あちこち散歩みち

近畿圏内を小さくあちこち歩き・たまに寺社めぐり・日々のとりとめない暮らしなどを書いています

抜粋『悲しいオレンジの実のなる土地』

2021年05月12日 | 

『悲しいオレンジの実る土地』

パレスチナ人作家 ガッサーン・カナファーニー(1936-72)

 

~抜粋文~

トラックの荷台に家財道具を放り込み、一路レバノン国境を目指した。

国境の街の手前で車が停まると、車を降りた女たちは、路肩でオレンジの

実を売っている農夫からいくつかの実を買い求める。

 

その実を胸に抱え、嗚咽する女たちの声がぼくらの耳にも届いた。

そのときだった。

ぼくにはオレンジの実が、何かとてつもなく愛おしいもののように

思われてならなかった。この大きな、清らかな実たちが、

ぼくたちにとってかけがえのない、何かむしょうにたいせつなものの

ように思われたのだった。

 

助手席にいた父さんは車から下りると手を伸ばして、

オレンジをひとつ受け取った。

その実を黙ったままじっと見つめていた彼は突然、

みじめな子どものようにむせび泣き出したのだった・・・

 

一家を乗せたトラックは国境の街に到着する。

大型車の行列がレバノンへ入って行った。

曲がりくねった道を一心に、

オレンジの実のなる土地から遠ざかろうと・・・・・。

 

父さんの両の眼のなかで、ユダヤ人たちの手に残してきてしまった

オレンジの樹のすべてが爛々と光を放っていた・・・

 

1本また1本と買い足してきた、清らかなオレンジの樹々、

そのすべての樹が父さんの顔の上に浮かんでいた。

係官の前で、抑えきれずにあふれ出た涙のなかで輝きを放ちながら・・・

 

夕方、サイダ(レバノン南部の中心都市)に着いたとき、

ぼくたちは難民となっていた・・・・・・。

 

トラックは通りの真ん中に荷台の荷物を放り出して去っていった。

父さんはその前に立ちつくしていた。

 

 

 

祖国なきユダヤ人が祖国をもつことで、

パレスチナ人は難民となった。

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