前回のお話…かわらそ(前編)から読む。
夏みかんを持った大きな黒い手が、僕の目の前に伸び
浅黒い顔をした、背の高い男の人が立っていた。
僕は買い物の夏みかんを、走っている間に落としたらしい。
「拾ってくれたの?」
僕は恐る恐る聞いてみた。
「食い物だし、貰っちまおうかとも思ったが、落とした君が困ると思って…。」
「ありがとう。怖い人だと思って、逃げようとしたんだ。ごめんなさい。」
「いいよ。」
そう聞いて、僕は少しほっとした。
走って喉が渇いたので、『かわらそ』と二人で
一つの夏みかんを半分ずつ食べた。
甘くて酸っぱい味が口の中に広がった。
僕が生まれる少し前、戦争が終わった。
戦争が嫌で逃げ出した人達は家族を連れて隠れて暮らした。
「非国民」と罵られ、その中には食べ物も無く
病院にも行けずに死んでいく者もいた。
戦争が終わってもまだ『かわらそ』の様に
一人ぼっちで川沿いの山中で暮らす人も、多くいた。
「家族を思い出して悲しいのは、
歯の抜けた後をつい舌で触るのに似てるんだ。
きっとそこは、家族の場所なんだ。」
僕の乳歯が抜けた前歯に目をやって『かわらそ』はそう言った。
人生は夏みかんに似てる、
甘さと酸っぱさが混ざってて分ける事が出来ない。
僕はふと、そんな事を思った。
僕は『かわらそ』と会って話しをした事を誰にも言わなかった。
そして、二度とその『かわらそ』と会う事もなく、
その日を境に、僕は毎日歯を磨く様になった。
歯磨きが大嫌いな僕が
ちゃんと歯を磨く様になって母さんは不思議に思っている。
夏休みが終わる頃、僕の前歯は永久歯に生え変わった。
★☆_おしまい_☆★
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その昔、戦時中に徴兵制を拒否し村を追われ、
戦後も川沿いで暮らしていた人達が居ました。
彼らは川の傍に住んでいたことから『かわらそ』と呼ばれていたそうです。
祖父の昔話と、最近川沿いで見掛けるダンボールハウスの住人達と
少しダブって見えたので、ちょっと書いてみました。
フィクションですので、実在の人物や団体・写真等とは一切関係ございません。