『悲しいオレンジの実る土地』
パレスチナ人作家 ガッサーン・カナファーニー(1936-72)
~抜粋文~
トラックの荷台に家財道具を放り込み、一路レバノン国境を目指した。
国境の街の手前で車が停まると、車を降りた女たちは、路肩でオレンジの
実を売っている農夫からいくつかの実を買い求める。
その実を胸に抱え、嗚咽する女たちの声がぼくらの耳にも届いた。
そのときだった。
ぼくにはオレンジの実が、何かとてつもなく愛おしいもののように
思われてならなかった。この大きな、清らかな実たちが、
ぼくたちにとってかけがえのない、何かむしょうにたいせつなものの
ように思われたのだった。
助手席にいた父さんは車から下りると手を伸ばして、
オレンジをひとつ受け取った。
その実を黙ったままじっと見つめていた彼は突然、
みじめな子どものようにむせび泣き出したのだった・・・
一家を乗せたトラックは国境の街に到着する。
大型車の行列がレバノンへ入って行った。
曲がりくねった道を一心に、
オレンジの実のなる土地から遠ざかろうと・・・・・。
父さんの両の眼のなかで、ユダヤ人たちの手に残してきてしまった
オレンジの樹のすべてが爛々と光を放っていた・・・
1本また1本と買い足してきた、清らかなオレンジの樹々、
そのすべての樹が父さんの顔の上に浮かんでいた。
係官の前で、抑えきれずにあふれ出た涙のなかで輝きを放ちながら・・・
夕方、サイダ(レバノン南部の中心都市)に着いたとき、
ぼくたちは難民となっていた・・・・・・。
トラックは通りの真ん中に荷台の荷物を放り出して去っていった。
父さんはその前に立ちつくしていた。
祖国なきユダヤ人が祖国をもつことで、
パレスチナ人は難民となった。