澤田ふじ子という作家の時代小説は古の京都を舞台にしているものが多くい。作品中には京ことばが溢れていて、京都やその近辺に馴染みのない向きには読みづらいかもしれないが、私は気に入っている。その作品の中に「高瀬川女舟歌」というシリーズ物があるが、その一つのある短編に、主人公の、元は武士だが、今は高瀬川のほとりで居酒屋を営んでいる男が、錦小路という、現在でもある食料品市場の川魚屋で、勧められて琵琶湖産の子持ち諸子(もろこ)を買い求め、それを店に持ち帰って串に刺して焼く場面がある。
その箇所を読んだとき懐かしい思いがした、中高生の頃は滋賀県の大津に住んでいたが、当時は琵琶湖で獲れる新鮮な川魚がとても豊富だった。子持ちモロコは冬の味覚で、母がよく素焼きにしてくれた。塩焼きでもいいが、焼きたてに醤油を少したらして食べると、何とも言えないくらい美味しかった。当時はモロコ(ホンモロコ)は至って安いものだったが、今は獲れても京都の高級料亭に納められる、屈指の高級魚になっているようだ。
市場魚貝類図鑑より
モロコに限らず、ほかの川魚も豊富で、市内の川魚屋に行くと、コイ、フナ、オイカワ、ハス、ウグイ、ギギ(ナマズの仲間)などいろいろなものが並べられていた。琵琶湖にはアユが多いが、下って産卵するような川がない。それで稚魚や仔アユを獲る。稚魚は3、4センチくらいの体長で、茹で上げると真っ白で目が黒く、氷魚(ヒウオ)と言って、当時は店先に山のように盛られて売っていた。酢で和えて食べるのだが、少年だった私はそのまま食べるのが好きで、口いっぱいに入れたものだが、その美味しかったことは今も忘れられない。残念ながら これも今では高級なものになっている。体長が5センチ足らずの子ブナもあって、母がそれを素焼きにしたものを甘辛く味付けしてくれたが、これも美味しいものだった。火をおこした七輪に焼き網を乗せ、そこにまだ生きている子ブナを並べる。生きていると言っても跳ねるほどではないのだが、網に乗せてしばらくするとチュッとかキュッという声を出す。それが面白くて焼くのを手伝ったものだ。
魚ではないがセタシジミというのがあった。琵琶湖の水は唯一の出口である瀬田川に注ぐが、そこが大津市の瀬田で、ここで獲れるシジミ(蜆)は殻が大きく、黄色味を帯びていて、身は厚くて味噌汁に入れるとなかなか美味いものだった。当時はそれこそ山のように獲れていたが、今では琵琶湖の南湖やその下端の瀬田ではほとんど獲れなくなり、北湖でしか獲れないそうだ。だから今ではやはり高価なものになっているのではないか。
市場魚貝類図鑑より
かつては川魚やシジミが豊富に獲れた琵琶湖も湖に面した土地が開発され、水質が悪くなったり、ブラックバスなどの外来魚が増えて、貧相な湖になってしまった。「昔はよかった」と言うと老人の繰り言になるが、少なくとも琵琶湖の川魚については「昔はよかった」と言うほかはない。