鬼の酒盛り岩」     …… 文字通り、かつて鬼どもが大挙して集合し大宴会をひらいたというゆかいな巨石群。


 ギエ~、遠い! いちいち遠い!!
 一体どんだけ歩かせる気なんですか……そりゃ鬼は人間よりでかいから歩数も少なくていいかもしれませんけれども!

 鬼の岩屋から昼寝岩までの段階で20分くらいかかるんですよ? そんなに遠くで寝なくたっていいでしょうが! 鬼さん、どんだけ繊細なハートの持ち主なの!?
 酒盛りだって、すぐ上の八畳岩でやったらいいのに、広いんだし! なんで2つも向こうの山の頂上でやんの!?


 そんなこんなで、私の肉体と精神は磨耗していくばかりなのでありました……大丈夫? こんなんで鬼ノ城に行けるのか!?

 次回! 次回こそ、本当に鬼ノ城に入城するぞ~!! ほんとヨ。
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